43-(6) H&Dインダストリ
時を前後して、飛鳥崎ポートランド。
中央署の一件で内部から機能不全に陥った当局に代わり、その日首都集積都市から内々に
専任の捜査チームが派遣されていた。
立ち入りに向かうのは、疑惑の大企業H&Dインダストリの東アジア支社。件の怪人──
電脳生命体の苗床との情報がある、リアナイザの製造・販売元だ。
尤も相手は、世界でも指折りの多国籍企業である。加えてその体質はかねてより秘密主義
であり、こちらの動き次第では即外交問題にも発展しかねない。
事件の全容解明、証拠集めの為とはいえ、協力を得られるかは正直怪しいだろうと踏んで
いたのだが……。
「──やあ、ようこソ。我らがH&Dインダストリヘ!」
しかしいざ蓋を開けてみると待っていたのは、同グループの若きCEO、リチャード・ビ
クターだった。アッシュブロンドの髪と翠の瞳を持つ、腕利きのイケメン経営者である。
流暢な、それでも少し外人訛りのある日本語で出迎えて来たリチャード。
更にその背後左右には、同支社長や幹部級と思しき面々が勢揃いしている。
「あ、貴方は……」
「どうして此処に……?」
「ハハハ。この街のニュースは、私達の本国でも報じられまシタ。ですので、急遽飛んで来
たのですヨ。もしあの怪物達が本当なら、我が社の信用を大きく損なう問題ですからネ。悪
用者の摘発に関しては、我々も全面的な協力を惜しまない心算デス」
『……』
正直言って、予想外だった。まさか向こうから──それもグループ総帥自らが、協力を申
し出てくるだなんて。
いや、合理的に考えれば寧ろ当然か。これほどグループ全体の信用、存亡に関わる案件は
他には無いだろう。わざわざ本国アメリカから専用機を飛ばし、駆けつけて来るだけの理由
はある。
「……それは有難い。我々としても、捜査が進展するのは望ましい限りです。同じ街に居を
構える者として、その安寧は早々に確保するに越した事はありませんから」
最初は、半ば死地に赴くような覚悟で社の玄関を潜った捜査員達も、存外の歓迎を受けて
内心ホッと胸を撫で下ろしていた。尤もそれらは、努めて一切表情に出さず、あくまで威厳
ある態度で臨むには変わらなかったが。
案内を……頼めますか?
ややあって彼らから発せられた問いに、リチャードは「イエース!」と快諾した。先ほど
から背後に従えていた部下達を引き連れて、一行を支社ビル内の奥へと促そうとする。
「──??」
ちょうど、その時だったのである。
両陣営の面々が歩き出そうとした次の瞬間、ふと奥の通路から一人の男性がひょこっと顔
を出すかのように現れた。撫で付けた金髪と痩せぎすの身体、草臥れたワイシャツの上から
白衣を引っ掛けた、如何にも研究者といった風貌の人物である。
「あれは……」
おそらくは飲み物でも買いに来たのだろう。手には小銭入れらしきものを握っており、そ
の歩いて行こうとした先には、事実自販機の並ぶ休憩スペースが置かれている。
「ああ。彼はゲラルド・サーシェス、我が社が誇る上級プログラマの一人デス。暫く前から
こちらに出向して貰っているのですヨ」
ヘイ、ゲリー! リーダー格の捜査員がやや訝しがって彼に視線を遣ると、リチャードは
次の瞬間そう彼に向かって呼び掛けた。なるほど、欧米式だなと、如何せん古い世代の捜査
員達は思う。社長と研究者、明確に上下関係があろうとも、普段お互いを呼び合う名自体は
かくもフランクなものか。
「? リック……? どうしたンだい? 随分と大人数を連れているじゃないカ」
「日本の当局者だヨ。ほら、例の悪用問題ノ……」
「ああ……」
どうやら彼もまた、リチャードCEOに近しい人物のようだ。上級プログラマ──技術系
の有能な人材であるらしいが、全体に漂うそのダウナーな雰囲気と身なりは、およそそうし
た肩書きを聞かされていなければ只の変人にしか映らない。
「ちょうど、彼らを案内している所だヨ。案件が案件ダ。君も来るかイ?」
対するリチャードの側と言えば、実に無駄のないスタイリッシュな振る舞いで。
一行は彼こと研究者ゲラルドを加え、廊下奥の一室へと移動して行った。小綺麗に区分け
されたビル内は、およそ自然的なそれを感じさせない。人工的で合目的的な、如何にも新時
代に急成長を遂げた企業の拠点と言える。
「すまないネ。彼は非常に優秀なのだけど、人付き合いの類は苦手なんだヨ……」
捜査員達の少なからずが、時折背後からついて来る彼をちらちらと見ていた。苦笑いを零
すように、そうリチャードが先頭を進みながらフォローしている。
やがて通された場所は、大きな会議室のような空間だった。
見渡してみるに、どうやら社内の企画を詰める場所であるらしい。左右ないし奥の壁には
一面、資料が入っていると思しき金属の棚が幾つも見える。
「……ここが、そうなのですか?」
「ええ。社内で創られたアイディアは、必ずこのプレゼンテーション・ルームで皆の精査を
受けるのデス。その際の図面や資料は、全て厳重に保管されているのですヨ」
どうゾ。促され、捜査員達は中へと進んでゆく。
流石は世界屈指の大企業。部屋一つ取っても贅沢だ。彼の話通りなら、証拠としてのリア
ナイザの図面も、存外早くに押収できそうだが……。
『──がっ!?』
しかしである。直後彼ら捜査チームの意識は、強制的に消し飛ぶこととなった。進み出た
彼ら面々の背後──開け放たれた扉の裏側に、人間態のグリードとグラトニーが潜んでいた
のだ。何人かはその気配を感じて振り向きかけたが、二人は彼らの顔面を鷲掴みにすると力
ずくで押し倒し、能力を発動。抵抗する面々を瞬く間に無力化してしまう。
本来ならば政府より選りすぐられた、屈強な男達だった筈なのだが、それでも電脳の怪人
達には敵わなかったらしい。白目を剥き、中には叩き付けられた衝撃で身体があらぬ方向に
圧し折れてしまった者もいる最中、ややあってゲラルドが、ゆたりゆたりとした足取りで室
内へと追いついて来る。
「やあ。済んだかイ?」
目の前に広がっている光景に比して、明らかな平常。さもわざと遅れて入って来たような
彼の眼鏡は、天井の明かりを弾いて不気味に光っている。
ニヤリ……と、そう嗤う彼から掛けられた言葉。
すると同じくリチャードも、片膝立ちからフッと肩越しに振り向くと、さもそれが当たり
前であるかのように答えるのだった。
「ああ、問題なイ」
「これデ良いんだろウ──? シン」




