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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-45.Revenger/地獄塚四番地
346/526

45-(5) 主砲四番

 三度目の襲撃。敵はやはり、他にもいたのだ。

 建物の一角を撃ち抜かれた病院から、パラパラと土埃が上がっている。そんなにわかに起

きた異常事態を、ずっと遠くから見つめている人影があった。

「うーん。当たったか?」

「直撃はしてないだろうねえ。でもまあ……これで視界は広がった」

 それぞれ大きく離れたビルの屋上同士に立つ、二人の少年である。一人は如何にも気の強

そうな少年で、一人は彼よりも背丈のある、線目でマイペースな口調の少年だった。

 二人はお互いにデバイスで連絡を取り合い、話をしている。

 加えて彼らの傍らには、それぞれアウターと思しき怪人が一体ずつ控えていた。

 見た目は、どちらも野球のユニフォームを髣髴とさせるデザインと、色合いの人型。但し

違う点があるとすれば、気の強そうな少年が操る方が、右腕がジャッキ状の機構を備えて強

化されていること。線目でマイペースそうな少年が操る方が、部分的に棘が付いた分厚い棍

棒──大型バットを握っていること。

 双眼鏡の倍率をガリガリと調節し、線目の少年が改めて標的の様子を確認していた。自身

がぶち抜いた壁、病室の中で、七波親子が腰を抜かして未だそこに居るのを見定める。

「うん?」

「どうした?」

「いや……下の方に誰か集まってるな。先客みたいだ」

「何っ!? もう嗅ぎ付けて来やがったのか?」

「どうだろう……? あっちはあっちで、別のトラブルの最中みたいだけど……」

 線目の少年からそう報告を受けて、気の強そうな少年が思わず顔を顰めた。ただ当の相棒

はさほどこれを深刻視──性格もあって深く考えてはおらず、すぐに彼へ次弾の用意を促し

てきた。ならばさっさと、当初の目的を果たしてしまえばいいだけだ。

「よしっ! じゃあもう一発いくぞ、秀紀!」

「ああ……。今度はもう少し、低めで頼む」

 投手ピッチャーがアシストし、打者バッターが撃つ。

 まさしく二人の役割分担は、野球のバッテリーのようだった。気の強い少年が自身のアウ

ターを操り、何処からともなく出現させた白球を、人間離れした豪速球で投げ寄越す。そし

てこれを、もう一人の線目の──秀紀と呼ばれた少年が、自身のアウターのスイングで巧み

に捉えて打ち返し、遥か遠く七波らのいる病室まで叩き込むのだ。

「きゃあ!?」

「ま、また……!」

「七波さん、逃げてください! 奥さんも部屋の外に!」

「ええ! とにかく此処に居ちゃ拙い……。由香、沙也香、掴まれ!」

「嫌ああああーッ!! どうして? どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのよォ!?」

 当然ながら、彼女らはパニックに陥っていた。まるで弾丸のように室内へ吸い込まれてく

る何かに、娘は逃げ惑う。父は咄嗟にそんな娘と、ベッドの上の妻を庇って引っ張り出す。

初弾の騒ぎを受けて駆けつけて来た看護師達も、半分以上おっかなびっくりになりながら、

三人を何とか病室の外──奥の廊下側へと誘導しようとする。

「しまった……。なら彼女らは、刺客ではないのか……?」

 階下、外の駐車場兼広場にいた冴島達も、この事態に慌てて辺りを見渡していた。何処か

ら撃たれた? ここからでは遮蔽物が多くて特定出来ない。そもそもこの少女と男は、新た

な刺客ではなかったのか?

 面々の混乱に乗じて、彼女らが逃げ出そうとする。司令室コンソールから通信を繋いで貰った皆人も

『すぐに睦月達を向かわせます!』と、急ぎ面々へと指示を飛ばした。

「とにかく、周囲の避難を!」

「狙いは七波君……本当の刺客で間違いないな。至急、攻撃位置の特定を! それまでは何

とか僕達で守る!」

 飛べ、ジークフリート! 隊士達に叫ぶように指示すると、同時冴島は風の流動化を纏っ

た自身のコンシェルと共に中空へと舞い上がった。ちょうど病室を背後に、彼女らを庇うよ

うな位置関係だ。「隊長、さっきの二人が……!」部下の一人が叫ぶが、今は捨て置くしか

なかった。構っている余裕が無かったし、何より刺客ではないらしいと判った以上。

(っ! 来た……!)

 防衛の態勢を取って、はたしてすぐに次弾は飛んで来た。速い。咄嗟に風を広げ、カバー

する範囲を大きくしたが、それでも相手の攻撃はこれさえ真正面からぶち抜いて突っ切ろう

とし、ジークフリートと同期する冴島の片腕を激しく引き込む。

 ギリギリの所で、弾はあさっての方向──病院の壁を抉りながら逸れて行った。七波の病

室は直撃こそ免れたが、これでは自分でも防ぎ切れない……。空中で威力を殺された相手の

攻撃、その正体を瞳に移して、冴島は思わず目を丸くする。

 あれは……野球のボール?

「隊長!」

「次が来ます!」

 だがぼんやりとしてはいられない。眼下で叫ぶ部下達の声に、冴島はハッと我に返って身

構えた。またあの弾──いや、球が飛んで来る。尋常ではない威力と速度。間違いなくアウ

ターの仕業だろう。以前のように、射出位置は特定する事が出来るのだろうか?

「ぐうっ……!?」

 加えて今度は、ただの球ではなかったのだ。こちらの間合いに突入する寸前で無数の棘が

生え、攻撃力を底上げしてジークフリートの流動化を突き破ろうとしてくる。更には次弾、

密度を濃くしてこれを受け返した直後、今度は触れた瞬間に爆発する球が飛んで来たのだっ

た。爆風で風の防御網ごと吹き飛ばされそうになる。『隊長ッ!?』隊士らの悲鳴を五感の

端で聞きながら、冴島は奥歯を噛み締めて必死に耐える。


「家の次は病院か……。七海ちゃん、もうマジで逃げ場なんて無くなるんじゃねえか?」

 一方その頃、司令室コンソールから連絡を受けた睦月達は、実質授業を抜け出すように学園を後にし

ていた。皆人は指揮を執る為、最寄りの隠し道から別行動に入った。デュークと同期した、

仁の鉄白馬形態チャリオットモードの背に睦月らは乗り込み、現場である北市民病院へと急行する。

「でしょうね……。その前に、先ずは助け出さないと」

「海沙。敵の位置は分かる? 隊士さん達の話じゃあ、今度も撃ってくる系のアウターみた

いだけど……」

 睦月は既に守護騎士ヴァンガード姿、オルカ・コンシェルの換装。海沙や宙、國子もそれぞれ自身のコ

ンシェルと同期し、病室を狙う敵の射撃ポイントを探っていた。ビブリオの索敵能力をフル

稼働させながらも、海沙の声色は険しい。

「前もそうだったけど、街の中には他にもアウター達の反応がちらほらあるんだよ。今七波

さんを狙ってる奴かどうかは、じっくり観てみないと……。何かしら攻撃とか、能力を使っ

ていれば、その瞬間目立った反応が出ると思うんだけど……」

「じれってねえな。かと言って、片っ端から退治して回る暇はねえし……」

『ならば、目的を細分化する。睦月、天ヶ洲、青野、大江。お前達は攻撃しているアウター

を特定しろ。國子はそっちに遣った人員と、真っ直ぐ病院へ向かえ。冴島隊長達と合流し、

七波一家や院内の人々の避難誘導を。少なくとも標的が移動すれば、それ以上物理的な損害

は出ない筈だ』

『了解!!』

 司令室コンソールに着いたのだろう。すると皆人から、直接通信が入った。

 まるで彼女を囮にするかのような言い草ではあったが……現状それが一番効率的か。同時

に応答して頷き合って、仁のチャリオットデュークは一旦止まってから國子隊を降ろす。念

の為ステルス状態になってビルの合間を跳んで行った彼女らを見送り、睦月達は再び敵の居

所探しに専念する。

 当の現場、飛鳥崎北市民病院の方向から、濃い桃色の煙が漂っているのが見えた。火が出

た訳ではなさそうだ。黒煙ではない。あれは……煙幕か?

「今度の相手は、芸達者らしいな」

「コントロールもね。何処からか知らないけど、あんな病室一つを撃ち抜くなんて普通じゃ

無理だもの」

 皮肉っぽい悪態をつく仁。

 言いつつ、自身が同期するMr.カノンはしっかり狙撃銃を構えている宙。

 病室の位置と、そこから逆算して攻撃可能な射線を探る睦月達。移動距離をなるべく少な

く絞り、扇状にぐるっと旋回。索敵範囲内に、敵は必ずいる筈だと考えて。

「……いた! 南東に七・ニキロ!」

 そうして海沙は、はたして見つけたのだった。ビブリオの感知圏内に、ようやく現在進行

形で攻撃行動を取っている個体を確認する。

「あれ? でも変だよ? 同じような反応が……二つある」

 彼女の戸惑いに、睦月達も『えっ?』と声を重ねていた。その間もチャリオットは示され

た地点へ向かって疾走し──やがて当のアウター達を視界に捉える。

『……!?』

 確かにどちらも、似通ったような姿形を持つアウター達だった。

 おそらくモチーフとしては、野球のユニフォーム。ヘルメットとお揃いの色合いを装った

この二体は、同じくこちらの接近に気が付いたようだ。強いて言うなら片方は右腕がジャッ

キで強化され、もう一方は分厚い棘付きバットのような棍棒を握っている。それぞれの傍ら

に、改造リアナイザを手にした少年達が立っている──十中八九、召喚主だろう。

「? 何だ、あいつら……?」

「まさか……守護騎士ヴァンガードか!? でも、ネットで見たのとは随分色合いが違う気がするが……」

 マイペースな線目の少年と、彼より体格は劣るが気の強そうな少年だった。二人は睦月達

の姿をやや遅れて認めると、急いで迎撃態勢に入った。彼らの二体のアウター達も、標的を

一旦こちらに向け直して、投球・打球のフォームを取り始める。

「上の三人?」

「いや、先ずはデカブツだ。ぶつかって来るまでに叩き落す!」

 するとどうだろう。この二組は、ピッチャーとバッターよろしく一方が投げた豪速球を、

もう一方が流すように棍棒を振り抜いたのだ。球の威力を最大限に活かした一発。やり取り

通り、睦月達を乗せるチャリオットデュークの正面へと飛んでゆく。

「やる気か。上等……!」

「今度はミサイルじゃなくて、野球かあ」

『撃ち落としますよ、マスター!』

「ああ!」

 パンドラに促されるがままに、腰のEXリアナイザを銃撃モードに変える睦月。

 真っ直ぐに飛んで来る相手の球を、そのまま相殺してやろうと狙ったが──。

「……ッ!?」

「何ぃ!?」

 直前で“曲がった”のだ。明らかに不自然な形で、大きく半円を描くように迂回して。

 睦月の銃撃は、はたしてあらぬ所へと着弾していった。少年達と、彼らを抱えた二体のア

ウターも、これを見届けた次の瞬間にはビルの屋上から跳び、それぞれの立ち位置を変え始

める。チャリオット自身も横っ腹に直撃を食らい、大きく体勢を崩した。背中に乗っていた

睦月達も、その揺れに激しく翻弄される。

「な、何あれ……?」

『きゅ、急にぐわ~んって……』

「大江君! 大丈夫!?」

「お、俺は平気です。デカブツになってる分、耐久力は……」

 でも──。何とか体勢を立て直し、ビルの一つに四肢を着けるチャリオットこと仁。実際

ダメージ自体は横っ腹が焦げる程度だったが、相手の球速と変幻自在さは侮れないレベルだ

と思い知った。身構える間にも、彼らは次の一発を放ってくる。

 まさにトリッキー。抜群のコンビネーションから撃ち出される白球は、戦い慣れていた筈

の睦月らを予想外に苦しめた。

 捉えたと思ったら二段階式に加速し、寸前で棘が生えて一層の凶器になる。或いはかわし

たと思った直後に逆回転ユーターンし、背後からの攻撃。球自体が爆発を起こして破裂し、睦月達を吹

き飛ばしたりもした。

「ぜえ……ぜえ……」

「も、もう! 何なのよ!?」

「むー君、私達は大丈夫だから、召喚主達を! このままじゃあ、むー君が……!」

 仁も完全に守勢に回り、海沙と宙──ビブリオとカノンに攻撃が当たらないよう逃げ回る

ので精一杯だった。それは睦月も同様で、反撃するよりもつい、二人にダメージが行かない

よう庇うばかりであった。

「……大丈、夫。これで少なくとも、七波さんは狙われない……」

 目的こそ違うが、最初からオルカ・コンシェルの換装にしておいて正解だった。その所為

で攻防力が物足りなくなってはいるものの、もしこの感知特化の状態でなければ既にやられ

ていただろう。対する少年達の方も、存外に粘る睦月らを見て、警戒の度合いを一層濃くし

ている。

『……厄介な相手だな。二人で一組か。様々な変化球を織り交ぜた、遠から中距離攻撃型』

『はい。でもこの前、チェイスほど射程は長くないみたいです。パワーでゴリ押すというよ

りは、技巧型の個体達でしょうね』

 通信の向こうで、皆人がじっと口元に手を当てて呟いていた。司令室コンソール内では既に職員達が、

このコンビのアウター達を解析し、攻略の糸口を探そうとしている。

「ふん。当然だ。伊達に“四番”を張ってはいなかったからな」

 そして我が事のように、線目の少年を一瞥して不敵に笑う、気の強そうな少年。

 尤もそんな相方の自慢げに、当の本人は変わらずのマイペースだった。自身のアウターと

共に、じっと棘付き棍棒バットを、睦月達の背後向こう側へ──いわゆるホームラン宣言のポーズ

で以って掲げている。

(くそっ! 一体、どっちを叩けばいい……??)

 睦月は正直、焦っていた。増援が来るにしても、それまで持ち堪えられるかどうか。何に

せよ片方を潰さないことには、防戦一方でキリが無い。皆を守れない。

(なら……打者側バッターを!)

 だがはたして、その前のめりが結果彼を苦しめる事となった。皆人の指示を待つ前に、睦

月は見当をつけて飛び出す。相手の攻撃、肝心の飛距離や弾道を作っているのは棍棒持ちの

方だ。そちらを叩けば、奴らの能力は大部分が潰せる……。

『ふえっ?』

「む、むー君?」「睦月!?」

「大江君! 二人をお願い!」

「えっ? お、おい! 佐原!」

『待て、睦月! 早まるな!』

 仲間達を後方に置いたまま、一人地面を蹴って飛び上がった守護騎士ヴァンガード姿の睦月。狙うはバ

ッター型、ないし線目の少年。仁や海沙、宙がその突然の行動に対応が遅れる。司令室コンソールの皆

人達も慌てていた。

「──そりゃあ、お前……。悪手だろうよ」

『!?』

 しかしもう一方の側、ピッチャー型と気の強そうな少年は、この次の一手をすぐに理解し

ていたのだった。跳び上がった睦月を見上げている線目の少年と棍棒持ちのアウター。その

相棒の正面、彼を挟み撃ちにするような位置取りで、自身らは大きく背後に回って次弾を投

げる体勢に入ったのだった。

 秀紀ぃ! 叫びながら、彼のアウターがジャッキで強化された右腕から白球を射出する。

この線目の少年も、同時我に返って自身のアウターに棍棒を構えさせ、さながら強打者よろ

しく睦月の脇をすり抜けて来たこれを撃ち返す。

 タイミングはバッチリ。そして何より──放たれた球は、衝撃によって幾つにも分身する

形態を採っていた。睦月やパンドラ、現場と司令室コンソールの仲間達が驚愕する。こと空中にいた睦

月は、これを咄嗟にはかわせない。

「ガッ──?!」

 近距離で撃ち出された散弾の攻撃を、次々ともろに受けて。

 守護騎士むつきは上下左右を、激しく反転させながら弾け飛ぶ。

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