表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-43.Gossip/渦中の彼らは
328/526

43-(2) 個人的パイプ

「ごめんなさいね。またそっちに、無茶振りをしてしまって……」

 所変わって司令室コンソール内某所。職員達が普段忙しなくするメイン制御室を抜け出して、香月は

とある人物に電話をかけていた。飛鳥崎の地下に広がる灰色の迷路空間。その一角で壁に背

を預け、彼女は一人デバイスをそっと頬に押し当てている。

『気にすることはないさ。君の頼みとあれば。それに彼女のことだって、俺も個人的に心配

だったからね』

 通話の向こう側、相手は健臣だった。都内某所の大臣室にて、彼は相変わらず政務に追わ

れる日々を過ごしている。

 用件とは、先日香月が彼に依頼した、とある根回しのその後だった。飛鳥崎中央署を巡る

一連の企みを、期せずして破る切欠となった少女、七波由香の保護についてである。同市の

西部・玄武台高校ブダイに通っていた彼女を学園コクガクに転入させたのは、他でもない香月ら対策チーム

だったのだ。

 ただでさえ彼女は、瀬古勇及びタウロス・アウターが関与した復讐殺人の重要参考人だ。

 加えて今回の一件において、その素性が割れてしまった以上、その身に危険が及ぶであろ

うことは容易に想像できた。何より瀬古勇の暴走──その原因たる彼の弟・優の死が、同校

野球部の面々による苛めだと告発リークしたのも彼女だと知られれば、復学しても彼女に最早居場

所は無い。

 今後“蝕卓ファミリー”からの報復を警戒する為にも、当の本人を自分達の手の届く範囲に置いてお

いた方が何かと都合が良い。

 そんな理屈を、我らが司令官は、随分と自嘲めいて語っていたものだが……。

「……ありがとう」

 だというのに、電話の向こうの彼は、今回も快くこちらからの頼みを引き受けてくれた。

それは何も自分と彼とが旧知の仲だというだけではなく、政府側としても“有志連合”との

パイプを維持しておきたいとの思惑があってのことなのだろう。或いは彼自身、もっと個人

的に無理を押してでも協力してくれているのか……。

 しかし香月は、一方で尚も自分達対策チームの詳細や、この通信を外部に漏らさぬよう健

臣に念を押す態度ばかりを取っていた。未だ踏ん切りがつかなかったのだ。組織を代表して

コンタクトを取る身としても、かつての恋人いちこじんとしても。

 二つ三つ、それからも互いに連絡事項を伝え合った。役所関係に手を回し、無事由香の転

入は済んだこと。彼女が告発者であることに気付き、目を血走らせる玄武台ブダイ関係者達を、裏

で何とか黙らせたこと。

『そういえば。本当にいたんだなあ、例のヒーロー君。守護騎士ヴァンガードだっけ』

 故にふと彼にそう話題を振られた次の瞬間、香月は思わず電話の向こうで身構えてしまっ

ていた。ハッと息を呑むように押し黙り、話を逸らせる有用な返しを思いつかないのをいい

ことに、香月はもう一度向こうから紡がれる言葉をじっと待つ。

『最初映像を見た時は、何の冗談かと思ったけれど……あれが“現実”なんだなって。俺達

が知らない所で、化け物達は蠢いていたんだ』

「……」

『なあ、香月。あれは──睦月なんだろう?』

「っ!?」

 何故それを!? 香月は思わず口を衝いて出そうになった。それらを必死になって呑み込

んで、されど電話の向こうの健臣は苦笑わらっている。本当に人の良い、優しい声音だった。

『以前、そっちに行った時に会ったんだ。ちょうど玄武台の事件があった後にね。結局二回

も、助けられてしまった』

 あははは……。瞳を揺るがし、言葉の出ない香月に、代わって彼は続けていた。おそらく

ある程度予想はついているのだろう。それでもなるべく、彼女のひた隠しにしている部分を

無理に引き剥がしはしないように。

『ああ、俺達のことは大丈夫だよ。本人は気付いていないようだったから。正直、名前を聞

いた時には驚いたけども』

「……」

『俺が狙われたのは、全くのこっちの責任だったからな……。でも今なら納得がいく。例の

電脳生命体──尋常ではない怪人達に対抗する力も、また尋常なそれではないってことか。

まさか君があんなものを作り出しているとは、流石に予想外だったよ』

「健臣……」

 胸が軋む。それは間違いなく罪悪感だ。

 今は全く別の組織に属する者。私情を交えて判断を誤らせるべきではないことぐらいは解

っている。それでもあの時と変わらずに自分を信頼してくれ、且つ応えてくれる彼に、一体

自分は何を返せたのだろう……?

『すぐにとは言わない。あの子が選ばれたのも、何か事情があるんだろう。本人だってもう

十六歳だ。何が良くて何が悪いのか、少しずつでも理解してくる頃合いだしね。俺は君達の

判断を、尊重するよ』

 違う──。ぎゅっと声を押し殺して唇を結び、香月は頭の中の言葉達を必死に支えようと

した。伝えるべきこと、許されている範囲があるのなら、話さなくてはとさえ思った。だが

それでも真っ白に混線し、意識の大部分に迫るそれを彼女は中々口に出来なかった。つうっ

と静かに、涙だけが頬を伝う。母親としての自分が、技術者としての自分を責める……。

 電話越しに、健臣は更に続けた。近々政府内でも一連の事件に対して動きがある。今はま

だ公式に表明できない──先ずは外堀を埋めてからでなければならないが、もしメディア等

で部分的にでもすっぱ抜かれていたら、そういうことだと思っておいてくれと。

(健臣……)

 香月は思う。ズズッと涙と鼻をすする。

 本来なら自分の夫になっていた、理解あるパートナー。しかしかつてはそんな思い描いた

未来も、他ならぬ自分の我が儘で投げ捨ててしまった。本当によく似ている。他人に対する

ディール無しの優しさと信頼。それが彼とあの子の良い所でもあり、時には悪く働いてしま

うこともある……。

『だからね、香月』

 そして悶々とそう香月が思いを巡らす中で、電話の向こうの健臣は改めて訊ねてきた。先

ほどまでとは声色を、やや真剣なそれに変えた上で、せめて“外堀”だけでも知りたいこと

は知ろうと語り掛けてくる。

『君達有志連合チーム自体のことを、もう少し教えてはくれないか……?』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ