43-(4) 様々な眼
朝のホームルームから、数回の授業を挟んでの休み時間。
七波転入後のクラスの反応は、ざっと眺めるに大きく二分されていた。即ち彼女への好奇
心が勝る側と、警戒心が勝る側である。
「ねえねえ。あの留守電って、本当に本気で叫んでたんだよね?」
「仕込みじゃないよね?」
「何で筧刑事と知り合いなの? こっちに転校して来たのも、その辺が理由?」
「あのメッセージで、瀬古勇と会ったって言ってたけど……やっぱあいつってまだ生きてん
のか? でも前に葬式やってたよな……?」
流石に最初の休み時間は、皆若干様子見というか控え目に観察をしていたが、当の彼女が
比較的大人しい性格且つ自ら多くを語らないらしいと分かると、一転して時間毎に取り囲ん
では質問攻めを行うようになった。「えっと……」七波本人はそんな彼・彼女らの、ぐいぐ
い来るさまに明らかに気圧されているようだったが、それでも迂闊に答えてしまえば自身の
首を絞めてしまうことぐらいは理解していたらしい。
『……』
だからこそ、一方で後者──警戒心の勝る側のクラスメート達の眼は、コマ数が進んでゆ
くにつれて厳しくなっていた。それはひとえに彼女という新しい“仲間”が、自分達にとっ
て早々に“リスク”になると踏んだからだろう。
先の中央署の一件、怪人騒ぎの一旦の終息を引き寄せる切欠となった少女。
しかしそれと、当の本人が自分達の生活圏──間合いに入って来るのは別問題だ。確かに
例の電脳生命体とやらの脅威はまだ残り、多分今も何処かでその被害出ているのだろうが、
それは決して自分達の“身近”であってはならない……。
(野次馬根性と、腫物扱い……か)
(極端っちゃ極端なんだが、まぁ仕方ねぇよなあ。事情も知らなきゃ、ああもなるさ)
(七波さん、苦笑ってますけど辛そうです……)
そして、そんな遠巻きの眼差しという意味では、睦月達もまた同様で。
ただ後者の側に括れるとは言っても、その理由は他のクラスメート達とは随分違う。窓際
で小さくまとまっている睦月や皆人、仁が例の如くヒソヒソと囁き合い、デバイス内のパン
ドラも、両眉をハの字にして同情的だ。
警戒心──いや、この場合“忌避感情”とでも呼ぶべきなのだろうか。だが睦月達のそれ
は、もっと別のものだ。即ち『自分達が悪目立ちする訳にはいかない』──七波をこちらへ
転校させた目的が、対策チームによる彼女の保護であっても、周りに彼女を含めた自分達の
正体を怪しまれてしまえば元も子もない。何よりそんな根回しを、当の本人は未だ知りさえ
もしていないのだから。
『もー、びっくりしたじゃない! そういう事なら先に言っといてよー!』
『予め知らされておいて、腹芸が出来るのか? 周りが驚いている中で、俺達だけが無表情
だったら、間違いなく怪しまれるぞ』
デバイス越しに飛ぶメッセージのやり取りで、向こう側の席の宙達がそう不満を表明して
くる。皆人はそれでも淡々と、周りのクラスメート達に気付かれないよう、この仲間達への
事後報告に徹していた。
『皆っちと國っちは、凄く冷静だったと思うんですけど?』
すかさず突っ込みというか、第二波の不満が入るが、皆人はちらっと横目を遣るだけで無
視する。教室内の向こう側、宙や海沙、及び國子が集まっている席で、彼女らは膨れっ面や
苦笑い、ないし平静とした表情を向けていた。加えて彼によるこの手の“策”は、何も今に
始まった事じゃない……。
『──政府とのパイプを持つうちのメンバーが、中央署の一件の後、色々と手を回してくれ
ていたんだ』
皆人による事後報告。或いは自分達対策チームとしての目論見。
曰く七波という保護すべき対象を、手の届く範囲に置いておきたかったという以上に、最
早彼女は玄武台には戻れないだろうと言うのだ。
今回の一件で、良くも悪くも名が知られてしまった点も然り。かつて同校野球部の内情を
告発した彼女は、どのみち玄武台には居られない。関係者達にとっては、既に七波由香とい
う人間は“裏切者”なのだから、と。
『そんな……』
思わず短く、そう睦月もメッセージを残す。同情的にならざるを得なかった。そんなの報
われないじゃないかと思った。しかし事実として、勇及びタウロスによる復讐事件の際、校
長以下関係者らは何よりも先ず保身に走った。生徒達にも緘口令を敷いたという“前科”が
ある。皆人が言うような未来が待っているのは、想像に難くない。
『だから、くれぐれも焦るなよ? 俺達は彼女を知っているが、彼女は俺達のことを、正体
を知らない。当面は怪しまれないよう、少しずつ近付いていって保護するんだ』
そうして司令官たる皆人から、睦月達は今後の方針を聞かされる。曰く学園側にも、彼女
を警護するよう根回しは済んでいるらしい。また筧の方は、並行して冴島隊が引き続き追跡
しつつ見守るのだそうだ。
『了解』
何ともまあ、新学期早々から難儀だな……。
そう睦月や仲間達は、めいめいに承諾のメッセージを流したが、正直言って気は重い。大
なり小なり、後ろめたさはある。
尤も、彼の忠告を破って早々に全てを伝えた所で、彼女がすんなりとこちら側に靡いてく
れるかと訊かれれば……否と言わざるを得ないのだが。
「──?」
ちょうど、そんな時だったのである。
睦月はふと何処かから、何者かの視線を感じた。見られている? そう半ば反射的に、違
和感のあった方向を見遣ろうとするが……直後デバイスの中のパンドラが叫ぶと共に、それ
やって来たのである。
『っ!? 高速接近してくる反応!!』
窓ガラスをぶち破り、教室内へ突っ込んで来る物体。危ない! 睦月は咄嗟に地面を蹴る
と、その軌道上──七波に向かって飛んで来たこれから、彼女を庇ってゴロゴロと転がった
のだった。
一斉に砕ける硝子と甲高い音、クラスメート達の悲鳴。
すんでの所でこれを避けた睦月と腕の中の七波、そして場に居合わせた面々は、ややあっ
て床に空いた大穴をおずおずと見遣る。
「な、何だあ!?」
「げほっ、ごほっ……。い、いきなり何が……?」
机や椅子を盛大に吹き飛ばしては粉砕し、床に何かが突き刺さっている。
長く分厚い、角錐状の何か。これは……ミサイル?
「……ゴッ」
『!?』
だが次の瞬間である。それまで土煙を上げたまま静止していたこの角錐は、にわかに低音
を効かせた言葉を発し、ゴソゴソと起き上がり始めたのだった。それまでただの角錐型だっ
たフォルムが、ガシャガシャとあちこちで切れ目を作って可変し、のっぽの人型のような姿
となって顔を上げる。ちょうど頭部分が、床にめり込んでいた形だ。
唖然とする睦月ら他クラスの面々に囲まれて、ゆっくりと辺りを見渡す。元々そういう意
匠なのか、顔自体は二つの丸と一個の長方形で描かれただけのデフォルメだった。
「ヴォ……アァァァァァァァーッ!!」
『うわああああああーッ!?』
しかしその数拍左右していた視線が、ややあって定まった直後、この人型のっぽのメカは
突如として大音量の叫びを放ち出す。




