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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-45.Revenger/地獄塚四番地
343/526

45-(2) 七波家の窮地

 時を前後して、飛鳥崎北市民病院。

 睦月達にそう噂されていたのと同じ日、七波は上階の一角にある病室を訪れていた。白く

不気味なほど小綺麗に整えられた、カーテン囲い付きのベッドに縋り、母・沙也香と気まず

い沈黙の中を過ごす。……襲撃された際のショックからか、彼女は酷く憔悴した眼のまま、

じっと仰向けになって天井を見つめている。

「……」

 加えて室内にはもう一人、やや線の細いスーツ姿の男性が立っていた。妻子を襲った事件

の報を聞き、出先から飛んで来た父・誠明まさあきだ。

 黒フレームの眼鏡を、軽く指先で持ち上げ直し、彼は暫くの間たっぷりと言葉を失ったよ

うに立ち尽くしていた。自宅が例の電脳生命体とやらに襲われたという話もそうだが、娘が

追い詰められた末のように打ち明けたその経緯が、にわかには信じられないような内容だっ

たからである。

 中央署の一件で、何故かネット上に広まった娘の肉声。

 そもそも玄武台高校ブダイの事件を証言した告発者というのは、他でもないこの子だったのだ。

そしてその勇気が、意を決して伝えたその情報が故に、由良刑事は命を奪われたのだと。あ

の事件も先の騒動も、全て件の化け物達が裏で手を引いていたから。その事実が明るみにな

ってしまったことで、娘も同じく命を狙われるようになってしまったのだと。

「……とんでもない事を、してくれたな」

 しかし彼の態度は、寧ろ必死に彼女の“父親”たらんとするものだった。自責と後悔の念

に苛まれているであろうことは容易に想像できるこの娘に、彼はそっと近寄って同じく屈む

と、静かに抱き締めてやった。身体の震えが伝わる。喉の奥につっかえている泣き声がやけ

に耳に届いた。……辛かったな。掛けるべき言葉が上手く形にならず、だけども何とか示し

てやらなければという意識だけが、彼を衝き動かしていた。

「どうして、すぐに相談してくれなかったんだ」

「……そうよ。どうしてこんなこと、私達にも黙って……」

 だが夫と妻との間で、この時根本的な違いが浮き彫りとなった。今更たらればを問うても

詮無いとは解っていても、誠明は口にせずにはいられなかったのだ。一人で背負わず、もっ

と早くに話してくれていれば、様々な結末は変わったかもしれないと思って。

 なのに、一方の沙也香はと言えば、そんな夫の言葉を切欠にはたと“スイッチ”が入って

しまったらしい。こちらをギロリと睨んで、まさに問い詰めるが如く語気を荒げ始める。

「あんたのせいよ! あんたのせいよ! そんな面倒に首を突っ込むから、私は……!!」

「おい、止めないか! 由香だってずっと苦しんできたんだぞ!? それが親の掛ける言葉

か!? 俺だって、政府が会見を開くまでは信じられなかった……!」

 必死に娘を庇おうとする父親と、途端にヒステリックに娘を責め立てる母親。

 おそらくは自らが怪我──実害という名のとばっちりを受けたことで、義務云々以前に感

情の堤防が決壊してしまったのだろう。二人は当の七波をそっちのけで、激しい口論を繰り

広げ始めていた。

「あなたはあの日も仕事で家を空けていたから……! あなたも自分がこんな目に遭えば、

嫌でも分かる筈よッ!」

「家も滅茶苦茶だし、きっとご近所でも騒ぎになってるし……。これから一体、どうやって

暮らしていけばいいのよッ!?」

「だからっ! そんな言い方ないだろう!? もしかしたらこの子だって、もっと以前に死

んでいたかもしれないんだぞ!?」

「……」

 いや、口論と呼ぶには些か醜さが過ぎるか。

 誠明は何とか感情的になった妻を落ち着かせようとしていたが、自身も含めて大きくなる

声色と言葉を抑え切れない。相手が自己中心的に喚こうとすればするほど、却って自分だけ

はこの子の味方に……と意固地になっていたのかもしれない。

 もっと以前に。つまりは筧と由良のことだろう。事実あの二人が、文字通りその身命を賭

して匿ってくれていなければ、自分は“蝕卓ファミリー”によって消されていた筈だ。なまじ父の言わ

んとすることが分かってしまい、それ故に失った筧達との記憶を思い出してしまうからこそ、

七波はぎゅっと強く唇を結んでいた。耐えて耐えて、涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。

 ──確かに、ご近所さんも気が気ではないのだろうが……。

 ──君の言葉は、刑事さん達への侮辱だぞ? それと、守護騎士ヴァンガードも。

 実在していたのは驚きだったが。それでも尚、誠明は説得し続けている。

 気付けばどうやら、彼は妻のヒステリーに真正面から立ち向かうよりも、自身も内心同意

する部分では譲歩することにしたらしい。埒が明かないと、叱るより宥めようと舵を切った

ようだ。

 ただ……当の七波にとっては些末な事だった。目の前で二人が、自分の所為で今まで見た

事もないほどに喧嘩をしている。それだけで酷く苦しかった。自責の念がどんどん重く大き

く膨れ上がってゆくようで、悔やんでも悔やんでも足りなかった。……いっそ、このまま消

えてしまいたかった。


『悪意に屈してはいけません。それこそ、奴らの思う壺ではありませんか?』

『だって貴女は、正しいことをしたのだから』


 陰山さん。貴女はあの時、言ってくれたけど……。

 でも、自分が貫く「正しさ」を呑み込むほどの「悪意」が在って、何よりその「正しさ」

の所為で周りに迷惑が掛かるというのなら、私は……。

(ああ……あああああッ!!)

 再び激しく、頭を抱え出した七波の胸中。

 後悔は容易に彼女を押し潰し、また一つ重りをその回答こたえの中に落とし込む。

『──』

 加えて彼女と両親、一家の精神が窮まるその最中でさえ。

 カツンと靴音を鳴らして、病院前へと、新たな二つの影が姿を現す。

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