5-(2) 先行調査(フライング)
『──越境種だと決め付けるにはまだ時期尚早だと思う』
放課後の司令室。
無数の監視カメラの画面にじっと目を開かせていた皆人に、睦月は抱き始めていたその懸
念をぶつけたのだが、返って来たのはそんな未だ慎重な姿勢だった。
彼はちらりとこちらを見遣ると、引き続きそのまま注意の多くを画面の方に向けたままで
言う。
『可能性が無い訳じゃない。だが俺達アウター対策チームは、あくまで業界への信用を守る
為に設立されたものだ。もし今回の爆破テロが本当に人間のテロリストによる犯行だったの
なら、それこそ完全に警察──公安の仕事だろう?』
『それは、そうだけど……』
全くの正論であり、睦月はぐうの音も出なかった。
室内では相変わらず、職員達が忙しなく飛鳥崎の今をチェックし続けている。どれだけ奴
らがこの街に侵食しているかは分からないが、少なくともその中で起こる事件全てに彼らが
関わっている訳ではないのである。
『……だがまぁ、俺も同じくまさかとは考えていた。既に人員を割いて情報収集をするよう
指示は出してある。現場の記録がアウターを捉えていれば、俺達も心置きなく動けるんだが
な……』
「──」
しかし、悠長に待ってなどいられなかった。
司令室から抜け出し、睦月は一人現場となった千家谷駅前へと足を伸ばしていた。
自分達の学園の最寄駅。
昼間宙や海沙が話していた通り、此処は飛鳥崎の各地から生徒達が集まって来る登下校の
要とも言える場所である。
たとえ自身が徒歩通学ではあっても、正直すぐ近くまで“悪意”の刃が迫ってくるような
心地がした。犯人は捕まっていないのだ。もし次に犯行を重ねるとして、その時彼女達が巻
き込まれないなどという保証など何処にも無いのだから。
(……確かめなくっちゃ)
昨夜はかなりの騒ぎだったらしいというのに、駅前の様子は思いの外落ち着いているよう
にさえみえた。
一見すると普段とさして変わらない。知っている記憶の通り人々は皆忙しなく改札から出
たり入ったりしているし、一方でそんな人波を遮るようにたむろしている若者グループの姿
もちらほらあったりもする。
だがよく注意して周りを見てみれば、駅ビル群の方々に損傷を隠す為らしきブルーシート
が掛かっているし、頑丈なフェンス越しから見える線路上の一角では今も作業員達が黙々と
復旧作業に追われているのが見て取れる。
(……。あれは暫く時間が掛かりそうだな……)
まるで抉り取られたかのような駅ビル群の痕跡。
大きく変形し、熱でへしゃげてしまったらしいレールの一部。
クレーンでその金属の成れの果てが回収されていくのを遠巻きに、睦月は次第に周りの雑
踏が妙にクリアに聞こえるような錯覚をみていた。
一人一人の息遣い、足音。
それらがフッと次々に消えてしまったかと思うと、場に水を打ったような静寂が走る。
……怖かった。同時に睦月の眼には母や海沙、宙、皆人、國子におじさん・おばさん達が
爆風で粉微塵になっていく姿が映っていた。
もしあれが学園で起きていたら? 住宅街で起きていたら?
ギリギリッと密かに拳を握る。居ても立ってもいられなかった。
確かめたかった。確かめずにはいられなかった。本当に今回の爆破事件は人の手のみによ
って行われた犯行なのか。それとも……アウターなのか。
「……」
移動していくだけの人々では望み薄だろうと思い、睦月は少し駅前の路地を入っていく事
にした。広場前の通りと同じように、この辺りを遊び場にしている土地勘の濃い人間から話
を聞く為である。
ややあって、路地裏の一角でTAをしている若者の一団を見つけた。背格好からして自分
より四つか五つ年上といった所だろうか。
「パンドラ。念の為確認するけど、あの人達は……」
『ええ。通常のリアナイザとコンシェルですね。アウターではありません』
ひそひそと掌に握ったデバイス越しにパンドラと話し、確認を取る。
そう簡単に見つかる訳もないか……。安堵と、しかし同時に何処か残念に思う気持ちも抱
えながら、睦月は意を決して彼らに話し掛けてみる事にする。
「……あの」
「うん?」「何だお前」
「えっと、その。少しお話を伺いたいんです。昨夜この辺りで爆発事件がありましたよね?
皆さんはその時の様子、見ていたりしませんか? 良ければ教えてください。直接にって訳
じゃないんですけど、友達が千家谷をよく利用しているものですから、心配で……」
若者達は、正直言って面を食らっているようだった。
いきなり何かと思えば。何で俺達に……?
しかし運が良かったのか、どうやら基本的に彼らは丁寧に出てくる相手を嬉々として邪険
にするほど性悪ではなかったらしい。
「ほら、この辺って学園の玄関じゃん? あそこの連中もよく見かけるし」
「ああ……。そういや……」
「そっか。ダチ想いなんだな」
そう内一人がこちらの背格好を見、訝しむ仲間達を説得してくれると、彼らはうーんと唸
りながらもやがて記憶を思い返しつつ話してくれたのだった。
「……確かに、昨夜も俺達は駅ビルの近くで遊んでたよ」
「ええと、十時くらいだったかなあ。急にドーンってでっかい爆発音がしてさ。慌てて上の
方を見たんだけど、瓦礫やら何やらがバラバラ落ちて来てて……」
「ありゃヤバかったぜ。あっという間にそこら辺の連中がパニックになってたしな」
「正直、俺達もやばいぞって話になってすぐに逃げたんだよなあ。最初こそデバイスで上の
方を撮ろうとしてた奴もいたけど、爆発があちこちで起き始めてそれ所じゃなくなったし」
なー? そう彼らは互いに確認し合うようにして話してくれた。
だが足りなかった。肝心の犯人についての情報も、アウターであるかどうかさえも。
「……全く、災難だったよなあ。俺達が言えた身じゃねぇけど、だからお前もあんま夜遊び
はしない方がいいぜ?」
「でもだからって通行規制は止めろよなあ。この辺回線が濃いからTAやり易いのに、他に
何処でやりゃいいんだよ……」
「警察もトロいよな。テロされた後で警備したって意味あんのかっつーの」
「そうそう。こちとら面子が一人病院送りにされたってのに……」
「!? それ、本当ですか?」
だからつい話が個々の愚痴に流れていこうとする中、そう内一人が漏らした一言に睦月は
思わず食い付いていた。
実際に事件の被害に遭った人物。それは即ちよりギリギリまで爆発の一部始終を見ていた
かもしれないということ。
「あ、ああ。ダチが一人な。落ちてきた瓦礫で怪我しちまって……」
曰く爆発があった際、思わず野次馬根性でその様子を撮ろうとしていたが、その所為で崩
れてくる瓦礫を避けるのが遅れたのだという。
睦月は見つけたと思った。差し出がましいとは承知の上だったが、それよりも事件の黒幕
を確かめなければという利己心が勝っていた。
「あの……すみません。良ければその人の入院先、教えて貰えませんか?」




