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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-44.Gossip/悪意に差す灯を
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44-(7) ネクスト・ヘル

「召喚主の身元が判明した。片桐岳人。玄武台高校の三年──元野球部の生き残りだ」

 チェイス・アウターを破ってから、数日も経たぬ内に。

 流石と言うべきか、皆人以下司令室コンソールの仕事は早く、集められた睦月達にそう事の詳細が伝

えられる運びとなった。

 戦いの最中、本人も吐露していた所だが、やはり動機は復讐──自分達の苛め、優の死を

告発リークした七波に恨みがあったらしい。現在その身柄は当局に引き渡され、警察病院の一角で

眠っている。目覚めて回復し次第、取り調べが行われるそうだ。

 正直不安材料が無い訳ではなかったが、中央署の一件以降、電脳生命体ことアウターの存

在は世間も知る所となっている。以前のように、事件自体を内々に揉み消されるようなこと

はないだろう。良くも悪くも、世間の彼らへの眼は、ずっと厳しくなっているのだから。

「……復讐、か。玄武台ブダイの事件は、今も終わっちゃいないんだな」

「あの時は私達も、何も知らなかったとはいえね……」

「うん。でも今は──私達も関係者だよ。今度こそ、嫌な連鎖を断ち切らなくちゃ」

「ええ……。そうッスね、海沙さん」

「流石は海沙さん! それでこそ俺達の天使だ!」

「言うは易しとも云うがな。少なくとも今回の一件で、事件が“終わる”とは思えん」

「? どういう事だよ?」

「まさか……。他にも刺客が居るって言うのかよ!?」

 ざっと例の召喚主・片桐の近況を聞いた面々は、続く皆人の難しいままの表情かおと発言に眉

根を寄せていた。「それもあるが……」この司令官にして親友は、それとなく皆の様子を見

渡しながら続けようとする。睦月も、そんな仲間達の中でじっと押し黙ったまま動かなかった。

「問題は片桐の“復讐”が、単に個人的な犯行だったのか? という点だ。少なくともアウ

ター、改造リアナイザに手を出している時点で、“蝕卓ファミリー”の差し金ではあるのだろうが……。

ただ単純に、その復讐心を利用されただけとは、俺にはどうも思えない」

『……??』

「えっと。単発の刺客って訳じゃなく、他にも意味を持たせてるってこと?」

「おそらくはな。片桐とチェイスの攻撃行動を大事おおごとにして、俺達対策チームへの市民感情を

悪化させようとしている可能性がある。大多数の“他人”にとっては、実害の有無こそが、

何より態度の硬軟を分ける要因だからな。事実ネット上にも、それらしい悪評が頻繁に書き

込まれるようになっている。何らかの工作が含まれていてもおかしくはない」

『……』

 論理的思考というよりは、付き合いの長さからくる経験で問い返す。

 睦月からの質問に、皆人は概ねイエスとの回答だった。表情は相変わらず努めて神妙に、

尚且つタイミングを逃さず、今頭の中にある可能性をなるべく仲間達に伝える。睦月やパン

ドラは勿論、海沙や宙、仁や旧電脳研出身の隊士なかま達も、一様に渋面を浮かべた。今に始まっ

た事ではないとはいえ、やはり“蝕卓やつら”のやり口はえげつない。

「そりゃああのまま、大人しく引き下がるとは思ってなかったけど……」

「いよいよ、反撃開始って訳だな」

「ネットの工作云々は大丈夫なのか? 場合によっちゃあ、俺達の正体自体バレかねないん

だろう?」

「ああ。そこも含めても、奴らは報復手段にするだろう。こちらも一応人員を割いて、火消

しを行っている最中ではあるんだがな……」

 少なくとも、皆の警戒心を再び奮起させるには充分な効果があったようだ。悔しそうに爪

を噛む宙の発言を皮切りに、面々が改めて今後の対応について擦り合わせを行っている。

「──」

 しかし一方で睦月は、この時内心別のことを考えていた。例の“違和感”である。

 最初七波を狙って、自分達のクラス教室に突っ込んできたミサイル達──チェイスが放っ

た、自動追尾の分身達。

 だが……睦月が当初感じた視線・気配は、教室の廊下側だった。

 なのに、実際にミサイル達が飛んで来た方向は……教室の窓側。

 故に、あれからずっと気になっていた。あの時の違和感をずっと強く抱いたまま、今日の

今日まで来てしまった。

 もし皆人の説を取り入れるならば、チェイス以外にもあの時、教室の自分達に狙いを定め

ていた者がいたことになる。

 言葉の通り、チェイスとは別のアウター? ならば何故、彼らは同時に攻撃して来なかっ

たのだろう? そこまで連携してはいなかったのか? 互いを認識してはいなかったのか?

今回の一件を踏まえれば、少なくとも別個体ではあるのだろう。

 そもそも。その第三者は“敵”なのだろうか……?

「──う、あ……。あああああああッ!!」

 いや、今は未だ、そんな不確定な思考に時間を割いている場合じゃない。

 そうして不意に足元から絞り出されるような、這い出て来るかのような嘆きの声に、睦月

達対策チームの面々はじっと密かな眼差しを投げる。

 七波だった。幸い、事件後大きな外傷もなく、國子隊によって即此処まで保護されて来た

のだが……こと今回の真相を知って激しいショックを受けてしまったらしい。皆の輪から数

歩外れて背を向け、頭を抱えて蹲っている。震えるように繰り返し繰り返し、泣いている。

『……』

 睦月や皆人以下仲間達は、皆誰からともなく居た堪れないといった様子で、そっと視線を

逸らすしかなかった。先ほどからショックで震えているさまは時折見遣っていたが、さりと

て安易な慰みで元通りになるほど、事が単純ではないことぐらいは場の誰もが知っている。

「感傷に浸っている暇はないぞ。おそらくこれからは──もっと地獄になる」

 眼差しは彼女を見下ろしてはいても、その実向けられた言葉は、仲間達の方で。

 あーでもない、こーでもない。司令室コンソールに集まった睦月達や自らに言い聞かせるように、皆

人は言った。睦月らもめいめいに、じっとこの最大の“被害者”の嘆きっぷりを見つめ……

クシャッと心が握り潰されるような感覚を覚える。


 彼女の苦悩と、蝕卓てきの卑劣なやり口と。

 かくして静かな義憤いかりを、一様に湛えながら。

                                  -Episode END-

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