表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-46.Revenger/地獄塚三叉路
348/526

46-(0) 遠因(バックボーン)

 集積都市が一つ、飛鳥崎の郊外。

 先端インフラのゆりかごから距離を置く──取り残されたとある集落の入り口で、筧はふいっと

肩越しに振り返った。警戒心で寄った深い眉間の皺は、今やその標準装備と化して久しい。

(……何だ?)

 かつてスーツの上にコートを引っ掛けていた刑事の姿は、もう見られない。

 彼はハンチング帽を目深に被り、袖なしベストにズボンといった、変装用の服装に身を包

んでいた。言わずもがな、自らの正体を隠す為である。普段はかけもしない伊達眼鏡もその

一環だ。

 中央署の一件以来、自分を尾けていた冴島達に動きがあったのだ。彼が部下の半分を連れ

て、何処かへと去って行った──遠巻きに潜んでいた気配が、明らかに減ったのを感じ取っ

たのだった。

(まあ、目障りな連中が減ってくれるのはいいが……)

 されど、内心のそんな憎まれ口とは裏腹に、実際に貼り付けていた表情は渋いままだ。

 何の理由もなく、対策チームやつらがあの男を下げる事はしないだろう。となると、それ相応の

トラブルが起きたと考えるのが自然だ。……嫌な予感しかしない。街の方に──七波君かのじょの身

に、何かあっただろうのか?

「……」

 しかし筧は、そのまま街の方へ引き返す事はしなかった。

 先日当の本人に、今後の心積もりを留守電に残したばかりだし、何より未だ面と向かって

話せる気がしなかった。心の整理がついていなかった。

 それでも……失意のまま閉じ籠もってしまえば、この視界はどんどん暗く狭くなる。だか

らこそ多少無理矢理にでも、己を“外”に向けていた方がまだ建設的だろうと考えたのだ。


 越境種アウターもとい、改造リアナイザの被害者を巡る旅。

 筧が独り足を運んでいたのは、かつて飛鳥崎を震撼させたテロリスト・井道の住んでいた

集落だった。由良と生前、一度聞き込みに訪れた地区でもある。

 司令室コンソールの資料によると、爆弾魔ボマーのアウターの召喚主。

 彼は急病に倒れた妻を、すぐに搬送に来てくれなかった集積都市に対し、強い恨みを抱い

ていたらしい。

 ……つまりは復讐だった。あの事件は大上段なテロリズムなどではなく、井道個人の復讐

劇と表現するのが正確であった。救命措置が遅れた結果、息を引き取った妻。井道はその無

念を、やがて集積都市の医療だけではなく、街そのものへの敵愾心として膨らませていった

のだろう。

 その為に、違法なリアナイザを?

 最初に資料を読んだ時は、正直そんな風に思ったが、今なら解る気がする。事実かねてよ

り飛鳥崎の水面下では、こうしたアウター達の力に取り憑かれた人間達が、多くの事件を引

き起こしてきたのだから。

 自身も井道以前──対策チームれんちゅうによる一度目の記憶操作を受ける前に、期せずしてその一

端に触れようとしていたらしい。

 尤も、これらが明るみに出た切欠が、井道の一件である点に変わりはないのだが。

(……あんまりじゃねえか。恨み辛みに付け入られた挙句、散々利用されてポイなんざ)

 独り筧は集落の一角にある、かつての井道の自宅前に立っていた。事件以降、主のいなく

なった古い一軒家は、どうやら売りに出されてしまったようだ。

 街に子供達がいるとの話も聞いているから、その内の誰かが厄介払いよろしく処分しよう

としたのだろう。ただ事の経緯もあってか、買い手がついている様子はなく、でかでかと地

面に打ち込まれた『売り物件』の看板の後ろで順調に廃屋化が進んでいる。

「……」

 暫くの間、筧はじっと、この見捨てられた空き家を眺めていた。

 あんまりじゃないか。

 言っておいて、思い直す。そもそも自分だって当時は、井道かれが恨んでいた飛鳥崎当局側の

人間だったというのに。

「──誰だい、あんた? この辺りじゃ見かけない顔だな?」

 ちょうどそんな時である。その場に縫い付けられたように、旧井道家を前にしてこれを見

上げ続けていた筧の背後から、ふと少なからず険のある声がした。眉間もろとも皺くちゃの

顔をした、集落の住民らしき老人だった。

 ……拙い。気配に振り向いた筧は、内心焦っていた。

 こちらの正体がバレてしまったのではないか? 何せ自分は以前、由良と共にこの集落で

聞き込みを行っている……。

「え、ええ。市内から来ましたから」

「やっぱりか。てーことは、記者さんか何かかい?」

 ええ、まあ……。だがどうやら、その心配はなさそうだった。この近付いて来た老人は、

変装した筧の姿をざっと眺めると、勝手に勘違いしてくれる。筧は下手に自己紹介する訳に

もいかず、はぐらかすように応じておいた。

 もし自分が元刑事だと知られれば、間違いなく恨み節をぶつけられるだろう。「今更調べ

に? もう遅いよ……」老人は何処か遠い場所を見るような目をすると、おもむろに嘆息を

ついて話し始めた。

「この家に住んでた人のことは、もう知ってるんだろうが……。井道さんといってね。心臓

に病気のあった奥さんと二人で住んでたんだが、その奥さんを亡くしてからというもの、す

っかりおかしくなっちまった。かれこれ半年──いや、八ヶ月前くらいに行方知れずになっ

てそのままだったんだ。で、街で死体になって見つかった」

「……」

「二人とも、飛鳥崎に殺されたようなモンだよ。儂ら郊外の人間は、医者にもすぐに掛かれ

ない。本人にはもう訊けやしないが、井道さんも恨んでたんだろうよ。……街の方じゃあ、

デンノーセイメータイって化け物がうろついてるんだってな? 出元が街の連中らしいし、

もしかしたらとは思うが……。あんたらも精々、痛い目に遭えばいいのさ」

 声色はあくまで淡々とした冷たいものだったが、老人が時折向けてくる一瞥は、間違いな

く筧こと街側の人間への憎しみだった。

 井道ももしかしたら、その化け物によって命を落としたのかもしれない。それでも彼らが

同様にその牙を剥けられるなら、多少は留飲も下がろうものだと言わんばかりに。

「……」

 筧は老人を直視する事が出来なかった。郊外民、集積都市の恩恵を受けられない者達の、

街に対する憎しみは、かくも依然として燻り続けている現実。

 確かにアウター達は、蝕卓ファミリー──街の者達が生み出した“罪”だ。

 怪しいのは、リアナイザの製造・販売元たるH&D社だが……はたして人が取り締まる事

が出来るのだろうか? 相手はその内部まで、自分達当局に侵入を果たせるほどの組織力を

も兼ね備えている。今だって、どんな悪だくみを進めているか分かったモンじゃない。

 老人の恨み節は、“新時代”に乗らなかった各々の自業自得と行ってしまえばそれまでな

のかもしれない。だがそうバッサリと、全てを切り捨ててしまうのはあんまり過ぎる……。

(……法を犯してでも、叶えたい“願い”……)

 井道を始めとした、これまでの様々な召喚主達の背景を念頭に、筧はそんなフレーズを脳

内で復唱する。

 悪イコール蝕卓ファミリー。その点は間違いない。

 だが筧は改めて、この一連の問題の根深さを思い知ることになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ