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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-43.Gossip/渦中の彼らは
332/526

43-(6) H&Dインダストリ

 時を前後して、飛鳥崎ポートランド。

 中央署の一件で内部から機能不全に陥った当局に代わり、その日首都集積都市から内々に

専任の捜査チームが派遣されていた。

 立ち入りに向かうのは、疑惑の大企業H&Dインダストリの東アジア支社。件の怪人──

電脳生命体の苗床との情報がある、リアナイザの製造・販売元だ。

 尤も相手は、世界でも指折りの多国籍企業である。加えてその体質はかねてより秘密主義

であり、こちらの動き次第では即外交問題にも発展しかねない。

 事件の全容解明、証拠集めの為とはいえ、協力を得られるかは正直怪しいだろうと踏んで

いたのだが……。

「──やあ、ようこソ。我らがH&Dインダストリヘ!」

 しかしいざ蓋を開けてみると待っていたのは、同グループの若きCEO、リチャード・ビ

クターだった。アッシュブロンドの髪と翠の瞳を持つ、腕利きのイケメン経営者である。

 流暢な、それでも少し外人訛りのある日本語で出迎えて来たリチャード。

 更にその背後左右には、同支社長や幹部級と思しき面々が勢揃いしている。

「あ、貴方は……」

「どうして此処に……?」

「ハハハ。この街のニュースは、私達の本国でも報じられまシタ。ですので、急遽飛んで来

たのですヨ。もしあの怪物達ハザードが本当なら、我が社の信用を大きく損なう問題ですからネ。悪

用者の摘発に関しては、我々も全面的な協力を惜しまない心算デス」

『……』

 正直言って、予想外だった。まさか向こうから──それもグループ総帥自らが、協力を申

し出てくるだなんて。

 いや、合理的に考えれば寧ろ当然か。これほどグループ全体の信用、存亡に関わる案件は

他には無いだろう。わざわざ本国アメリカから専用機を飛ばし、駆けつけて来るだけの理由

はある。

「……それは有難い。我々としても、捜査が進展するのは望ましい限りです。同じ街に居を

構える者として、その安寧は早々に確保するに越した事はありませんから」

 最初は、半ば死地に赴くような覚悟で社の玄関を潜った捜査員達も、存外の歓迎を受けて

内心ホッと胸を撫で下ろしていた。尤もそれらは、努めて一切表情かおに出さず、あくまで威厳

ある態度で臨むには変わらなかったが。

 案内を……頼めますか?

 ややあって彼らから発せられた問いに、リチャードは「イエース!」と快諾した。先ほど

から背後に従えていた部下達を引き連れて、一行を支社ビル内の奥へと促そうとする。

「──??」

 ちょうど、その時だったのである。

 両陣営の面々が歩き出そうとした次の瞬間、ふと奥の通路から一人の男性がひょこっと顔

を出すかのように現れた。撫で付けた金髪と痩せぎすの身体、草臥れたワイシャツの上から

白衣を引っ掛けた、如何にも研究者といった風貌の人物である。

「あれは……」

 おそらくは飲み物でも買いに来たのだろう。手には小銭入れらしきものを握っており、そ

の歩いて行こうとした先には、事実自販機の並ぶ休憩スペースが置かれている。

「ああ。彼はゲラルド・サーシェス、我が社が誇る上級プログラマの一人デス。暫く前から

こちらに出向して貰っているのですヨ」

 ヘイ、ゲリー! リーダー格の捜査員がやや訝しがって彼に視線を遣ると、リチャードは

次の瞬間そう彼に向かって呼び掛けた。なるほど、欧米式だなと、如何せん古い世代の捜査

員達は思う。社長と研究者、明確に上下関係があろうとも、普段お互いを呼び合う名自体は

かくもフランクなものか。

「? リック……? どうしたンだい? 随分と大人数を連れているじゃないカ」

日本ジャパンの当局者だヨ。ほら、例の悪用問題ノ……」

「ああ……」

 どうやら彼もまた、リチャードCEOに近しい人物のようだ。上級プログラマ──技術系

の有能な人材であるらしいが、全体に漂うそのダウナーな雰囲気と身なりは、およそそうし

た肩書きを聞かされていなければ只の変人にしか映らない。

「ちょうど、彼らを案内している所だヨ。案件が案件ダ。君も来るかイ?」

 対するリチャードの側と言えば、実に無駄のないスタイリッシュな振る舞いで。

 一行は彼こと研究者ゲラルドを加え、廊下奥の一室へと移動して行った。小綺麗に区分け

されたビル内は、およそ自然的なそれを感じさせない。人工的で合目的的な、如何にも新時

代に急成長を遂げた企業の拠点と言える。

「すまないネ。彼は非常に優秀なのだけど、人付き合いコミュニケーションの類は苦手なんだヨ……」

 捜査員達の少なからずが、時折背後からついて来る彼をちらちらと見ていた。苦笑いを零

すように、そうリチャードが先頭を進みながらフォローしている。

 やがて通された場所は、大きな会議室のような空間だった。

 見渡してみるに、どうやら社内の企画を詰める場所であるらしい。左右ないし奥の壁には

一面、資料が入っていると思しき金属の棚が幾つも見える。

「……ここが、そうなのですか?」

「ええ。社内で創られたアイディアは、必ずこのプレゼンテーション・ルームで皆の精査を

受けるのデス。その際の図面や資料は、全て厳重に保管されているのですヨ」

 どうゾ。促され、捜査員達は中へと進んでゆく。

 流石は世界屈指の大企業。部屋一つ取っても贅沢だ。彼の話通りなら、証拠としてのリア

ナイザの図面も、存外早くに押収できそうだが……。

『──がっ!?』

 しかしである。直後彼ら捜査チームの意識は、強制的に消し飛ぶこととなった。進み出た

彼ら面々の背後──開け放たれた扉の裏側に、人間態のグリードとグラトニーが潜んでいた

のだ。何人かはその気配を感じて振り向きかけたが、二人は彼らの顔面を鷲掴みにすると力

ずくで押し倒し、能力を発動。抵抗する面々を瞬く間に無力化してしまう。

 本来ならば政府より選りすぐられた、屈強な男達だった筈なのだが、それでも電脳の怪人

達には敵わなかったらしい。白目を剥き、中には叩き付けられた衝撃で身体があらぬ方向に

圧し折れてしまった者もいる最中、ややあってゲラルドが、ゆたりゆたりとした足取りで室

内へと追いついて来る。

「やあ。済んだかイ?」

 目の前に広がっている光景に比して、明らかな平常。さもわざと遅れて入って来たような

彼の眼鏡は、天井の明かりを弾いて不気味に光っている。

 ニヤリ……と、そう嗤う彼から掛けられた言葉。

 すると同じくリチャードも、片膝立ちからフッと肩越しに振り向くと、さもそれが当たり

前であるかのように答えるのだった。

「ああ、問題なイ」

「これデ良いんだろウ──? シン」

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