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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-5.Vanguard/歪みを表す者
36/526

5-(5) 交わり始めつ

 時を前後して、千家谷駅周辺。

 自分達の手には負えぬという所轄の要請により、筧ら中央署の面々は急ぎ準備を整えて現

場に駆けつけていた。

 ビル群のあちこちに掛けられたビニールシート。

 落下した瓦礫の撤去の為と思われる仮設の遮蔽壁。

 行き交う人々は一見すれば平静を取り戻しているように見えるが、その内実は決して安寧

ではなかろう。むしろ事件テロが起こった事自体を忌々しく思い、自分は関係ないんだと、狭く

限られた各々の日常の中へと積極的に埋没しようとしている節さえある。

「──知らないよ。何で俺がテロリストなんかと知り合いになるんだよ……」

「──別の人に訊いてください。私は無関係です。失礼、打ち合わせに遅れますので」

「──っていうかおじさん達警察でしょ? 何テロられてんのさー。昨夜終電出なくて大変

だったんだからね~?」

 昼前から早速、一課の面々が駅前を中心に聞き込みを重ねる。

 だが事件の内容が内容だからか、多くの市民は関わる事すら避けたがるようにして足早に

人ごみの中へと消えていった。

 チッ……。同僚達がそうした後ろ姿を見送りながら、静かに舌打ちをする。

 安心快適の集積都市。そんな触れ込みを目一杯享受はしたくとも、いざ厄介事が起きれば

対応は全てこちら側へ丸投げという訳だ。

「……目撃証言、中々集まりませんね」

「無理もないだろうな。駅ってのはその殆どが通り過ぎるだけの場所だ」

 正直そんな人々の態度に辟易しながらも、筧と由良は大通りから路地裏へ、より地元の人

間がいるであろうエリアへとその捜査範囲を広げていた。

 先日で暦も進んで五月になった。季節も人も、街も、確実に変わろうとしている。

(全く。次から次へと……)

 由良を連れながら、筧は何処かこちらに接触エンカウントするのを避けようとしているかのような路地

裏の空気を感じつつ歩いていた。その脳裏の思考を占めていくのは、只々ここ最近頻発する

事件への嘆きと、長年の経験が囁く嫌な予感ばかりである。

 ……確かに、この集積都市という街の性質上、人は数多く集まる。結果として犯罪が発生

する確率もまた上がるのはある意味宿命なのかもしれない。

 しかしだ。それにしたって多過ぎではないか?

 その実ただの体感であってくれればそれに越した事は無いのだが、生憎そんな錯覚程度で

収まるほど自分達の仕事は生温くない。

 筧は確かに感じていた。

 この街で起こる事件の少なからずが、どんどん激しく常識外れになっている事を。

(これが俗に言う、現代社会の歪みって奴なのかねえ……?)

 小さな嘆息。

 筧はそんな実感としてある、この街に潜むきな臭さを思いながらも、それでいて何か特段

手が打てる訳でもない自分を歯痒く思った。

 昼下がりなのに競い合うように建つビルは、進む自分達の路を薄暗くしている。

 どうやら昨夜から所轄を含めて警察が捜査・警戒している状態が裏目に出、人々の口を堅

く閉ざしてしまっているらしい。

「……お?」

 しかしそれでも二人は見つける事が出来た。路地裏の、少し広まった一角でTAをしてい

る若者達のグループと出くわしたのである。

「お前ら、ちょっといいか?」

「……? 何だよ、おっさん」

「ああ、ごめんね。自分達はこういう者なんだけど……。話を、聞かせてくれないかな?」

 それは他ならぬ岩田達だった。睦月に事件当夜の一部始終を話し、入院中の林を紹介した

当人達である。

 最初彼らはやや横柄に出た筧に遠慮のない警戒心を向けたが、すぐに由良が横で警察手帳

を広げてみせた事で態度が豹変した。慌ててTAのホログラムを切り、リアナイザを腰の後

ろに隠し、動揺した様子で気持ち大きく後退っている。

「け、警察!?」

「その……俺達、何かしましたっけ?」

「……そういう返しは止めといた方がいい。相手が性根の悪い刑事デカだったら、そこから別件

で捕ってくるぞ」

「えっと。君達ってこの辺りの人かな? もしよければ、昨夜起きた爆破事件について話を

訊きたいんだけど……」

 少しジト目になる筧をフォローするように、由良がなるべくやんわりとそう本題を切り出

してみせた。岩田達が目を瞬き、互いに顔を見合わせる。

「え、ええ」

「構いませんけど……」

 だから彼らは、再び口を開く事になった。

 自分達はこの辺りでよく遊んでおり、昨夜も駅ビルの近くでたむろしていたこと。

 時刻は夜の十時をちょっと過ぎた頃。爆音がしたかと思って空を見上げると、破壊された

瓦礫などが降り注いで来たさま。

 そして睦月の時のように流石に面と向かって不平不満をぶつける訳にもいかず、代わりに

あの一件で仲間が負傷して現在入院しているのだということも。

「大よそ所轄から上がって来た報告と一致してますね」

「ああ。だが話の通りだと、爆発は複数の場所から起こった事になるな」

 筧と由良はそれら証言を手帳にメモしながら、且つ徐々に形になってくる事件当夜の映像

を思い浮かべてみる。

 瓦礫は広範囲に渡って散らばっていた。同時に負傷者も多くの数に上る。

 これは一度捜査本部に持ち帰り、それぞれの証言と当時の位置関係をまとめてみる必要が

ありそうだ。

「ありがとよ。じゃあ最後に、その怪我をした友人の入院先を教えてくれ。そいつにも話を

聞きたい」

「ええ。北市民病院の三〇五号です、けど……」

「けど?」

「あ、いえ。まさか一日に二度も同じ話をする事になるなんてな~って思って……」

「? それはどういう──」

 だがそんな時だったのだ。岩田が苦笑いしながら呟いた言葉に筧が引っ掛かりを覚えた次

の瞬間、突如として周囲を揺るがす轟音が響いたのである。

「うおっ!?」

「な、何だぁ……?」

「ひょ、ひょうさん! 大変です、あれ!」

 驚き慌てふためく岩田達。一方で辺りを見渡し、由良が筧に叫んで遠くビル群の向こうを

指差す。

「黒煙……。チッ、第二の事件か」

「みたいですね。自分達も急ぎましょう!」

 方角はここから見て南南西。ちょうど西区の商業地帯辺り。

『本部から各位へ。爆発事件発生。場所は西区・西國ショッピングモール。付近の捜査員は

至急現場へ急行せよ』

 程なく筧が胸ポケットに引っ掛けていた無線機から、ノイズ交じりの命令が届く。

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