45-(3) 捜査チーム
「ンな訳あるかーッ!!」
同じく市内某所。仮の拠点としているとあるビルの一室で、彼はカッと声を荒立てた。拳
を叩き付けたデスク越し、正面に立つ部下数人が一瞬身を強張らせる。
「し、しかし……」
「シカシも案山子もない! お前ら、一体何の為に俺達が派遣されたと思ってる!?」
男の名は筑紫久彌。三巨頭の一人にして、現公安内務大臣・梅津の部下である。先の騒動
にて事実上自浄能力を失った飛鳥崎当局に代わり、政府から派遣された捜査チームの指揮官
を務めていた。
尤も、彼らチームがこの街に滞在しているという事自体、今は公にされていない。あくま
でも内々に、中央署を巡る一連の事件──越境種こと電脳生命体達を根っこから摘発し、一
日でも早く飛鳥崎全域の秩序を回復させる事が目的だ。
……にも拘らず、先日非公式ながらH&D社への立ち入り捜査を敢行した所、それらしい
証拠は“何も出なかった”というのだ。そんな筈はない。中央署の一件、その後集めた様々
な情報からしても、あの先端企業が何かしら噛んでいるのは間違いないのだ。
「そ、それは、勿論……」
「怪物達を生み出す苗床が、あの会社の製品だから、ですよね?」
「ああ、そうだ。俺はあまりその辺には明るくないが……。リアナイザ、だったか」
H&D社。
米国に本拠地を置く、世界に名だたるIT大手の一つであり、秘密主義の社風を持つ企業
としても有名だ。“旧時代”から“新時代”へ。弱肉強食・群雄割拠な歴史の変わり目に急
成長を果たした企業の一つとして、安易に自社の技術を開帳することは、自殺行為に等しか
ったのかもしれないが。
越境種こと電脳生命体達を生み出しているのは、違法改造が施された専用の装置・リアナ
イザだ。そしてH&D社は、その大元を製造・販売している。肝心の犯人が外部の人間だと
しても、組織として何も把握していないとは考え難い。先ずもって怪しまれるべきであるこ
とぐらいは解っている筈だ。
なのに……部下達は何一つ見つけられなかったという。流石にこれは想定外だった。
筑紫は渋面を浮かべる。実に拙い。母国との外交案件になりかねないとの声を、折角梅津
さんや政府上層部が押し切ってくれたというのに、これでは面目が立たない。
証拠を隠されたのか? 予めこちらの動きが読まれていた?
しかし何も成果を挙げられなければ、当局を通り越して、こちらの信用にも関わる。
「……諦めるな。もう一度調べ直せ。そもそも連中が迎えに出て来たというのも妙だし、何
も行儀よく正面から掛かることはないんだ。他にも……やりようはある」
『はっ!』
『直ちに!』
そうして一しきり込み上げた激情を呑み込み、筑紫は改めて部下達に再捜査を命じた。こ
のスーツ姿の強面達は、弾かれたように敬礼し、次々と部屋を後にしてゆく。
「……。ふう」
それにしても、不可解な案件の塊だ。自身のデスク椅子に深く座り直しながら、筑紫はぼ
んやりと一人混乱する頭の中を捌き始めた。短く刈り上げたこめかみを、ひじ掛けに乗せた
片手でポリポリと掻く。
大体もってデータの化け物というだけで眉唾物だったのだが、中央署の一件やら長井さん
の会見で、自分も正式にその存在を認めざるを得なくなった。
確かにあんな“本来いない”筈の化け物達に対抗するには、同様にこれまで無かった力を
持つ協力者が要る。その意味では、例の有志連合とやらを是が非でも引き入れたい所ではあ
るのだが……彼らは一体何処の誰なのか?
そもそも、政府がそこまで「事実」として公言し、共闘まで呼び掛けた──入れ込むのは
何故なのだろう? 怪しさというよりは、純粋に知りたいとする興味がある。
人伝ではあるが、大元の話の出所は梅津さんだという。だがあの人は、三巨頭の中で唯一
今も現役を貫いている豪傑──生ける伝説だ。誰彼なしに進言が聞き入れられるとは到底思
えない。今回のように、通常ならば荒唐無稽な内容である分、尚更だ。となると、情報自体
の出元は限られている筈。
自分と同じ、梅津派の誰かか? 或いは三巨頭の、残り二人か?
竹市総理は……流石にトップ過ぎる。役職的に、梅津さんを経由する必然性もない。
となると、残るは後一人。“鬼”の小松──。
「失礼します!」
ちょうどそんな時だった。部屋をノックして、部下の一人が筑紫の下を訊ねて来た。半ば
無理矢理思索は中断され、彼は向き直ってこの報告を受けることにする。
「報告しまス。例の、違法改造の流通ルートに関してですガ──」
但し、放たれたこの部下の言葉が、若干たどたどしかった事に、この時筑紫は注意が回っ
ておらず……。




