48-(4) ルカとマナ
私は何の変哲もない、ただの大学生の筈だった。中には私のことを勝ち組だとか、お嬢様
だと言う人達もいるけれど……今の時代、上を見れば見るほど、うちぐらいのレベルはそう
珍しい訳じゃない。
ただ一つ、父親が玄武台高校の前校長だったという点を除けば。
『繰り返します。我々は被害者なのです!』
『我が校の関係者に刃を向け続けている彼を、どうして“英雄”などと呼べましょうか?』
元々あそこは、スポーツに力を入れている学校だった。というより、地の学力では余所に
及ばないから、別の分野で突出するしか生き残る道が無かったと言う方が正確だけど。
今よりもずっと穏やかだった春の暮れ頃、玄武台内で苛めを苦にした自殺が起きていた事
実が明るみにされた。野球部の部員やコーチ達が、被害者の兄である瀬古勇によって、次々
に殺されていた時期とも重なる。
彼による、世間を騒がせた復讐劇。
実際に玄武台の校舎を破壊した、牛頭の怪人。
後に電脳生命体と呼ばれるようになる、これを含めた常識外れの化け物達。
……だけどそもそも、事をここまで大きくしたのは、玄武台の中に告発者がいたからだ。
名前は七波由香。瀬古優が所属していた野球部で、マネージャー見習いをしていた一年生
の女の子。彼女が警察に内情を漏らしさえしなければ、事件は只々ブチ切れた兄による復讐
殺人というだけで済まされていたかもしれない。後に告発を受け付けた筧・由良両刑事を巡
る一連の騒動も起こらなかった筈だ。
はっきり言って、本当に「余計な事をしてくれた」と思う。
それは別に、当の玄武台の生徒や教師、保護者達に限った話じゃなく、他でもない私自身
にも大きな災いをもたらした。真っ先に生徒一人の命と学校の面子を天秤に掛けて非難を浴
びた父は、紆余曲折を経て死に、私も普通の大学生ではいられなくなった。
──磯崎康太郎の娘。
ただそれだけで、私はその後の人生を滅茶苦茶にされてしまった。ちょうど就活中だった
私の素性を知るや否や、何処の会社も私を採りたがらなくなった。内定を貰っていた先から
取り消しを突き付けられたことだって、何十件とあったか。
企業にしてみれば、わざわざ目に見える「リスクを回避した」だけ……なのだろう。その
安易に切り捨てる思考はすぐに解ったし、こちらも辟易したが、事実就職先が瞬く間に潰さ
れていったことには変わりない。
確かに私自身、あの人を出来た父親だとは思っちゃいなかった。器が小さい癖に権力志向
だけは人一倍で、私達家族にもよく威張り散らしてたっけ。尤も集積都市に住んでいるなら
誰しも、自分は出来るというアピールを続けていなければ、すぐに淘汰されてしまう節はあ
るのだけれど。
……どうして? どうして! 私が一体、何をしたっていうの!?
事件以来家に閉じ籠もっていた父も瀬古勇に殺され、母や兄弟らも皆社会的に殺されてし
まった。私達は“負け組”に落とされて全てを失い、路頭に迷うしかなかった。只々瀬古勇
と、何よりこんな事になる切欠を作った、七波由香に対する強い恨みだけが、私の中で濃縮
されていった。
『引き金をひけ。そうすれば、お前の願いは叶う』
そんな時、奴は私の前に現れた。高そうなスーツにびしっと身を包んだ、如何にもお高く
止まっている風貌の男だった。
差し出されたのは、例の短銃型ツール・リアナイザ。
加えて彼の顔にも見覚えがあった。間違いない。前の中央署の一件で主犯格とされた、白
鳥警視──その姿形と権限を奪い取った怪人達の親玉、プライドだと。
『……よりにもよって、いけしゃあしゃあと。知ってるわよ。そもそも本を正せば、あんた
達が全部悪いんじゃない!』
正直を言うと、始めは一瞬迷った。だけども相手が相手だけに、そもそもに大元を辿れば
こいつらに行き着くとあの騒動以降知ったものだから、先ず口に衝いて出たのは恨み節だっ
た。瀬古勇にこいつらが化け物用のリアナイザを渡しさえしなければ、私達家族もこんな目
に遭わずに済んだのだ。
『実に短絡的な、愚か者の思考だな。渡した後はその者の行いだ。基本我々は関知しない』
なのにこの男・プライドは、憎たらしいほど淡々と、私を見下ろして答えた。私達人間は
あくまで踏み台であって、奴ら自身の目的は怪人達を増やすことだと。
『いいのか? 同じ力でなければ、届かないぞ?』
『七波由香は今、守護騎士達によって守られている』
だけど奴は、こちらの事情を知り尽くしているのか、私の中に巣食っていた感情を問答無
用で掴んできて。
奴は言った。その恨みを瀬古勇に向けようが、七波由香に向けようが、私のそれを晴らす
には力が要る筈だと。やられっ放しでいいのかと。
『……』
私はぐるぐると迷った。いや、既にこの時、意思はすっかり動く側に傾いていたのかもし
れない。見上げた奴が手に提げるリアナイザが、この地獄を抜け出す為の希望のように思え
始めていた。ずいっと次の瞬間、奴が私に押し付けてくる。
『……手間を掛けさせるな。早く握れ』
結局私は、奴からリアナイザを受け取った。正確には一般に出回っている正規品ではない
ようで、怪人達を現実に生み出す改造が施されているらしい。
『願イヲ言エ。何デモ一ツ叶エテヤロウ』
引き金をひき、現れた鉄仮面と契約した内容は──父を理由に、私を蔑ろにした者達へ復
讐すること。少し躊躇いながら答えたその直後、この怪物は姿を変えた。灰紫色の鍔広帽子
と、ボロっちいローブに身を包んだ小柄な女の子。ファンタジー作品に出てくるような、魔
法使いのいでたちだった。
だけど……その力は本物だ。炎や氷、風や雷、色々な攻撃でもって、彼女は私の望みを叶
えてくれた。事件が起こる前は是非うちにと言ってくれていた癖に、掌を返して内定を取り
消し、関わり合いにさえなりたくないと拒絶してきた奴らに、私達は反撃の狼煙を上げた。
平気で嘘をついて、私や私の家族の人生を滅茶苦茶にした、人事の人間や社長達を、その行
動パターンを調べては次々に殺した。燃え盛って悲鳴を上げて、或いは手足を吹き飛ばされ
て必死に命乞いをしてくる彼らを……私達は容赦なく始末した。
だってそうでしょう? 自分だけ助かろうなんて、赦して貰えるだなんて、勝手過ぎる。
『ヤッタ、ヨ……ルカ。褒メテ、褒メテ?』
魔法使いみたいな女の子、私の相棒は、多分その戦闘能力に大半を注ぎ込んだ個体なんだ
と思う。姿形が変わってからも、口調がぎこちないというか、何処となく幼いというか。
何人目かの標的を始末した頃だ。この子は私の持っていたリアナイザと中のデバイスを食
べてしまい、都度私が引き金をひかずとも実体化出来るようになった。何でも彼女曰く、こ
の“進化”が、自分達がヒトと契約を結ぶ理由なのだという。
だから本来、姿を維持するのにリアナイザが要らなくなった時点で、私達人間の側は口封
じも兼ねて始末されることが殆どなのだけど……この子は何故かそうはしなかった。私が話
を聞いて『えっ──』と勘が働いた次の瞬間も、変わらず私の傍に居てくれた。
もしかしたら、この子にも“心”のようなものが芽生えていたのかもしれない。最初は私
を蔑ろにする奴らを「倒す」ことが契約だったけど、いつしかそれが私を「守る」ことに変
わっていったんじゃないかって。
『ルカ……。守ル……』
正直言って、私もAIの専門的な知識は分からない。実体化したコンシェルだなんて尚の
事だ。でもいつしか私自身、この子を本当の妹のように感じ始めていた。事件以来、すっか
りバラバラになってしまった家族の中にあって、彼女は私の新しい拠り所になっていたんだ
と思う。きっとお互い狂ってはいたんだろうけど、同じ志で繋がって。
『七波さんが? 北大場……近くだ』
だからこそ私達は、あの時奴らが憎き七波由香の居場所を口にした時、戦いもそこそこに
飛び出さずにはいられなかった。
そうだよね。ずっと名無しのままじゃあ、貴女呼ばわりばかりじゃあ寂しいもんね。
だから私は名前をつけた。
身の丈に合わない鍔広帽子と、ローブ姿の小さな魔法使い。私の妹、マナ──。




