46-(4) 発狂
あの時、俺は文字通り叩き付けられた。登っていたとばかり思っていた高みから、翼を撃
ち抜かれて引き摺り下ろされたんだ。
「──」
蝕卓七席が一人、エンヴィーこと勇は、街の中心部から大きく外れた廃棄区の一角で、独
り鬱々とキャンプ生活を送っていた。片桐及びチェイスを巡る一件の最中、またしても七波
を始末し損ねて帰るに帰れなくなっていたのだった。
(畜生……)
他に通りかかる人間は皆無だというのに、努めて言葉に出さないのは、ひとえに己の矜持
と美学が故である。一方で彼の内心は、激しい焦燥と憤り──妬みに焼かれ続けていた。
すぐ目の前では、パチパチと小さな焚き火が燃えている。
しかし勇が、今現在進行形で内に宿す感情の質量は、この火よりも遥かに大きい。
(どうして俺が、こんな目に……)
七波由香の消去に失敗し続け、勇は自分が組織内でも孤立し始めているのを感じていた。
事実自分より先に学園を襲撃した個体や、更に別に個体達が彼女を狙い始めているらしいと
の情報は把握済みだ。デバイス越しに閲覧するネット上には、既に二度目・三度目の襲撃と
思しきニュース記事が幾つもアップされている。自分以外の刺客達が、こちらの了解もなし
に野に放たれているのだ。
(……プライドさんは、俺を見捨てようとしているのか……?)
かつて行き場を失った自分を拾ってくれた、同じ七席の一人の姿を勇は思い出す。
人間態としては、中央署警視・白鳥涼一郎。だが守護騎士達や他ならぬ筧兵悟、七波由香
らの抵抗によって、彼の表向きの隠れ蓑は奪われてしまった。
指先が、背筋が、じわりじわりと震える。
勇が感じていたのは、恐怖だった。彼自身実際に症状が出るまで自覚──自ずから認めよ
うとはしなかったが、原因となるこれまでの経緯は否応なく理解している。プライドに見出
され、人の身から“蝕卓”に加わった。七席の一人・エンヴィーとして暗躍し、龍咆騎士の
装着者となって、憎き守護騎士を打倒する専売特許を得た……筈だった。
なのに今や、そうした特権は剥ぎ取られつつある。脇道で命じられた任務さえこなせず、
本来の戦いにすら戻れない日々。だがもう後戻り出来ない所までやってきた以上、彼や組織
に見捨てられれば、今度こそ行き場を失う。
「……っ」
焦りばかりが募った。今度こそ、確実に七波由香を仕留めなければ。
いや、この状況を挽回するには、あいつだけでは足りない。もう一人の元凶、筧兵悟も同
じく亡き者にしなければ。今まで自分は甘かった。与えられた力が自分のものと思い込み、
本当の意味で使いこなす努力を怠っていたように思う。“人の心”が在ったように思う。
(今度こそ、殺す。手段を選んでいる場合じゃない──)
静かに震える腕を鷲掴みにし、カッと鬼気迫った目を見開いて。
勇は廃材椅子から、すっくと立ち上がる。




