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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-46.Revenger/地獄塚三叉路
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46-(7) 血の臭い

 かくして七波を襲った新たな刺客達は、睦月らの手によって倒された。

 今度こそ、彼女の知らない所で決着をつける事が出来たのは良かったが……結局北市民病

院での襲撃以来、当人はクラスには戻って来ずに保健室登校へと変わってしまった。経緯か

らして無理もないが、そこだけは心残りである。

 加えて、睦月らが一先ず安堵するのも束の間、司令官たる皆人は釘を刺す事を忘れない。

 曰く『刺客がこれで全部だという保証はない』──ストライク達を倒したとはいえ、二度

あることは三度あるとも云う。彼は対策チームの面々に、引き続き警戒を怠らないようにと

指示を出した。遠野・内田の両名は、工作班が政府筋を介し、適切な事後処理を進めてくれ

ている。例の如く、改造リアナイザの後遺症による記憶障害はあろうが、彼らもまたきちん

と法の裁きを受けるべき人間達なのだから。


「──駄目よ。力を貸すのは、今回だけって約束じゃない」

 戦いから数日後の、坂途中の踊り場。

 睦月と冴島、仁や海沙・宙といった対策チームの面々は、この日恵及び人間態のアイズと

待ち合わせをしてとある打診を試みていた。彼女らの持つ“眼”の能力を、今後も借りて共

に戦ってはくれないかと。

「それに……。私達の事情だって、貴方達も解ってない訳じゃないでしょう?」

 しかしやはりというべきか、彼女からの返って来たのは明確な拒否だった。

 尤もな言い分だ。実際に当の本人達から告げられ、睦月らはそれ以上強くは出られない。

先日冴島に打ち明けたように、あまりこちらと接点を持ち過ぎれば、蝕卓ファミリーにその存在を勘付

かれかねない。粛清されかねないのだ。

 かつて他ならぬ睦月らが守り切れなかった、額賀二見とミラージュのように。

「で、でも……」

「あ~……。だけどまあ、別にこれで貴方達と敵対しようって訳でもないから。前に話した

でしょ? 貴方達のことは、ずっと視てたって。直接協力は出来ないけど、これからもこっ

そり応援はさせて貰うから」

 ただ肝心の別れは、そこまで徹底して手厳しいものではなかった。寧ろ他ならぬ恵自身が

それを望まず、何より自分達には出来ない戦いことをしている睦月達に、ある種の憧れを抱いて

いたからだ。

 先輩……。睦月が少しじーんとして、小さく彼女の名を呼ぶ。冴島や同伴した他の仲間達

も、めいめいに微笑んだり、互いに顔を見合わせて苦笑したりと“悪くない”反応を示す。

「じゃ、そういうことだから」

「元気でな。一日でも早く、こんな戦いが終わってくれることを願うよ」

 にぱっと努めて笑ってみせる恵に、その傍らで物静かに武運を祈ってくれるアイズ。

 睦月らが見送る中、二人はそのまま仲良く連れ立ち、緩々と延びる坂道を後にしてゆく。


「──それでは、彼女のメンタルケアを宜しくお願いします」

 一方その頃。皆人と國子は、放課後の学園コクガク内にいた。時間帯もあって他に人気も失せた保

健室で、二人は同校養護教諭・光村忍にそう丁寧に頭を下げている。

 皆人は大よその所を報告し終わっていた。チェイスとストライク、七波を襲った刺客たる

アウター達は先日倒したこと。混乱は次第に落ち着くだろうが、当の本人は暫くクラスに復

帰出来るような状態ではないこと。

「……」

 そう、彼女の正体は“仲間”だった。同じく対策チームの一員として、学園に詰める工作

員の一人だったのである。

 尤も、教員免許自体は紛れもなく本物だ。かねてから内々に対策チーム側からスカウトを

され、今回の七波の転入に際しても、種々のケアを担当すべく配置されたとさえ言える。

 夕暮れの保健室。彼女はデスクに右半身を向けて着いたまま、じっとこの司令官たる皆人

とその従者を見つめている。冷静沈着な才媛──ただ今この瞬間の眼差しは、単純にクール

と呼べるだけのそれとは言い難い。

「司令、一ついいかな?」

「何でしょう」

「あんたはこれからも……あの子を“囮”にする心算なのかい?」

 要らぬ問答は時間の無駄だ。そう光村は、若干睨み付けるように訊ねた。皆人の傍らに立

っていた國子が刹那、小さく眉間に皺を寄せる。だが当の皆人自身は、そんな少なからぬ非

難の眼差しに真正面から向き合っていた。

「不満ですか」

「正直な所を言えば、ね。あんた達は保護という名目であの子を引き込んだけど、実際はデ

コイ代わりにして刺客を誘き出してる。敵の数を減らしていってる。私の……考え過ぎかも

しれないけどね」

「否定はしません。でもどのみち、彼女に居場所はない。それに元を辿れば、彼女をそんな

立場に追い遣ってしまったのは、他ならぬ俺達です。その責任の一端を担う義務がある」

 お互い頭の回転は早い方なのだ。相手が何を考え、意図して言動を取っているのかは、現

実に起きた事態と合わせればある程度筋道が立てられる。

 じっと暫く、二人は互いを見つめ合っていた。何か新しい情報が、他にも出ないかと待ち

構えて様子を窺うように。

「……まあ、そういう事にしておくよ」

 はたして先の折れたのは、光村だった。ふう……と、大きく息を吐くと、それまで緊張さ

せていた自他を解すように自嘲わらった。皆人ないし國子は、相変わらず出入口付近に立ったま

ま仏頂面を浮かべている。

「心配しなさんな。任務に関してはきっちりと果たす。そういう契約だろう?」


 束の間ではあれど、一日また一日と平穏が戻ってきた。学園コクガク周辺で起こった一連の事件も、

やがては人々の記憶から薄れてゆくことだろう。それは渦中の人物たる七波自身が、クラ

ス教室から姿を消したことも大きい。日常的に元凶が視界に入らなくなれば、周りの者達が

受ける感情の刺激も、同時に減ることになるのだから。

「──」

 だが一度回り出した、棘だらけの歯車達は、最早止まる事はない。

 事態はその間も動き出していたのだ。ゆっくりと静かに、多くの者達が与り知らない影の

部分で確実に。

 日没後のとある建物。そこは七海の母・沙也香が転院した病院だった。消灯時間もとうに

過ぎてすっかり寝静まった院内を、一人の少年が歩いている。カツ、カツ。ゆっくりと。当

直に詰めていた警備員らを片っ端から倒して床に突っ伏させ、或いは気を失ったその頭を鷲

掴みにしたまま、ずるずると無遠慮に引き摺り回す。

 勇だった。龍咆騎士ヴァハムート姿ではなく人間のままで、しかし片手に下げた黒いリアナイザの拳鍔ダスター

からは、ぽたぽたと静かに彼らの返り血が滴っている。

 姿勢はやや前のめりで、前髪に隠れた表情からは紅く灯るような眼。勇はそのまま、警備

員達を辺りに放置すると、沙也香が眠る病室へと忍び込んだ。

 先日から続くヒステリーから、疲れが溜まっていたのだろう。彼女はそんな来訪者が枕元

に近付いて来ることにも気付かず、眠りこけていた。小さく上下するベッドのシーツが、辛

うじて彼女が生きていることを示す証明になっている。

「……」

 数拍の間。じっと見下ろす狂気の眼。

 そして彼は次の瞬間、ザッとその手を彼女へと伸ばし──。

                                  -Episode END-

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