47-(7) 転じて昏く
(……?)
ふと何か胸騒ぎのようなものを感じて、筧は来た道を振り返った。しかし目の前に広がっ
ているのは、相も変らぬ飛鳥崎の風景。遠巻きにはやけに整えられた、無数の高層ビル群と
コンクリートジャングル。
彼は都市部に戻って来ていた。元被害者を巡る旅は、なるべく街の外側から内側へと切り
込んでゆくようにルート取りをしている。順番通りに……というと随分恣意的ではあるが、
実際問題ある程度予め絞っておかなければキリがない。それこそ怪人達が引き起こした事件
は、大きなものから小さなものまで、把握している分だけでも相当数に上る。
(気のせいか……)
まだ冴島は戻って来ていない。どうやら七波君の件は一旦落ち着いたようだが、自分が事
後的に飛んで行って良いものだろうか? 正直まだ、面と向かって話せそうにない。結局の
所それは自分自身の“逃げ”だと解ってはいたものの、お互いナイーブな状態のままではた
して、これからのことを冷静に話し合えるだろうか?
ならばメッセージを……そう思ったが、デバイスが表示する時刻を見て思い留まる。
ちょうど今は昼過ぎだ。学園はそろそろ午後の授業が始まっているだろう。
邪魔になる干渉は止した方がいい。
『──』
結局この時筧は、七波に連絡を取ることもなく飛鳥崎の街中へと進んで行った。先日から
彼を密かに尾行して監視・警護している冴島隊B班の面々は、相変わらずこの重要人物の保
護という任務の為にコソコソと物陰から物陰に移動し、息を潜めながら“いざという時”に
備えている。
『お前の母親は預かった。返して欲しければ、北大場の廃ビルへ筧兵悟と二人だけで来い』
『周りの人間に少しでも話したら、母親の命は無いと思え』
た、大変だ! どど、どうしよう……!? 勇からの脅迫電話を受け、七波は完全に孤立
していた。心理的な圧迫と、元々学園に来てからの疎外感。ただでさえもう二度に渡って襲
撃という“実害”の原因となっている以上、周りの人々を頼る訳にはいかなかったのだ。ど
ちらにせよ、誰かにこの事を話せば、母の命が危ない。
(でも……!)
答えなら一つだけ出ていた。筧さんには知らせない。佐原君達対策チームにも、光村先生
にも。バレたらお母さんが殺されるというのもあるけれど、彼女だけは巻き込みたくなかっ
た。確かに実害を被った事で、お母さんはすっかりヒステリックに──自分に辛く当たるよ
うになってしまったけれど、きっと元の……元のお母さんに戻ってくれる。
(急がなきゃ!)
とにかく、誰かに見咎められる前に指定の場所へ。
話からして、きっと自分と筧さんを確実に殺す為の、瀬古先輩の作戦なのだろう。
……でも行かなくては。それが彼の、蝕卓による強硬策だとしても、行かない訳にはいか
ないのだから。
『拙い……。逃げろ、逃げるんだ!』
通信越しから聞こえる司令室の皆人の声。
しかし睦月達は、受けたダメージも相まってすぐには動き出せなかった。その場で荒く息
をつき、ゆっくりとこちらに向かって来るウィッチを、只々睨み返すしかない。
「ヴォオ……」
両掌に再三の炎を。しかしその火力はこれまでよりも明らかに強く、大きい。間違いなく
自分達に止めを刺すべく、新たな技を繰り出そうとしている。
(くそっ、まただ! また僕は、敵の力を見誤って……)
周りでは仲間達がボロボロになって倒れている。片膝をつき、或いは自分と同じように少
なからず項垂れ、何やら思案顔──冴島とそのコンシェル・ジークフリートも、満身創痍の
様相を見せていた。辺りに散乱した瓦礫の山が、パチパチと未だあちこちで燃えている。
彼らに似た、多彩な攻撃能力。様子からしておそらくは“狂化”されたタイプの個体だ。
なのにその召喚主は……改造リアナイザを持っていなかった。眼光鋭く、現在進行形で憎
悪の眼差しを向けている彼女が、その主ではない? だったら何故? アウター達は本来の
目的である実体化を果たせば基本、彼女らを始末してしまう筈なのに。
(どうなってるんだ……?)
疑問は尽きない。戸惑いと痛みばかりが優先する。淡雪や黒斗、二見とミラージュといっ
た例もあるが、皆人がこれまでも口酸っぱく言ってきたように、あれは非常に珍しいケース
なのだろう。少なくとも目の前の二人に、平穏無事な心優しい姿は見出せない。取っ捕まえ
て問い質し、確認しないと断言は出来ないが……何人もの人間を殺したアウターを見逃す訳
にはいかない。
「殺せ! 奴らを殺せ! 私達の恨みを、思い知らせてやる!」
「フゥゥゥーッ!!」
灰紫の大きな唾広帽子と、ボロボロのローブを揺らして。
強烈な憤怒と共に叫ぶ彼女を背に、この魔女のアウターは睦月達へと迫る。




