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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-47.Stigma/悪性への疾走
360/526

47-(4) 魔女強襲(前編)

 事の発端は、日中皆人が司令室コンソールから受けた報告に遡る。先日から街の北部を中心に、奇妙

な殺人事件が幾つも発生しているというのだ。

 共通しているのは、被害者が全員“惨い死に方”をしているという点。

 焼死や凍死、斬死に圧死──燃やされるというのはまだ分からないでもないが、夏もよう

やく盛りを過ぎただけのこの時期に凍え死ぬというのは不自然だし、遺体が切り刻まれた際

の凶器も見つかっていない。押し潰されたようなケースも、周囲の地形からして大よそ普通

ではあり得なかった。

『もしかして……アウター?』

『ああ、かもしれない。だから確かめる為にも、一度現場を見て来てはくれないか?』

 学園コクガクでの休み時間。睦月達を集めた皆人は、そう一同に命じた。

 仁や國子、海沙と宙及び各分隊。先のチェイスやストライクらの一件を踏まえ、皆人自身

司令室コンソールにて指揮を執ることとなった。筧と七波の警護の為にも、あまり兵力を割く訳には

いかないという事情もある。


「──うーん。これといって、手掛かりになりそうなモンはねえなあ……」

 現場となったのは飛鳥崎の北部、西部とやや重なる境目付近の古いビル街だ。人気の波が

中心部に持っていかれつつあり、路地の多い入り組んだ地形をしている。灰色の地面や壁が

四方八方に立ち塞がって黙しているさまは、何となく不気味だ。事件があったと前情報で聞

いるからというのもあるのだろうが。

 皆人や司令室コンソールの職員達曰く、被害者達の共通点など詳しい情報は目下調査中だという。一

行は睦月と仁隊、國子と海沙・宙隊の二手に分かれ、先ずは人海戦術を採ることにした。皆

人達が情報を集めてくるまでの間、少しでも現場に何か糸口になりそうな痕跡が残っていな

いか調べようとしたのだ。

「そうだねえ。事件自体は少し前らしいから、粗方は警察が持って行っちゃったのかも」

『可能性は高そうですが……。今の彼らとなると……』

「言ってやるなよ。全員が全員、蝕卓やつらの手先だった訳じゃねえんだしさ?」

 國子隊サイドと分かれ、睦月と仁、及び彼の部下たる隊士──旧電脳研の仲間達が辺りの

路地を隅から隅まで検めて回る。ただでさえ変わり映えのしない作業に、睦月もパンドラも

正直それほど収穫はないだろうと思っていた。仁が思い返すように、今や針のむしろ状態な

中央署の関係者達をそれとなく庇う。

 コンクリ敷きの壁や地面は経年劣化が進み、汚れや痛みが激しいが、それが事件によるも

のなのか否かまでは判然としなかった。睦月の言う通り、既に当局が粗方処理した後なのか

もしれない。首を突っ込むのが遅かったか。

 晩夏になりつつあるとはいえ、辺りは妙に薄ら寒い。元々の人気のなさに加え、先の中央

署の一件で当局の内部がガタガタ──その本来力が激減しているからこそ、こんな事件が起

きてしまったのだろうか? 抑止出来ずに、起きてしまったのだろうか?

「おや……?」

 ちょうどそんな時だった。ふと道向かいから、一人の見慣れた人物が歩いて来る。

 冴島である。緩いスーツ姿にいつもの穏やかな微笑、それでも身に纏う雰囲気はこれから

戦地に向かうような、油断して掛かれない一種の気迫なるものを感じる。

「あれ? 冴島さん……?」

「何でこんな所に?」

「筧刑事──いや、元刑事の所へ戻る途中なんだよ。その前に、萬波所長や香月さんに挨拶

をしておこうと思ってね……」

 やあ。その姿を認め、振り向いてくる睦月や仁達に、冴島は努めてニッコリと優しい笑み

を浮かべてみせていた。一旦こちらに近付いて来て、少々立ち話を。どうやら彼は出発前に

司令室コンソールに寄っていたらしい。部下達みなは先に行かせてあるため、今頃は筧を警護している別班

と合流している筈だとも。

「例の殺人事件の調査だね? 僕も軽く話は聞いてる。任せちゃって……いいのかな?」

「ええ。こっちは未だ確認段階ですし、筧刑事のことも心配ですし」

「行ってやってください。こっちはまあ……何とかなりますよ」

 そうか。じゃあ、くれぐれも気を付けて。

 睦月達の、軽く励ましも含んだ背中を押す言葉に、冴島はフッと小さく苦笑していた。筧

もそうだが、七波を狙う刺客達についても気になっているのだろう。少なくとも今回の犯人

が新たなそれとは確定していない以上、無理に引き留める理由もない。努めて一帯の現場検

証は引き受け、このリアナイザ隊隊長を送り出すことにする。

「──筧? 筧……兵悟?」

 しかしである。睦月達はこの時、その一部始終を目撃してみていた第三者の存在に気付いてい

なかったのだ。遠巻きの物陰から、じっとこちらを覗いていた一人の女性である。路地への

曲がり角、壁の端をギリッと鷲掴み、そうじわじわとの名前を呟きながら憎悪の眼差しを

強くする。

「まさか、あいつら……」

 その直後だった。彼女はにわかに物陰からこちらに向かって飛び出し、この物音に気付い

て振り返った睦月らと対峙する。……誰? 思わずぱちくりと目を瞬き、されど向けられる

眼光から、少なくとも友好的な人物ではないらしいとの判断を脳が下す。

「……っ」

 スラリとした、可愛いよりも格好いい感じの女性だった。睦月や仁達に比べれば、一回り

近くは年上──背格好からして大学生ぐらいだろうか。何故か激しい敵意の目でもって、横

道に入る路地数ブロック分向こうからこちらを睨んでいる。

『なっ……?!』

 加えて彼女の横から現れたのは、灰紫の大きな鍔広帽と、ボロボロのローブを纏った怪人

だった。睦月や仁以下隊士達、期せずして居合わせた冴島も驚愕の様子で目を見開く。形容

するならば、まさに“魔法使い”のようないでたちである。

 背丈は彼女よりも低く、全体的に縮こまっている感じだった。両手足や顔といった生身の

部分は、茶黒く焼け焦げたようにその全貌を窺えない闇と同化している。

「な、何だ? まさか……アウター!?」

『は……はい! この反応、間違いありません!』

「おいおい、いきなり出て来なすったか!」

「どうやら迷っている暇はなさそうだ。構えろ、来るぞ!」

 ヴォオアアァァァーッ!! 醜く淀んだ顔、赤く不気味に光る双眸を見開きながら、この

鍔広帽の怪人アウターは咆哮した。

 背後に立つこの女性の憎悪に共鳴するように、咄嗟にそれぞれのリアナイザを取り出す睦

月達に向かって、直後大きく跳躍しながら襲い掛かる。

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