47-(0) 鶴の一声
公の状況が新たに変化し始めたのは、他ならぬ渦中の関係者が一つ、H&D社がその日動
きを見せたからだった。同グループのトップ、リチャード・ビクターCEOが突如として、
飛鳥崎市内で記者会見を開いたからである。
「ようこそ皆サマ。本日は遠い所へ足を運んでいただキ、ありがとうございマス」
キラキラと、文字通り輝くような平素の微笑も、流石に今回ばかりは幾許かの影が差して
いるようだ。外人訛りのこなれた日本語で、先ずはそう開口一番繕いを覗かせる。
『──』
それでも会場に駆け付けたマスコミ各社は、総じて緊張と驚きに包まれていた。広々とし
た室内、指定されたホテルのイベントホールの方々から、構えたカメラのフラッシュが焚か
れていてる。
渦中のH&D社が、事件後ようやく声明を出したという点は勿論ながら、まさか彼がこの
飛鳥崎までやって来ていたとは。
事前にそのような情報は無かった。完全にお忍びである。尤も自社製品への信頼が大きく
損なわれかねない中、CEO自ら火消し──本国を飛び出して駆け付けるべき案件であると
考えたなら、そこまで不自然という訳ではないのかもしれないが。
曰く先の中央署の一件、いわゆる電脳生命体に自社の製品であるリアナイザが関わってい
るとの情報を受け、彼らは内部調査を進めていたのだという。今回来日し、このような会見
の場を開いたのは、他でもないその結果を伝える為だ。
「結果から申しましテ……報道されている内容は、事実デス」
『!?』
ざわっ。強くひっきりなしになるカメラのフラッシュは勿論、リチャードの端的な発言を
受けて、集まった記者達は目に見えて衝撃を受けていた。大きく目を見開き、神妙な面持ち
を貼り付けて語り出す彼の一挙手一投足に、細心の注意を払っている。
「調査の結果、我々の商品であるリアナイザを違法に改造シ、件の怪人達の苗床とシテ巷に
ばら撒いている者達がいると判明しましタ。皆サマもご存知の通り、彼らはこの街の中枢に
さえ忍び込み、暗躍してきた者達デス。残念ですガ……事態は既に我々のみでは対処し切れ
ないほど大きくなっていマス。それでも我々にハ、未だ出来ることがありマス」
加えて同グループの総責任者として、当面正規リアナイザの出荷を自粛し、既に市中に出
回っている分の回収を進めるとも彼は表明したのだった。かねてより水面下で進行していた
対応ではありながら、今後も飛鳥崎当局と協力して事態の収拾に当たり、損なわれた信頼を
取り戻す決意だ……とも。
「皆サマも、どうかご協力をお願いしマス」
「この度ハ、誠に申し訳ございませんでしタ」
そうして深々と、同席していた他の幹部らと共に頭を下げ始めるリチャード。流石は世界
中に事業を展開するグループのトップか。欧米以外の文化圏における、求められる対応のス
タイルについても、豊富な知識と理解があるらしい。ここぞとばかりに記者達が、この絶好
の“画”を収めに掛かる。
(……まさか、あのビクターCEOが直々に出張って来るとは)
(こいつは特大のネタだ。暫くはどの局も、この話題一色になりそうだな……)
一見すると、H&D社の迅速な対応であるように見えた。自社へのダメージを最小限に抑
えたいという思惑なのだろう。
トップダウンによる大鉈──ただその一方で、自粛によって切り捨てられる人々、リアナ
イザの製造・販売に関わってきた者達が、報道によって埋もれる可能性も出てくる。
(それに……)
“画”はまだ続いている。実際の所、時間にすればほんの十数秒ほどだ。ただそんな大き
なうねりの中で、記者達の何人かは思った。
即ち彼らの対応は事実上、既に流通している分も含めて、リアナイザという商品それ自体
を“禁制の品”にするようなものではないか──。




