44-(1) 襲撃のあと
襲撃直後の混乱も一しきり、学園の校舎外。
突然の爆発騒ぎを受けて、校内にいた面々はあちこちから大グラウンドへと避難を済ませ
ていた。幸い上がった黒煙は一つだけだったが、それでも生徒達は酷く不安げにこれを見上
げている。空中に散ってゆく警報の音と、教師達の怒号めいた指示・対応が、場の混乱ぶり
を否応なく理解させて久しかった。
「七波さん!」
そんな状況を一変させたのは、七波の合流である。他にもぱらりぱらりと集まって来る生
徒達に交じり、自身のクラスの教え子が姿を見せたのを認めると、豊川先生は一目散に駆け
寄って来た。近付き、はしっと彼女を抱き締めると、ボロボロと涙を流しながらその無事を
我が事のように喜ぶ。
「あああああ! 良かった、良かったよお~! 姿がないから心配してたのよ? 大丈夫だ
った? 怪我はない?」
「……はい。何とか、お陰様で」
為されるがまま、七波は半ば苦笑するように答えていた。いや、厳密には自嘲と表現すべ
きだったろうか。声色も佇まいも力なく、只々自らが呼び込んでしまったらしいこの状況に
強い負い目を感じている。
「良かった。貴女は経緯が経緯だし、もっと気を付けてあげなきゃいけなかったのに……」
「……いえ」
殆ど消え入りそうになりながらも、長い口籠りの後にそうポツリと呟き、彼女はその複雑
な表情を濃くする。
こちらこそ、心配をお掛けしました──つい“迷惑”という言葉を引き出しそうになった
が、すんでの所で喉の奥に押し込め、謝罪する。「ううん、いいのよ」豊川先生は変わらず
我が子のように自分を抱き締めてくれ、声色を安堵のそれに変え始めているが……お世辞に
も周りの他人びとは、そんな真心でもってこちらに接してはくれない。
一角とはいえ、破壊された校舎を、呆然と見上げたままの生徒や職員達がいた。目の前の
現実を、まだ受け入れられない様子だった。或いは不自然な地面のくぼみ──ミサイル型の
アウターが一旦落下した後、再び飛んで行った際の痕を挟んで、こちらをじっと睨み付けて
いる者達もいる。さも“疫病神”の如く、一連の出来事が彼女に所為だと決め付け、非難し
たがっているかのように。
『あ、貴方が、守護騎士……?』
時は、今より少し遡る。
クラス教室から屋上に逃れてミサイル型のアウターを倒した後、変身を解いてこちらに戻
って来た睦月に、七波は酷く戸惑った様子で訊ねていた。ほぼ確認の為の言葉、と言ってし
まってよい。
『皆人』『三条』
『……ああ。もう隠し通せるとは思っていないさ』
そんな問いに答えたのは、同じく彼女を守っていた皆人以下五人の仲間達だった。睦月や
仁が短く窺うように促し、話し始める。全員が全員、今日転入したクラスの同級生達だ。
『結論から言おう。俺達は、アウター対策チーム。政府が言う所の“有志連合”だ』
語られ始めたのは、七波にはにわかに信じ難い事実の数々だった。かねてよりこの飛鳥崎
で暗躍してきたという、電脳生命体こと越境種。そんな、さも人知を超えた怪人達と秘密裏
に戦ってきたのが、彼らだというのだ。そして自分が今回学園への転入を勧められたのも、
全てはそんな作戦の一環──今後組織に狙われるであろう、自分を保護する為の工作だった
とも。
『じゃあ、あの説明に来た役所の人も……?』
『ああ。俺達の仲間が手を回し、実際の手続き諸々を進めてくれた。まさかあの時は、こう
も早く敵の攻撃があるとは思わなかったが』
『……』
加えて何よりも、七波は知ることになる。例の中央署の一件、由良の死についても訊ねて
みた際の事の顛末も、彼女にとっては立て続けのショックばかりが大きかったのだ。
『既にネット上に動画や音声が流れているし、知っているとは思うが……確かに俺達はあの
時、筧刑事と共闘した。尤も本人は、素直に認めてはくれないだろうが』
『そして現在、彼は中央署の刑事を辞職しています。私達の仲間が、万一に備えてこっそり
見守ってはいますが……』
『えっ──』
思わず驚きの声が漏れる。七波は一人大きく目を見開き、そして動揺に瞳を揺るがせた。
確かに彼のその後はニュースでも聞かないし、こちらも色々とあったため、まともに連絡
すら取れていなかったが……。
『もしかして、由良さんを守れなかったから? じゃあやっぱり、私があの時助けを求めた
から、筧さんを追い詰めて……??』
『いや。それとこれとは違う。あくまで彼自身の下した判断だ』
駆られる自責の念。しかし皆人は、これをピシャリと、遮るように否定する。
『何より君が声を上げてくれたからこそ、結果的に俺達は奴らを退けることが出来た。当局
の一件でも、玄武台の件でも』
『……』
あくまで彼らにとって、自分は“功労者”なのだろう。世間的に見ればお騒がせ──渦中
の人物でも、あの怪物達と戦う中でのキーパーソンといった立ち位置で。
『だから今度は、俺達が君を守る番だ』
そして皆人は言う。うん、と睦月以下他の面々も、決意を新たに力強く頷いている。筧の
失意、由良の無念の為にも、せめて自分達は進み続けるべきだということか。
(……そんなこと、言われたって)
しかし当の七波自身は、寧ろ筧らの“犠牲”の方に思いを致す──重荷ばかりを感じてし
まっていて……。
直接の騒ぎがようやく収まり、避難した生徒達も順次下校させるべく、事後処理に追われ
る学園側。
ただそんな非日常、突然の事件発生に、野次馬と化した近隣住民やマスコミ各社が駆け付
けて来ない筈もなく……。
昼過ぎには、既に学園の外には大勢の人々が集まっていた。応急処置で被せられたブルー
シートと、そこから窺える校舎に空いた大穴を、ためつすがめつ角度を変えながら目にしよ
うとする者達がいたり、或いは熱心に写真撮影や関係者への突撃を試みている者達がたむろ
していた。ざわめく人ごみは、良くも悪くも好奇心に忠実である。
「──」
そんな黒山の中、遠巻きにこの学園をじっと見上げている者がいた。人々に混じり、帽子
やカツラで人相を隠した勇である。
密かに見つめる眼は相変わらず、やはり剣呑さを帯びて。貼り付けた表情は、酷く不愉快
なそれを隠そうともせずに。
(これは一体……どういう事だ?)
七波由香が、玄武台からこっちに移ったと聞いてやって来たが……どうやら既に何者かに
襲われたらしい。シートで覆われている破壊の範囲や、残留するエネルギーの反応からして
も“同胞”の仕業で間違いないだろう。実際、手の中の黒いデバイス──ドラゴンも、先ほ
どから警戒の唸りを堪えっ放しだ。
(……俺以外に、あの女を狙っている奴がいる?)
正直、出鼻をくじかれた格好だった。邪魔をされて不快だった。
チッと小さく舌打ちをしつつ、勇は改めてこの学園の校舎を見上げる。




