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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-46.Revenger/地獄塚三叉路
350/526

46-(2) 駆け引き

 時は、暫く前に遡る。

 それはちょうど、香月が司令室コンソールを抜け出して一人電話を掛けていた頃。地下迷路の灰色の

壁に背を預け、かつて愛した人と改めて連絡を取っていた時の事である。

『君達有志連合チーム自体のことを、もう少し教えてはくれないか?』

 電話の相手は、小松健臣。三巨頭“鬼”の小松の息子にして、現政権の文化教育大臣を務

める若手の政治家である。

 学生時代、共に切磋琢磨した頃は戻らず、今はそれぞれ別の組織に属している。それが先

の中央署の一件を切欠に、にわかに接近し始めた。

 元より対策チームないし三条会長からの頼みとはいえ、内心嬉しくなかった訳ではない。

 それでも……彼女はまだ何処か、私情を含めて踏み込めずにいたのだ。

『電脳生命体──越境種アウターの件は、俺達としても何とか手を打ちたい所なんだ。その為の対抗

手段を持っている君達と協力関係を結べることは、長い目で見ても好ましい。さっきも言っ

たけれど、ちょうどこっちも梅津さんを中心に、そっちの当局の立て直しに動いてる。内側

と外側、両方が同時進行で回ってくれれば、何かと都合がいいんだけど……』

 そんなこちら側の迷いを、当の健臣自身もそれとなく感じ取ってくれてはいたようだ。間

が空いているとはいえ、伊達に長い付き合いではない。自分達の息子が、その戦いの中心に

立たされているのならば、尚更に。

『梅津さんは知っているだろう? あの人が選んだチームだ。信頼できる。だから──』

「……」

 きゅっと唇を結び、香月はたっぷりと数拍押し黙った。

 彼が“説得”しようと試みていることは解っている。その為に自分も相手も、互いの組織

から連絡役パイプとして渡されているのだから。

「……ごめんなさい」

 今後共闘、政府という公的な後ろ盾が必要になってくるのは、先の中央署の一件からして

も明らかだ。街の人々の為にも、何より息子の為にも、こんな戦いは一日でも早く終結させ

てしまいたいとさえ思っている。

 ただ、それとこれとは話が別だ。対策チームの上層部には、未だ政府との共闘──トップ

シークレットの共有に対して慎重な者が少なくない。表立って口にしないが、三条会長やそ

の息子、皆人司令も未だ残る“可能性”について警戒を続けている。

「貴方のことは信じているわ。でも……」

政府そちらにも敵が潜んでいないという保証は、未だないんだもの」

 申し訳ない。

 私情も合わせて酷く気色を落とし、香月は言う。飛鳥崎当局には、グリードやプライド達

という前例がある。上位組織だから大丈夫──同じような危険が隠れていないという理屈は

通らないのだ。もし政府内に“蝕卓ファミリー”の息が掛かった者が潜んでいれば、そんな状態での共

闘は即ち共倒れ──互いに組織が壊滅しかねないリスクを伴う。元より対策チームは、アウ

ター討伐を密かに終わらせたかった。出来る事なら、ここまで自分達や敵の存在を世間に知

られたくはなかったのだ。

「ごめんなさい……。もう少し、時間をくれないかしら?」

 だからこそ、香月は努めてそうした上層部の意向を受けた上で、尚も時間稼ぎが出来ない

ものかと試みていた。健臣に返した言葉は、半ば自らの本心でもある。

「……分かった」

 電話の向こうで、彼は暫く黙っていた。

 やがて返ってきたのは、そんな苦渋と言ってもいいであろう首肯であった。互いに気まず

くて、それ以上話は続かず、程なくして通話自体も彼からの一言で打ち切られてしまう。


「──どうだった?」

 他に誰もいない応接室のドアからひょこっと、梅津の厳つい顔が覗き込んでくる。

 デバイスをしまいながら、健臣は小さくふるふると首を横に振った。そっかあ……。入っ

て来ながら、彼も落胆しているようだった。これで何度目になるか。わざわざこちらも、時

間と人払いを割いてコンタクトを取っているのに、どうも件の有志連合とやらは慎重に過ぎ

るきらいがある。

「彼女自身は迷っているという感じでしたね。どうも上層部の方が、未だこちらを信用し切

っていないようです。そちらにも越境種アウターが混じっていないか? と、そういった旨の懸念が

あるようで……」

「参ったなあ……。ま、言い分は分からんでもないがよ。だからって政府内の隅から隅まで

身体検査をしろって? 無茶な宿題を出してきやがる」

「……すみません」

 いいって、いいって。梅津は盟友の子の手前、普段周囲に見せる厳しさとはまた別の兄貴

肌をみせていた。状況が遅々として進まぬことへの健臣の焦りに、なるべくどうってことは

ないと和ませようとしている。

「そもそも、こっちには例の化け物かどうかを調べる技術っつーか、手段がねえだろ。せめ

てその一部でも貸して貰えりゃあ、こっそり洗いもするがよ」

「そう、ですね。その方面からアプローチし直してみましょうか。只々個人的な繋がりだけ

に頼るのは、お互い立場もあって難しいでしょうし……」

 政府としては厄介事──公の矢面に立ち、火の粉を被り続けるのは割に合わないという意

見が多くを占め始めている。要するに盾代わりに使われているのではないか? いくら何で

も都合が良過ぎると、政権内でも不満を漏らすメンバーが少なくない。

 刈り上げの後ろ頭をガシガシと掻きながら、梅津は言った。健臣も現状香月からの返事が

貰えていない以上、交渉のパターンを変える必要があると考える。

 こと有志連合との共闘話を持って来たのは、表向き梅津からということになっている。同

じ三巨頭の系譜とはいえ、当人と親の七光りではどうしても差がつくからだ。

 そうして後ろ盾になって貰っている手前、梅津自身も健臣も、このまま彼らを引き込めな

い状況が続けば突き上げが強まるのは不可避であった。

「さーて、どうしたモンかねえ? 言われた通り、こっちにやっこさんがいないかどうか、探っ

てみるか?」

 此処は、梅津の議員事務所。どっかりと健臣の隣に腰を下ろし、梅津は高級そうな革張り

のソファに大きく背を預け、そうやや芝居がかった風に訊ねてきた。言葉通りこれからどう

したものかと困りながら、健臣自身にも決断を促す格好だ。

『──』

 そんな自分達のやり取りを、数フロア向こうの廊下からこっそり聞き耳を立てている、何

者かの存在には気付かず。

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