44-(6) 追跡のアウター
「邪魔だ」
回避する暇もなく、直後デュークと仁は吹き飛ばされた。ハッと睦月達が我に返った時に
は、既に龍咆騎士姿の勇やミサイル型のアウター達が、穴の空いた壁から家の中へと侵入し
ようとしている。
「しまっ……!」
「どういうこった? あいつも、七波ちゃんを……?」
慌てて睦月や取り残された仁隊の面々、國子達がその後を追う。少なくとも、仁の言いか
けていた推測は間違っていたらしい。今や勇はミサイル達と──わらわらと押し入って行く
ミサイル達に寧ろ割り込みもして、同じく七波母子を狙おうとしている。
壁をぶち抜かれた衝撃で、家具などが巻き沿いを食って破壊された一階部分。
勇は、更に進路の邪魔になるもの撥ね退けつつ、一塊になって怯える二人の前に立った。
無言のまま見下ろしてから、拳鍔形態のリアナイザを大きく振り被る。
「……む?」
『ARMS』
『BIND THE VINE』
だがそれを、睦月がすんでの所で止めたのだった。
背後から放たれた蔓状の拘束縄。ヴァイン・コンシェルの特殊能力である。勇は振り下ろ
そうとした拳を、その右腕ごと絡み取られて引っ張られていた。パワードスーツの下で眉間
に皺を寄せ、このあくまで邪魔をしてくる睦月達を憎々しげに睨む。
「させるもんか!」
「……邪魔を」
『今の内だ! 國子、大江! 二人を! 奴の狙いも彼女だ!』
司令室の皆人が叫ぶ。
どういう訳か、瀬古勇の標的も睦月から彼女に切り替わったらしい。……いや、経緯を詰
めて考えれば至極当然の流れか。これまではタウロスの一件以来、自身を打ち負かした睦月
──守護騎士を目の敵にしていたが、それはひとえに己のプライドが許さなかったからだろ
う。その点で言えば、今の彼は組織に泥を塗った、七波由香と筧兵悟の抹殺を命じられてい
ても何らおかしくはない。
七波さん! 國子及び隊士らが七波とその母親の前に駆けつけ、手を伸ばしていた。驚き
と戸惑いと。それぞれに反応を見せる彼女らを、朧丸や他のコンシェル達はステルスやダズ
ルの能力を発動させながら確保する。
『──ふえっ?』
一見すると、面々の姿が消え失せたように。
國子隊は七波と母親、人員を二手に分け、そのまま急ぎ現場を離脱してゆく。
「逃がすか……!!」
尤も傍目でこれを見ていた勇は、苛立つようにヴァインの拘束縄を引き千切った。思わず
体勢を崩す睦月をそのまま突き飛ばし、逃げようとする國子らを追おうとするが──。
「!?」
「どっ……せいッ!!」
瓦礫の中から半ば奇襲のように現れた、デューク渾身の盾突撃をもろに受け、ぐらり真横
へと吹き飛ばされる。
『そちらに最短ルートの地図を送る。そのままステルス状態を維持して直行してくれ』
一方で國子及び傘下の隊士達は、司令室の皆人達からそう指示と、道順が記された地図デ
ータを送られていた。めいめいの調律リアナイザの画面を確認し、朧丸以下自身のコンシェ
ル達に自らも七波も抱えられたまま、とある場所を目指して疾走する。
「う……ううっ……! どうして……。どうしてこんな事に……」
國子が率いるA班は七波を、もう一方のB班は母親を。二手に分かれた彼女達は現場を離
脱した後、全く別方向へと走り去っていた。朧丸に小脇で抱えられて、七波はえぐえぐっと
悲嘆をぶり返している。
「お母さんを──私達を助けてくれたのはありがとうございます。でも……こんな目に遭う
ばかりだって言うのなら、いっそ殺されてしまっていた方が──」
「いいえ。貴女は死なせません。悪意に屈してはいけません。それこそ、奴らの思う壺では
ありませんか?」
自棄になって、声音が思わず叫びに変わりそうになる。
しかし対する國子はぴしゃりと、さも言わせまいとするばかりに言い切った。自身も朧丸
に抱えられ、反対方向からじっと彼女を見つめて、問い返すようにその最後のワンフレーズ
を付け加える。
「だって貴女は、正しいことをしたのだから。だから貴女は、私達が守ります」
「……。陰山さん……」
そうして彼女達が逃れた先は、とあるだだっ広い河川敷のど真ん中だった。ステルス状態
は維持しつつも、一旦國子や隊士達は七波を下ろして、休憩を取り始める。
「ここまで来れば大丈夫でしょう。瀬古勇も、睦月さん達が足止めしている筈です」
「はい……」
だがそんな時である。ようやく一息つけたと思い込んでいた國子達の下へ、尚もしつこく
迫って来る者らが現れたのである。ミサイル型のアウター達だ。彼らは一見、ステルス能力
で身を隠している彼女らをまさしく空中から捉え、突撃しようとしていたのだった。
「──ふふ、馬鹿め。逃がす訳がなイバァァッ?!」
されどこれも全ては、作戦の内だったのだ。國子達が逃れた河川敷から更に遠く、とある
雑居ビルの屋上からこれを見下ろしていた一組の少年と怪人の下へ、次の瞬間一発の弾丸が
撃ち込まれた。絶対優位を信じて疑わず、更なる追撃を加えようとしていた矢先、この一発
で相棒と自らを吹き飛ばされて盛大に転倒。悶絶する。
「グオ……」
「な、何が起こった……??」
『よし。これで第一段階突破だな』
「ふふーん。任せといてよ。私達コンビに、撃ち抜けない標的はいないんだから」
通信越しでやり取りをしていたのは、皆人と宙、海沙達だった。この少年と同じく宙と海
沙、Mr.カノンとビブリオ・ノーリッジは別のビルの屋上にスタンバイ済みであり、國子
達を狙って攻撃を仕掛ける者──即ちミサイル型の出所とその召喚主を探していたのだ。
「……どうやら、上手くいったようですね」
故に國子と隊士達も、この作戦については予め聞かされていて。
七波を狙って降って来たミサイル達は、朧丸や隊士らのコンシェルが既に倒し終えた後だ
った。個々の戦闘能力はそう高い訳ではない──その点も判っていたからこそ、実行に移せ
た作戦だとも言える。
『確認したいことがある。これから俺の言う通りに動いてみてくれ。上手くいけば、今回の
敵の正体を掴めるかもしれない』
全ては皆人の、ミサイル達“再出現”の報告を受けたことによる閃きであった。
応援として出撃していった睦月を含め、現場に居合わせた國子や仁らも、同じくこの時彼
の思いついた指示を予め受けた上で行動していたのである。
『睦月。本体の居場所が分かった。すぐに向かってくれ』
故に司令室の皆人は、続けて勇を足止めして戦っている睦月にそう指示を飛ばした。手数
の多いペッカー・コンシェルの突剣で、パワーに勝る勇を何とか繋ぎとめようとしていた睦
月が、デュークを操る仁隊の面々と共に一瞬戸惑った様子を見せる。
「えっ? でも……」
『彼女も、母親の方も無事だ。第二段階に移行する』
「……」
数拍耳元に手を当て、何やらぶつぶつと喋っていた睦月。
勇が訝しみ、しかし絶好の隙だと襲い掛かろうとした次の瞬間、彼は言ったのだった。
まるで敢えて口に出して──勇の方にも聞き取れるように。
「分かった。すぐに“七波さんと合流する”」
「──」
するとどうだろう。通信越しに皆人へ応えるや否や、睦月はホーク・コンシェルを纏った
姿のまま、不意に上空へと飛び立って行ったのだ。先ほどのやり取りが漏れ聞こえていたの
も手伝い、勇はすぐさま自身もプテラモジュールを起動して、その後を追い始める。
「……行ったか。よし、じゃあ俺達は一旦ずらかるぞ!」
『応ッ!』
警察の増援が向かっている事を確認して、仁隊の面々は一度ここで現場を離脱した。睦月
と勇の戦いの舞台は遥か上空に移り、仁達も去り際、そのあっという間に小さくなっていっ
た姿を振り仰ぐ。こちらが目指すのは、七波の母を保護したB班だ。
(──あそこだな)
そして睦月は、背後から勇が追って来ているのを確かめつつ、司令室から指示されたポイ
ント付近へと辿り着く。
七波を連れた國子らが、逃れて行った先の河川敷だ。パワードスーツの視界の中に表示さ
れた地図データや、地上で“掃除”の終わった國子らを見下ろしながら、向かうべき先は更
に河川敷を越えた雑居ビル群の一角に在る。
「海沙、宙。見える?」
『うん。こっちからも感知完了』
『いっくよー! 睦月はそのまま真っ直ぐに!』
その直後の事だった。七波の下へと向かうらしい睦月を追っていた勇は、突如自身の機械
翼を撃ち抜かれて大きく体勢を崩した。「何──っ!?」錐揉みになって落ちてゆくその最
中に目を凝らし、勇はようやく理解した。こちらの進行方向とは全く別、後方側面から、例
の幼馴染コンビが長銃の口を向けていたのだった。
「畜……生ォォォォーッ!!」
騙された。自身が狙撃されたということよりも、何より先ず守護騎士らに陥れられたこと
に気付き、そう脱落際に激しく怒号を放ちながら、勇は一人加速度的に地上へと消えてゆく。
「──ひっ!?」
はたして皆人の立てた策は、即席でありながら大いに功を奏して。
ホーク・コンシェルの飛行能力で、このとある雑居ビルの屋上に降り立った睦月は、よう
やく今回の事件の主犯らしき人物を捉えることが出来た。少し年上、私服姿の自分と同年代
らしき少年と、両手両肩がミサイルポッドになっているアウターだ。十中八九、ミサイル型
アウターの出元と、その召喚主だろう。
「やっと、見つけたぞ」
「な、何で……??」
『それはこっちの台詞ですっ! どうして貴方は、そこまで七波さんを執拗に狙ったんです
か!?』
『まあ大方、予想はついてるんだがな』
「攻撃を止めてください。貴方も彼女も、これ以上何も得なんてしませんよ?」
EXリアナイザ内のパンドラと、通信設定をオープンにした皆人からの問いが重なる。そ
んな二人の叱責を間近で聞きながらも、睦月自身はなるべくこのまま戦いを終わらせたいと
思っていたのだが──。
「……理由? 復讐に決まってんだろ。あいつは玄武台の裏切り者だ。あいつが余計な真似
をした所為で、俺達の人生はメチャクチャになったんだろうがよ!!」
おそらく、自棄もあったのだろう。数拍押し黙っていた召喚主の少年は、次の瞬間狂った
ような笑いを浮かべると、そう剥き出しの憎悪をぶちまけた。『……やはりか』皆人が通信
の向こうで呟いている。睦月はギリッと、パワードスーツの下で強く強く唇を結んでいた。
兄の方は弁護できないとしても、瀬古君を死なせておいて、その言い分は……。
「邪魔をするなら、お前らも敵だ! やっちまえ!!」
そして彼は、続いて自身のアウターをけしかけ、正体も目的も知った睦月達を始末しよう
と試みた。両手両肩がミサイルポッドのこの怪人は、重量に任せて腕を振るい、睦月を足元
のコンクリごと粉砕しようとする。
「甘い……よっ! その図体で、間合いを詰められた時点で君の負けだ!」
仕方ないと、自らに言い聞かせながら、睦月は直ちに応戦する。事実砲身状の腕を振るう
この相手に、彼は懐へと潜り込み、小回りを利かせた格闘スタイルに持ち込んだ。既にミサ
イル達との戦いで要領を得ているのと、純粋な経験値の差と。相手が一発を振るうまでにこ
ちらは何発も拳を叩き込み、或いはナックルモードを起動させてのコンボを織り交ぜる。
「グッ、オ……!?」
「こ、こいつ、強い……。おい、何をしてる!? ミサイルだ! もう一発お前の能力をぶ
ち込んでやっつけろ!」
こいつ、まさか……。少年は戦いの間、慌ただしく逃げ回り、それでも尚自身のアウター
に命令して攻撃を打たせようとする。
「グオッ!」
『……無駄だ』
しかしそんな抵抗は──直前皆人が呟いた通り、現実のものとなった。繰り返し打撃を叩
き込まれ、少し距離が空いたのを見計らってアウターがその砲身状の腕から放ったミサイル
は、睦月のすぐ横を通り過ぎて何処かへと飛んで行ってしまったからである。
「え──」
『やはりな。諦めろ。お前はもう、俺達には勝てない』
じりっ。再びこちらを見据えた守護騎士姿の睦月が、近付いて来る。少年は顔を引き攣ら
せ、ミサイルポッドのアウターの背に隠れようとしたが、当の本人も自身の攻撃が当たらな
かったことに動揺しているようだ。通信越しに、淡々と皆人は続ける。
『そいつの能力は、既に把握済みだ。あのミサイル達が七波のみを執拗に狙っていたこと、
ステルス状態で通常感知出来ない筈の國子達に連れられていても、的確にその逃れた場所を
特定していたこと。ミサイル単体はそれほど強くないこと……。つまりミサイル達は、お前
の操るアウターの“本体”ではないということだ』
うっ……!? 少年の顔面が歪む。どうやら図星らしい。睦月も皆人もパンドラも、それ
を視認しながらも追及の手を緩めることはなかった。彼は勿論、当のアウター自身もじりじ
りっと後退を始めている。
『おそらく、その個体本来の能力は、特定のターゲットを自動的に追尾する能力。一度標的
を設定してしまえば、一々視認する必要はないのだろう。この遠距離でステルス状態の國子
達を狙えたのがその証拠だ』
『差し詰め──“追跡”のアウターといった所か。だからこそ、一度確かめておきたかった。
俺の予想が間違っていなければ、ミサイル達の発射位置さえ特定できれば、本体を捕捉す
るのはそう難しいことじゃないからな』
「……」
それ故の、一連の作戦だったのだ。國子隊をわざわざ河川敷──見晴らしの良い場所まで
誘導したのも、宙・海沙の二人に確実に狙撃して貰う為だ。避難の為ではない。
『もう守護騎士には、お前達の攻撃は当たらない。少なくとも虚を突かれた今、標的を切り
替えている暇は無い筈だろう?』
やれ! 通信をクローズに戻し、皆人が叫んだ。一瞬無防備なまま後退りしていたミサイ
ルポッドのアウター、もといチェイス。睦月は同じく気合の雄叫びを放ちながら、再び猛烈
な連打をこの怪人のボディに叩き込むと、ナックルモードの一撃で一旦大きく後ろへ吹き飛
ばした。その隙にEXリアナイザを、頬元に近付けてコール。必殺の態勢を取る。
「チャージ!」
『PUT ON THE HOLDER』
腰のホルダに銃口から差し込み、大量のエネルギーを充填。起き上がりかけたチェイスの
ど真ん中に向かって、先ずは光球から円錐へと拡散する拘束網を放つ。グギギ……ッ!?
元より雑居ビルの屋上という限られた空間では、縦横無尽に逃れることも叶わない。身動き
を封じられたこの元凶たるアウターへ、睦月の渾身の飛び蹴りが炸裂する。
「どっ……せいやーッ!!」
「グゴォッ?!」
打ち込まれた大量のエネルギーが、内側から膨張させるようにして破裂。チェイスの身体
を粉微塵に吹き飛ばした。
「ひっ!?」
そして同時場に爆ぜるその余波で、少年は吹き飛ばされるようにダウンしてゆき、握り締
めていた改造リアナイザも砕かれて──。




