44-(5) 自罰癖(よわさ)
時は、一度少し遡る。
学園でも怪物に襲撃され、皆に迷惑を掛けてしまった……。七波はまたもや自室に閉じ籠
もり、独り強い自責の念の苛まれ続けていた。
(私の所為で……。私の所為で……)
校舎の損壊により、学園は暫く休校にならざるを得なくなった。他人に紛れて、気を紛ら
わすことさえも叶わない。ボロボロと零れる涙は、しかし彼女自身を“偽善者”だと嘲笑う
作用、指弾する作用ばかりを見出す。
(これから一体、どうすればいいの……??)
ベッドにうつ伏せになって倒れ込み、ボスッボスッと力ない拳だけを延々と叩き付ける。
彼女は悲嘆に暮れていた。こんな事ならいっそ、告発者になどならなければ良かった。
「……?」
だがちょうど、その時だった。ふと何気なく手元に放り出してあったデバイスの画面、そ
の通知アイコンの中に、留守電が一件入っていることに気付いたのだ。
もそもそと、泣き腫らした顔で近寄り、相手の名前を確認する。……筧だ。ここの所転入
の手続きやら襲撃後のドタバタやらで、すっかり見落としてしまっていたらしい。
『──あ~、もしもし。俺だ。筧兵悟だ。……出られないようだから、用件だけこっちに残
しておく。本来なら君とも一度ちゃんと顔を合わせて、謝らなきゃいけないんだがな……』
記憶されていたメッセージは、筧が彼女に宛てて、自身の近況とこれからの予定を伝える
ものだった。
ハッとなって両手でデバイスを持ち上げ、七波はその声に耳を傾ける。まさしく全身全霊
のように、縋るように。直接聞けず気付けずにおいて何だが、この時の彼女には他でもない
励ましのように感じられた。
曰く、彼が留守電に込めたのは大よそ謝罪とその後──由良をみすみす死なせ、七波をも
巻き込んでしまったことへ詫びと、先の中央署における事件についての言及だった。
後日政府が正式に表明したように、いわゆる“有志連合”は実在する。自身も一時彼らと
共闘し、長らく白鳥に化けていた幹部プライド達を退けることに成功した。既にネット上に
流出している映像なども、概ね事実だと認める発言だった。
『それとな……。あの一件の後、刑事を辞めたんだ。相棒──慕ってくれる部下一人守れな
かった人間が、今更刑事面なんぞ出来ねえしな。何より今の組織は、一件の所為でボロボロ
だろう? 俺の信じた正義も居場所も、あそこには残ってねえんだよ』
「……」
先日、睦月達より打ち明けられた後だとはいえ、全くショックが無かった訳ではない。
やっぱり本当に……? 七波にとってすれば、それが正直な感想だった。彼らよりも筧の
口から直接語られたことにこそ、意味がある。静かに打ちひしがれ、押し黙る。
本来ならば、直接頭を下げに行くべきだ。
しかし今はお互いに“悪目立ち”し過ぎているし、アウター達に狙われるだろう。暫くは
ほとぼりが冷めるの待ち、鳴りを潜めてからの方が良いだろう──筧の判断はそんな、自ら
が身を引くというものだった。そして由良の弔いを済ませた後は、一度各地の元被害者達を
巡る旅に出る予定だと、自身の居所を知る手掛かりも残す。故に物理的にも、心情的にも、
暫く会えなくなるだろうとも。
『俺の方は……まぁ大丈夫だ。あれ以来ずっと、連中が俺を殺らせまいと見張りを付けてる
んでな。正直気には食わんが……現状あの化け物どもに対抗出来るのは、あいつらだけだ』
あいつらとは、十中八九例の“有志連合”──睦月達こと対策チームのことだろう。
筧がこのメッセージを残した時点、こちらの状況をどれほど把握していたのかは知らない
が、一応彼らの実力は自身も認めている所らしい。普段なるべく「親切な刑事さん」として
振る舞おうと努めていた印象があった分、ちょっと可笑しい。或いはこの素直じゃない感じ
が、彼の本来の性格なのだろうか?
『最後に……。力を貸してくれてありがとう。これから大変だろうが、俺はいつでも君の力
になる。独りじゃない。忘れないでくれ』
それでも終始、彼が失意の中に在るであろう自分を何とか励まそうとしてくれたことを、
七波は心より嬉しく思った。相変わらず申し訳なさも根を張り続けているが──それもこれ
も、心を開いた相手か否かの差なのだろう。本当は彼自身、色んなものを失い過ぎて、それ
所ではない筈なのに。
(筧さん……)
ぐしぐし。涙を拭いながら、七波は留守電の再生を切った。
笑みと悲しみ。嬉しいけれど、今は正直、その優しさが辛い……。
「──?!」
だが感傷に浸っていられるような暇は、残念ながら許されていなかった。
無情にも次の瞬間、七波の自室が突如として激しく揺れる。……いや、家全体が何かの衝
撃で揺さぶられたのだ。ハッと我に返り、七波は閉め切っていたカーテンの隙間から家の外
を見下ろす。
化け物だった。あの時のミサイル型の化け物“達”が、今度は家にまでやって来たのだと
知った。「何で……」覗いた視界の向こう、遠く上空から次から次へと降って来るミサイル
型の怪人達。連日警戒に当たってくれていたお巡りさん達が、一人また一人と殴り倒されて
ゆくのが見えた。家の周りを取り囲んでいた、他の野次馬や記者達も慌てて逃げ出し、そこ
ではいつからか紛れていたらしい國子や仁以下対策チームの面々が、めいめいのコンシェル
達を召喚してこの怪人達と戦っている。自分達を、守ろうとしている。
「一匹だって中に入れるなよ! 横一列で壁を作れ!」
「取り漏らしに注意してください。なるべく時間を──陣形の維持を!」
だが次々に増え、キリのない相手側の数の暴力に、彼らは次第に押され始めていた。
加えて場に現れた勇が、黒い守護騎士に変身して、状況を更に引っ掻き回す。何故か油断
したらしい仁をその霞むような速さで殴り飛ばし、階下の壁をぶち破ってしまったのだった。
『キャアアアーッ!!』
「お母さん!?』
そうだ。台所にはお母さんが居たんだ。七波は思い出したように飛び跳ね、半ば反射的に
彼女の下へ向かおうとする。だがその間もミサイル達の猛攻は止んだ訳ではなく、ちょうど
降り注ぐ個体の波と揺れに撃ち抜かれ、七波もまた階段の途中から転げ落ちた。半壊して穴
の空いた壁から、黒いパワードスーツ姿の勇と、彼に割り込まれながらもこれに続こうとす
るミサイル達が入って来る。
あわわわ……!? すっかり腰を抜かしてしまった母に、七波は慌てて駆け寄った。そん
な二人揃った様子を見下ろして、勇は拳鍔形態にした黒いリアナイザを、大きく振り被ろう
とする。
『……??』
しかし、思わず身を縮こませて目を瞑っても、一向に痛みが訪れる気配がない。
七波は母を庇うように抱きかかえながら、恐る恐る瞼を開いた。するとそこには──居た
ではないか。自分達のすぐ目の前で、振り下ろそうとしたその右手を何か蔓ようなものに引
っ張られている勇と、後方の睦月──白い守護騎士の姿が。
「七波さん!」
そしてこの一瞬の隙を縫い、般若面を着けた侍──おそらく自身のコンシェルを引き連れ
た國子が、気付けばへたり込んでいるこちらのすぐ目の前まで来て、手を伸ばしている。




