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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-44.Gossip/悪意に差す灯を
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44-(3) 顔のない声

 怪人による学園コクガク襲撃の報道を受け、案の定批判は様々な方面から噴出した。こと七波の同

校への転入が判明し、これを関係者が隠していた点が、人々の義憤いかりに尚更火を点ける格好と

なってしまったらしい。

 ──警備体制に穴は無かったのか?

 ──そもそも何故、彼女を迎えた?(要するに、面倒な人間を引き込むな)

 匿名性の高いネット上を中心に、人々の口撃は今回も容赦ない。中には彼女を露骨に疫病

神扱いし、学園から追い出せと主張する者も少なくなかった。先の事件で、中央署自体に余

力が残されていない内情も手伝い、正式な“謝罪”も“釈明”もなく沈黙している官憲への

不信は強まる一方にも見える。

 どうせ叩かれるのだから……。

 半ば諦めと開き直り、或いはほとぼりが冷めるのを待とうとする保身は、益々外側からの

批判を呼び、故に彼らの態度を一層頑なにする。寧ろ原因と結果はぐるぐると相互増強ばか

りを繰り返すが、一度正義を見出した者達もそこは譲らない。事実悪しき怠慢には違いない

のだから。練磨ブラッシュではなく、浄化クレンズばかりが進んでゆく……。

『というか、政府はどうした? 例の“有志連合”とやらは何処に行ったんだよ?』

『結局今回も、守護騎士ヴァンガードがこっそり追い払ったって話じゃねえか。こういう時の為に共闘し

ようって話じゃなかったのかよ?』

 加えて批判の矛先は、数日して以前政府が正式に言及した、件の“有志連合”──睦月達

対策チームにも向けられ始めていた。全体としては今回の騒動も、政権批判の糸口にしよう

とする者が大半を占めたが……いずれにせよ、放置し続ければ“実害”も出かねまい。

『そもそも守護騎士ヴァンガードって、何者なんだろう?』

 事実人々の口撃は枝葉末節に飛び火し、しばしばネット上では、この未だ謎多きヒーロー

達の正体を探らんとする動きが活発化している。最近では中央署の一件をアップした映像な

どから、手掛かりになりそうな情報を取り出そうと試みる動画が、一つまた一つと投稿され

始めていたのだった。


「──全く。皆好き勝手言っちゃって」

 ただこうしたネット世論むきに、密かに反感を抱いている人物がいた。今回の騒ぎもあって取

り沙汰されるようになった件の動画達を漁るように見ながら、デスクトップのPC越しにぶ

つくさと不平不満を漏らしている。

(どうも怪しいのよねえ……タイミングが良過ぎる。一個一個は確かに感情に任せて作られ

ているっぽいけど、全体の状況を引いて観れば、結局“敵”の有利になるばかりじゃない。

襲撃と口撃の相乗効果ってとこかしら?)

 片手にストローを差した野菜ジュースを持って、合間合間にちゅうちゅうと吸いつつ。

 画面から出るブルーライトが反射し、その人相は見えなかったが、当の人物はどうやら少

女のようだった。慣れた手付きでキーボードやマウスを操り、乱雑に散らばったネット上の

断片達をこまめに収集してゆく。

 ……確かに、元より個人的には素性も何も知らない。関わった訳じゃない。

 だけども、互いに顔も名前さえ知らぬネット民達の炙り出し──悪意の類に、彼女は何よ

りも先ず不満を抱いていた。これまで守護騎士ヴァンガードに散々守って貰っておきながら、恥ずかしく

ないのか? 自分だけは“例外”だと勘違いしているのではないのか?

 何とかしたい……。

 気付けば彼女は、自らこれらネット上のスレッドや記事に書き込みを行い、批判一色にな

りがちな声を少しでも和らげようと働きかけ始めていた。複垢に裏垢。伊達に“新時代”生

まれの現役学生ではない。

 元よりこの手の情報戦は、自分の土俵──慣れ親しんで得意とする所だ。キーボードを打

つ指も自然と速くなる。目に映る大量の文字情報、画像データに意識を集中させ、作業用の

眼鏡がブルーライトを反射するのも構わず、一人小さく唇を結ぶ。

「や、止めとけよお。メグぅ」

「俺達も目を付けられたらどうするんだ……??」

 だがそんな彼女を、やんわりと止めようとする者がいた。同じく先ほどからこの部屋で一

緒に画面を見つめ、正義感に衝き動かされる彼女を何とか宥めようと試みている男性だ。椅

子に座っている分、余計に判り辛いが、彼女と比べると結構ひょろりと高い。声色はやや気

弱な印象を拭えないが、少なくとも年格好はずっと上のように見える。

 少女と同様その背丈もあって、肝心の人相は映らない。ただ後ろからふいっと釘を刺され

た当の彼女は、少なからず不機嫌に頬を膨らませたようだ。

「……その為にあんたがいるんでしょ? 大丈夫。それに、私達が彼らを援けることは、回

り回って私達自身にとってもメリットになる」

「そりゃあまあ……。そうだけどさあ……」

 だが彼のそんな懸命な説得にも、彼女は耳を貸そうとはしなかった。

 ──やれやれ。尤も予め想定はしていたのか、或いは経験的に諦めを知っていたのか。再

び画面に張り付き始めた彼女の後ろ姿を見つめたまま、彼はそう静かに肩を竦ませる。

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