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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-45.Revenger/地獄塚四番地
344/526

45-(3) 捜査チーム

「ンな訳あるかーッ!!」

 同じく市内某所。仮の拠点としているとあるビルの一室で、彼はカッと声を荒立てた。拳

を叩き付けたデスク越し、正面に立つ部下数人が一瞬身を強張らせる。

「し、しかし……」

「シカシも案山子もない! お前ら、一体何の為に俺達が派遣されたと思ってる!?」

 男の名は筑紫久彌。三巨頭の一人にして、現公安内務大臣・梅津の部下である。先の騒動

にて事実上自浄能力を失った飛鳥崎当局に代わり、政府から派遣された捜査チームの指揮官

を務めていた。

 尤も、彼らチームがこの街に滞在しているという事自体、今は公にされていない。あくま

でも内々に、中央署を巡る一連の事件──越境種アウターこと電脳生命体達を根っこから摘発し、一

日でも早く飛鳥崎全域の秩序を回復させる事が目的だ。

 ……にも拘らず、先日非公式ながらH&D社への立ち入り捜査を敢行した所、それらしい

証拠は“何も出なかった”というのだ。そんな筈はない。中央署の一件、その後集めた様々

な情報からしても、あの先端企業が何かしら噛んでいるのは間違いないのだ。

「そ、それは、勿論……」

「怪物達を生み出す苗床が、あの会社の製品だから、ですよね?」

「ああ、そうだ。俺はあまりその辺には明るくないが……。リアナイザ、だったか」

 H&D社。

 米国に本拠地を置く、世界に名だたるIT大手の一つであり、秘密主義の社風を持つ企業

としても有名だ。“旧時代”から“新時代”へ。弱肉強食・群雄割拠な歴史の変わり目に急

成長を果たした企業の一つとして、安易に自社の技術を開帳することは、自殺行為に等しか

ったのかもしれないが。

 越境種アウターこと電脳生命体達を生み出しているのは、違法改造が施された専用の装置・リアナ

イザだ。そしてH&D社は、その大元を製造・販売している。肝心の犯人が外部の人間だと

しても、組織として何も把握していないとは考え難い。先ずもって怪しまれるべきであるこ

とぐらいは解っている筈だ。

 なのに……部下達は何一つ見つけられなかったという。流石にこれは想定外だった。

 筑紫は渋面を浮かべる。実に拙い。母国との外交案件になりかねないとの声を、折角梅津

さんや政府上層部が押し切ってくれたというのに、これでは面目が立たない。

 証拠を隠されたのか? 予めこちらの動きが読まれていた?

 しかし何も成果を挙げられなければ、当局を通り越して、こちらの信用にも関わる。

「……諦めるな。もう一度調べ直せ。そもそも連中が迎えに出て来たというのも妙だし、何

も行儀よく正面から掛かることはないんだ。他にも……やりようはある」

『はっ!』

『直ちに!』

 そうして一しきり込み上げた激情を呑み込み、筑紫は改めて部下達に再捜査を命じた。こ

のスーツ姿の強面達は、弾かれたように敬礼し、次々と部屋を後にしてゆく。

「……。ふう」

 それにしても、不可解な案件の塊だ。自身のデスク椅子に深く座り直しながら、筑紫はぼ

んやりと一人混乱する頭の中を捌き始めた。短く刈り上げたこめかみを、ひじ掛けに乗せた

片手でポリポリと掻く。

 大体もってデータの化け物というだけで眉唾物だったのだが、中央署の一件やら長井さん

の会見で、自分も正式にその存在を認めざるを得なくなった。

 確かにあんな“本来いない”筈の化け物達に対抗するには、同様にこれまで無かった力を

持つ協力者が要る。その意味では、例の有志連合とやらを是が非でも引き入れたい所ではあ

るのだが……彼らは一体何処の誰なのか?

 そもそも、政府がそこまで「事実」として公言し、共闘まで呼び掛けた──入れ込むのは

何故なのだろう? 怪しさというよりは、純粋に知りたいとする興味がある。

 人伝ではあるが、大元の話の出所は梅津さんだという。だがあの人は、三巨頭の中で唯一

今も現役を貫いている豪傑──生ける伝説だ。誰彼なしに進言が聞き入れられるとは到底思

えない。今回のように、通常ならば荒唐無稽な内容である分、尚更だ。となると、情報自体

の出元は限られている筈。

 自分と同じ、梅津派の誰かか? 或いは三巨頭の、残り二人か?

 竹市総理は……流石にトップ過ぎる。役職的に、梅津さんを経由する必然性もない。

 となると、残るは後一人。“鬼”の小松──。

「失礼します!」

 ちょうどそんな時だった。部屋をノックして、部下の一人が筑紫の下を訊ねて来た。半ば

無理矢理思索は中断され、彼は向き直ってこの報告を受けることにする。

「報告しまス。例の、違法改造の流通ルートに関してですガ──」

 但し、放たれたこの部下の言葉が、若干たどたどしかった事に、この時筑紫は注意が回っ

ておらず……。

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