5-(3) 目撃証言(前編)
彼らから聞いた飛鳥崎北市民病院は、商業施設が集中する西区との境付近にあった。
改めて彼らに礼を言い、単身この病院へと足を運ぶ睦月。
念の為デバイスにメモした病室番号とその被害者の名前を何度か確認しながら、睦月は院
内の案内板、エレベーターを経由していよいよ目的の病室へと辿り着く。
「開いてるぜ」
「……失礼します。林さんで、間違いありませんよね?」
個室なその中には、左肩をぐるりと包帯で巻いた半裸の青年がベッドに座っていた。
控え目にノックをしておずおずと顔を出す。当然ながら彼──林はぱちくりと目を瞬いて
怪訝な視線を遣ってくる。
「ああ、俺だが……。誰だお前?」
「あ、えっと。初めまして。僕は佐原といいます。岩田さん達から聞いて、林さんに昨夜の
爆破事件について詳しいお話を伺いたくて来ました」
「おお、お前がそうか。連絡なら受けてる。まぁこっち来いよ」
「はい。……失礼します」
ぺこりと頭を下げ、睦月は後ろ手に扉を閉めながら林の傍に歩いていった。
落ちてきた瓦礫で怪我をしたと聞いたのでどんな重症かと思っていたが、どうやら想像し
ていたよりはずっと元気そうである。
「しかしダチの為に、ねえ。確かに千家谷は学園の連中がよく来たり出たりする所だけど、
俺達素人が首突っ込んでいいような話じゃねぇと思うぞ? 痴漢や万引きをとっ捕まえるの
とは訳が違うんだしよ」
まぁ、俺もあんま他人の事は言えねぇんだけど……。
事件の直後、悠長にデバイスで撮影していたことを言っているのだろう。林は年上っぽく
苦言を呈しながらもそう一方で自嘲にも似た苦笑いを零していた。
「……」
睦月は黙っている。分かっている、そんな事は。
だけどもじっとしてはいられなかった。
次に犯人が何処を狙うかは分からないのだ。アウターかもしれないのだ。昨夜のように奴
が学園に関連する場所を狙っているのなら、次に海沙や宙、皆人達が巻き込まれないという
保証は無い。
「……まぁいいや。あいつらには任せとけって返信しちまったしな。俺なんかで良ければ話
してやるよ」
だが唇を結んで立つ睦月に根負けした部分もあったのだろう。林はぽりぽりと頬を掻きな
がら、やがてぽつぽつと話し始めた。
「大体の事は岩田達から聞いてるんだよな? 時間とか、その辺りは」
「はい。十時くらい、でしたっけ」
「ああ。多分そのぐらいだったと思う。昨夜は俺達、サイヨービルの前でTAしてたんだ。
あの辺は回線が濃くってやり易いからさ。そうしてる最中だよ。何となく上を見たら、何か
塊みたいなものが降って来てるのが見えたんだ」
「……塊?」
「ああ、塊だ。何せ夜だからはっきりとは見えなかったんだけど、ゴツゴツしたようなのが
何個も降って来てるのが見えたんだ。爆発が起きたのは、そのすぐ後だよ」
そう最初こそ親切に教えてくれていた彼だったが、流石に昨日の今日だからか、いざ実際
に証言していくにつれその表情は険しさを増しているように見える。
ピシリ……。睦月は内心、後ろめたさ──自分の身勝手さが酷く醜く感じられた。
考えてみれば当然の反応じゃないか。幸い大事には至らなかったとはいえ、心の方が何と
もない訳などないのだから。
「……? ちょっと待ってください。爆発って、ビルの中からじゃないんですか? その話
だとまるで、外から爆弾でもぶつけられたみたいな……」
「ああ。それは俺も妙だなーとは思ってるんだよ。そりゃあ実際何で爆発したのかは分かん
ねぇけど、テロリストって大体建物の中に仕掛けておいて爆発させるとか、自分に巻いて特
攻するとか、そういう感じじゃん?」
「ええ」
「でもあん時の記憶が正しけりゃ、あの爆発はそんな感じじゃなかったと思うんだよなあ。
タイミングからしてもあの塊みたいなのが爆弾か何かで、外から誰かがぶん投げたって考え
る方が辻褄が合うし……」
「……」
そこまで半ば呟くにして言うと、林は眉根を顰めて目を瞑り、うーんと顎を擦りながら唸
っていた。睦月も言葉少なげに押し黙り、只々じっと彼がくれたこの情報から、改めて事件
の状況について整理してみようとする。
(爆弾を仕掛けるんじゃなくて、投げた? そんな狙いが不確実なやり方、本当に選ぶんだ
ろうか? 何が目的なんだろう? 単に侵入する手間を省いた? 確かに無差別に人を襲う
って意味じゃあ同じではあるけど……)
だが次の瞬間、ブレイクスルーの一言は発せられたのである。
そういえば……。ふいっと林が思い出したようにまた口を開いた。再び視線を上げてこち
らを見てきた睦月に、彼はぴっと人差し指を立てながら付け加えてくる。
「誰かが、で思い出したんだけど、ちょうどあの時、見たんだよ。向かいの別のビルの屋上
に人が立ってたんだよな」
「!? 本当ですか?」
「ああ、間違いない。夜だからか陰になってはっきりとは見えなかったんだけどさ。多分お
っさんだったと思うぜ? 手にリアナイザをぶら下げたおっさんだった」
リアナイザ……。思わず、しかし何処かで予感していたかのように、睦月はじっと目を見
開いていた。
「……」
まさか。やっぱり。
幸か不幸か行き着いたその証言に、睦月はごくりと唾を飲む。




