47-(3) 彼女達の工作
時を前後して、司令室。
冴島及び彼が連れて来ていたB班の隊士達は、改めて筧への監視・警護の任に戻ることと
なった。留守を任せていたA班との合流。既に隊士達は一足先に向かわせてある。
「では……宜しくお願いします」
「ええ」
「任せておけ。そちらも、気を付けてな」
司令室の職員達や、萬波に香月、研究部門の面々がそう挨拶をする冴島を見送っていた。
丁寧に頭を下げ、部下達を追って一人この秘密基地を後にする彼の背中を、皆はすっかり消
えてしまうまで眺める。
「……ふう」
一方そんな面々の中にあって、香月はこの見送りに際しても尚、自身のデスクに陣取って
作業を続けていた。
絶賛製作中──盛大に散らかしていると言ってしまっていい。顔だけは彼の出立を見送り
ながら、その手元には作りかけのリアナイザらしき金属塊、PC画面上に映し出された設計
図らしきデータが幾つも広げられている。
「お疲れさん。一旦休憩しないか? そうしたら私も手伝おう。コーヒーでいいかな?」
「……はい。ありがとうございます」
ただ元第七研究所所長、彼女の上司であった萬波は、その一心不乱な没頭ぶりを見落とし
てはいなかった。大きく息をついた瞬間を逃さず、デスクの傍まで近付き、何とか彼女に一
度手を止めて貰おうと考えた。
「すまないな。結局技術的なあれこれは、君にばかり負担させてしまっている」
「いえ……大丈夫です。所長達がサポートしてくださるからこそ、私も自分の得意分野のみ
に集中出来るんですから」
謝罪と即座の謙遜。この麗しきワーカーホリックには、寧ろ直接的な言葉で伝えた方が良
いと経験的に萬波は理解していたが、はたして当の本人にはどれほど伝わったことか。
……いや。伝わっても、そっくりそのまま受け取ることをしないのだ。事実こうして、こ
ちらが無理を押さぬよう諭しても、彼女は苦笑いながら受け流すばかりだった。
香月は相変わらず、ガチャガチャと机上に広げた部品達の組み立てや調整を行っている。
スペースの奥隅に置かれたシンクの前で、萬波は静かに哀しい笑みを浮かべていた。
「敵は、こちらの都合で待ってはくれませんから。それに一連の守護騎士システムは、私が
考案したものです。責任を負うのは当然のことです」
背を向けたまま、暫くコーヒーメイカーで皆の分を淹れ、集まってきた部下らに渡す。
言葉の通り、司令室内は一時まったりと小休止に入ったが……肝心の香月はカップを横に
置いたっきり、中々作業を止めようとしない。
「会長達や司令を批判する心算はありませんが、由香ちゃんを学園に保護した判断こそ間違
っていなかったものの、彼女自身にとっては“失敗”だったんじゃないかと思ってしまうん
です。元々の経緯から仕方ない部分があるとはいえ、辛い目にばかり遭わせてしまっていま
すから。あの子と、同じ年頃の女の子を……」
『……』
二度三度と、萬波らは静かに目を細めている。その心中を察し──加えて自分達のそれが
まだまだ足りなかったのだと悟り、恥じ入るようにギュッと唇を結んでいた。
あの子。言わずもがな、睦月だ。確かに七波と彼は同学年だし、今回の保護策では司令官
たる皆人らの目が行き届くよう、わざわざ同じクラスになる根回しさえしてある。
自らの息子と、守護騎士としての苦悩や戦いの日々をつい重ねてしまうのだろう。無理も
ないと思った。萬波らは安易な慰みの言葉も向けられず、只々じっと作業を続ける彼女の背
中を見守る。カップから昇る湯気が、静かに場の空間へと霧散していた。
「だから万全を期す為にも、出来る事はなるべく早く整えておきたいんです。それが、由香
ちゃんや睦月を──チームの皆を助けることにもなる筈ですから」
嗚呼、やっぱり親子なんだな……。萬波はそう強く、内心で悔いるばかりだった。
冴島君がいれば、また気の利いた言葉の一つでも掛けられるのだろうが……寧ろ彼が此処
を発ったからこそ、彼女はこんなことを口にしたのだろう。その意味で特別な存在である点
に違いはないのだが、如何せん強情過ぎるきらいがある。
「……それで所長。政府との共闘の件は、一体どうなっています?」
「うん? ああ、その話か……。基本方針はこの前の全体会合の通りだよ。手の内を明かし
てしまうには、まだまだリスキーな部分がクリア出来ていない」
その間にも、話題はちらっと別の方面へと移動していて。
香月がようやく作業の手を緩め、置かれていたコーヒーに口を付け始めた。その様子を視
界に捉えて内心安堵しながら、萬波は答える。先程とはまた別種の苦笑。流石にそちら方面
のあれこれは、科学者ではなく政治家の領分である。
先の中央署の一件を契機とした、自分達アウター対策チームと中央政府の共闘。プライド
以下“蝕卓”に侵食された同中枢を討ち払う為、公権力の援護射撃を必要とした所まではよ
かったが……結局その後の折り合いが中々付いていなかったのである。
最終的な決定権はあくまで上層部ないし、司令官たる皆人に在る。
萬波は勿論、香月や他の面々も多かれ少なかれ把握はしていた所だ。身バレをしたくない
云々というのは分かる。政府内部にも、奴らの手先が侵食していないという保証など、易々
と得られはしないだろう。
なのに皆継会長に続く、対策チーム加盟の各社首脳達は……今も恐れている。一旦共闘を
してしまえば、自分達の存在が明るみになりかねないと思っているのだろう。加えて中央署
の一件で政府へのパイプを使った事に、当初から批判的な者達も少なからずいたのだと、他
ならぬ皆人が肩を竦めて教えてくれた。
「ですよね……。なので交渉の際、一旦は向こうからの申し出を撥ねましたが……本当に良
かったんだろうかと」
「最善とは言えないだろうな。返答を引き延ばし過ぎ、政府とギクシャクしてしまうという
のも、長い目で見れば好くない。蝕卓への警戒を強める為にも、数が多いに越した事はない
のだから」
ええ……。香月はそう、改めて萬波からの言葉を反芻するように呟いていた。視線を気持
ち床へと落とし、殊更に難しい表情をする。
技術的なあれこれとは言ったが、こと政府とのパイプ役に関しては、彼女もまたその一翼
を担っているのだ。詳しいことは未だ聞かされていないが、こればかりは過去の経歴から培
った伝手を頼らせて貰うしかない……。
「萬波主任、佐原博士! 大変です!」
ちょうどそんな最中の事だった。制御卓に着いていた職員の一人が、不意に通信用のヘッ
ドセットを外しながら、酷く慌てた様子でこちらに振り向いて叫ぶ。
「……?」
「何だ、どうした?」
そして弾かれるように顔を上げた香月や萬波、周りの職員達が、もたらされたその報告を
耳にするや否や、大きく目を見開き──。




