45-(0) 毒食らわば
憎しみは何も生まないとは云うが、人は自尊心を痛めつけられたり実害を被ったり、何よ
り大切なものを失った時、容易に絶望からそちらへと流れ得る。
そもそも溝に顔を押し付けられ、起き上がることすらしない人生など、はたして生きてい
ると言えるのだろうか?
(畜生……ッ!!)
即ち、事件は終わってなどいなかったのだ。表面上、中央署を巡る一連の騒動は沈静化に
向かっていたものの、こと玄武台関係者は密かに憎悪を再燃させていた。めいめいが街の中
に潜んでいたのである。
(あいつが……。あいつが、ゲロっちまえさえしなければ……!!)
事の始まり、瀬古兄弟が絡む内情を告発した“裏切り者”の名は、七波由香。野球部の元
マネージャー見習いだ。
確かに彼女は、結果的に中央署解放の立役者となったが、彼らにとっては敵視の対象でし
かなかった。加えて守護騎士の実在──巷がいわゆる正義の味方と賞賛する向きに包まれて
も、彼らにとっては事を大きくした“疫病神”に過ぎない。
(……いや。どのみち瀬古勇の暴走は、止まらなかったのか?)
或いは一周回って、はたと冷静に考える。
尤もそれは、同じく結果論だ。当時から季節が移ったことで、ようやく過去の惨状を振り
返られるようになったというだけである。事実彼らの意識の内の占めるのは、尚も罪悪感で
はなく、各々の悔しさや保身──巻き戻る気配のない事態への苛立ちだった。
故に水面下では七海や勇、こと“抵抗する相手”ではない彼女へと、その鬱憤は捌け口を
求め続けていた。
「引き金をひけ。そうすれば、お前の願いは叶う」
そしてそんな彼らに目を付け、接近する影があった。他でもない“蝕卓”である。人間態
のプライド、グリードとグラトニー、或いはスロースがそれぞれ改造リアナイザを投げ渡し、
街の片隅に潜んでいた彼らへと魔手を伸ばす。
『──』
行き交う人並みや物陰の奥。
ただ当の彼らも、この出会いに欲望よりも困惑する向きの方が多かった。年頃の少年達や
学生と思しき少し年上の少女。唖然と、戸惑うように見上げた表情が、全く違った場所にて
重なる。
改造リアナイザ。
それは先の中央署の一件以来、アウターこと電脳生命体に繋がる代物として、知る人ぞ知
る禁制の品となっていた。「でも……」仮に望みが叶うとしても、そのような危険物に手を
出して良いものなのだろうか?
「……何を迷う事がある?」
しかし対するプライド──白鳥は、淡々と彼らを見下ろしたまま言う。静かに眉間に皺を
寄せてから促す。
「力が欲しいんじゃないのか? 今を変えたいんだろう?」
所変わって同じく、グリード及びグラトニーが言う。尻込みする目の前の関係者に、その
欲望を焚き付けんとするかのように。
「何? 今更“善人面”しようっていうの?」
とりわけスロースは、そのゴスロリ服姿の少女という見た目からは想像出来ないほど、面
と向かって冷たい眼差しと毒を向けていた。そもそも苛めの末、瀬古優を死なせた“前科”
があるではないかと、暗に詰って刺激しようとしている。
「……手間を掛けさせるな。早く握れ」
だが元より、プライド達はそんな彼らの心情を一々汲んでやる心算などなかった。必要な
どなかった。無駄な面倒が増えるだけだ。
プライドはそう、迷うままの彼らを転げ堕とすように、改造リアナイザを半ば無理矢理押
し付けて──。




