46-(6) 君がいたから
「くそっ、何処だ!? 一体何処から撃ってきた……!?」
決して歓迎などしない乱入者の存在に、遠野は思わず熱くなる。
慌てて自らの立つビルの屋上から辺りを見渡すが、肉眼ではそれらしき姿を捉える事は出
来ない。右手に改造リナイザ、左手に連絡用のデバイス。もう一度双眼鏡を取り出そうとし
て、わたわたと手元が定まらない。
まただ。また、前みたいにこっちを狙撃してくる奴がいる。
少なくとも近くではない。加えて感知範囲内なら怪人が気付く筈。となると、やはりあの
時ライフルを構えていたコンシェルか。遠距離戦は、相手も得意中の得意といった所なのだ
ろう。
(しかし……)
問題は奴らの位置だ。そもそも自分達の場所をどうやって把握した? 前回違ってこっち
は、未だ投げてすらいないのに……。
「“眼”だよ」
攻撃を中断せざるを得ずに、辺りを見回している彼を遠巻きに、冴島がぽつりと言った。
勿論当人にその言葉が届いている筈もない。作戦は……既に始まっていたのだから。
冴島や隊士達、街のあちこちには密かにアイズの放った“眼”が探索網を作っていたので
ある。ふよふよと、文字通り眼球だけが物陰に隠れつつ音もなく移動し、捉えた映像の全て
が怪人態を発揮して操作するアイズと、傍らに立つ恵の下に集まってくる。
『……』
何かを語るでもなく、やがて目的を果たした二人はその場から立ち去って行った。恵は去
り際、神妙というよりも不安を多分に宿した瞳で、アイズ──耕士郎と共に街の雑踏の中へ
と消えてゆく。
「ふっふーん♪ 場所さえ判ればこっちのモンよ。あたしと海沙のコンビネーションを舐め
なさんな?」
「私のビブリオでも、一応探せなくはないけど……。百瀬先輩達ほど、範囲も精度も広い訳
じゃないから……」
睦月たち対策チームの反撃。それは冴島が持ち帰った、恵とアイズの情報、そしてそんな
二人の力を借りるというものだった。彼は渋る彼女達を説き伏せ、また七波を狙うであろう
遠野と内田の動きを監視。いざ動き始めた際に、その正確な位置を報せて貰ったのである。
『顔が割れたんだ。尾けるなり何なり、どうとでもやりようはある』
くそっ! 遠野は勿論、冴島隊や海沙、宙、司令室で作戦全体を指揮している皆人の存在
など知る由もない。双眼鏡の倍率を弄りながら、必死になってこの妨害勢力の位置を特定し
ようとしている。
のそそっと、ストライク(投)も吹き飛ばされたダメージを引き摺りながら、元の投球位
置に戻り終えていた。
「とにかく、もう一度投球を……。狙撃合戦か……上等だ。乗ってやろうじゃねえか」
「だがその前に、内田にも場所を変えるよう指示しないと──」
しかし彼らの二投目は、もう訪れなかった。状況を踏まえた上で作戦を立て直し、改めて
相棒に連絡を取ろうとしたその直後、背後から彼の改造リアナイザ目掛けて太刀の突きが放
たれていたからである。
『──』
國子だった。いや、厳密には彼女が同期したコンシェル・朧丸だ。そのステルス能力でも
って特定した彼の背後まで忍び寄り、隙を突いて召喚の要である改造リアナイザを貫いて破
壊したのだった。
「畜……生……」
引き抜かれる刃と共に、砕け散る改造リアナイザ。
同時にストライク(投)は、全身がデジタルの粒子に還り消滅していった。その召喚主で
ある遠野自身も、ガクッと意識が遠退き、仰け反るようにして場に倒れてゆく……。
「──遠野? どうした、遠野?」
故に内田は一方で、突然連絡の絶えた相棒の異変に気付き始めていた。傍らには既に自身
のアウター・ストライク(打)が控えており、棘付きの大型バットを繰り返しスイングしな
がら、攻撃の合図を待っている。
「妙だな。急に声が聞こえなくなったぞ? それに、さっき銃声みたいなのが聞こえたよう
な気がしたし……まさか……」
ただ気付いた時には、もう遅かったのである。
マイペースな線目の表情が少しだけ真面目になり、相棒がいた筈のビルの方向を見遣る。
すると次の瞬間、背後からカツカツと、一人の少年が二人の立つ屋上へと姿を現して来たの
だった。
「? 君は……」
「内田秀紀さん、ですね? 年貢の納め時です。もうこれ以上、七波さんは狙わせない!」
睦月だ。だからこそ内田は最初、彼がイコール守護騎士であるとは認識出来なかった。元
よりそれも含めて、屋上にいる彼のアウターに勘付かれぬ為の、敢えて生身による接近では
あったのだが。
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
取り出した白いリアナイザ──EXリアナイザに銃口を押し当て、頭上から放たれ落ちて
来た光球に包まれる睦月。内田がその目の前の光景に驚き、相手が誰だったのかを理解する
のとほぼ同時、睦月は再び白亜のパワードスーツに身を包む。
「な、何で……」
「僕達はもっと、野球がしたかっただけなのに……」
改造リアナイザを失った遠野は、その後即座に國子隊や海沙、宙に拘束されていた。短い
ながらもどっぷりとその依存症に呑まれていた彼は、抵抗する力もなく目つきがぼんやりと
している。それでも七波に対する怒りは、根っこには在って消えなかったようだ。
「何でだよ……。あいつのせいで、俺達の人生は無茶苦茶になったんだぞ!?」
学生としてだけではなく、おそらくは野球選手としてのそれも含めて。
だが、彼と相対して見下ろす國子達の眼差しは、総じて冷たかった。
「……貴方がたの、自業自得です」
「大体その前に、瀬古君っていう人を一人、死なせてるでしょうが!」
相方を失った内田、ないしストライク(打)の戦闘能力は、本来の半分以下に押さえ込ま
れたと言っていい。遠野が投げさせ、内田が打たせる。睦月達を苦しめた、変幻自在の投球
型砲撃はもう使えない。自然とその一対一の戦いは、大型棍棒と徒手拳闘のインファイトに
狭められる。
「それならもっと、他に進める道があった筈だ! あんたがやってる事は、他でもない殺人
なんだぞ!?」
「……僕だって、七波を恨んでない訳じゃない。それに遠野が、言い出した事だから……」
五月蠅いッ!! 守護騎士姿の睦月の拳が、ストライク(打)の顔面に滑り込んだ。長大
な重量武器を得物として振るう相手に、小回りの利く敵はそぐわない。懐に一旦入られてし
まえば、手数も命中も含めて一方的な展開になりがちだった。
(ぬううッ……!!)
本当にこの人は、自分より二個上の先輩なのだろうか?
マイペースというか何というか。野球の事意外には、どうも自我が薄いといった印象を受
ける……。
「振るっている力に自覚がないっていうのなら……今すぐここで、終わらせる!」
負けじと大型棍棒を振り落してくる相手に、睦月は敢えて肉薄したままこれを受け止めて
いた。取った! そう言わんばかりにストライク(投)が、背丈の上から得物を押し込もう
とするが……睦月は直後ガシリとこれを掴む。敢えて攻撃手段を封じ、確実にこの片割れを
倒し切る為だ。
『ARMS』
『BRITTLE THE QUARTZ』
ストライク(投)の大型棍棒を掴んだ左手は、既に武装を追加済みだったのだ。発動した
能力が瞬く間にその得物と彼の両腕を石化で包み、或いは表面から侵食して脆くする。
驚愕するアウターと、後方でその一部始終を見守る内田が、声もなく目を見開いていた。
「海沙、宙! 今だ!」
するとどうだろう。次の瞬間、遥か遠くの屋上でこれを視ていた幼馴染コンビが、睦月の
合図を受けて渾身の一発を撃ち放った。「いっけぇぇぇーッ!!」通常よりも更に大きい特
大狙撃弾。捻じり込むような回転を加えて、その射出は貫通力を増してゆく。
ガッ──?! ストライク(打)の身体が、首筋から向かいの脇腹に向けて真っ直ぐに貫
かれていた。角度計算、風の抵抗バッチリ。射線を境にして抉り取られるように千切れたア
ウターの身体は、そのまま断末魔の声を上げさせて爆発四散する。
「……っ!」
「あぐっ──!?」
ビルの屋上で、激しく弾ける爆風。
パワードスーツに身を包んだままの睦月と、改造リアナイザが衝撃で破壊されながら押し
出される内田は、それぞれその場で踏ん張って耐えた。或いはやがて白目を剥き、意識を失
っていった。




