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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-43.Gossip/渦中の彼らは
327/526

43-(1) 明けの動揺

「ねえねえ、聞いた?」

「ああ。見た見た!」

 夏休み明けの学園コクガク、新学期。

 久しぶりに勢揃いしたクラスメート達は、登校した傍から酷くざわついていた。教室のあ

ちこちで何やら興奮し、或いは若干“お腹一杯”な様子で、先日からの話題トレンドを引き合いに出

している。やや弛緩した場の雰囲気は、ただ学期替わりの心機一転と、休みへの未練から来

ている訳ではない。

「本当……凄かったよなあ」

「飛鳥崎は、これからどうなっちゃうんだろう……?」

 原因は他ならぬ、先の中央署を巡る一連の動きである。

 同僚殺しの容疑を掛けられ、逃走していた刑事・筧の当局侵入と、彼によって暴露された

“敵”の存在──怪人こと“電脳生命体”なる者達の暗躍。それまで知る人ぞ知る噂話とし

てのみ語られていた化け物達が、飛鳥崎当局や政府、国内外を巻き込んだ現実として白日の

下に晒された時の衝撃たるや。

 越境種アウターこと電脳生命体──都市伝説は本当だった!

 そんな彼らを狩る、正義の味方・守護騎士ヴァンガードもまた、実在していた!

 しかしその怪物達に、当局が半ば乗っ取られていたという事実。これから自分達は、一体

何を信じてゆけばいいのか……?

『……』

 雑多なクラスメート達のざわめきに耳を澄ませてみるに、大よそはそんな所。

 夏休み明けのこの日、同じく登校していた睦月や皆人、アウター対策チームの仲間達は、

このざわめきの中でじっと気配を殺すように佇んでいた。或いは自身の席に着き、さも身を

護るかのように、突っ伏し気味の姿勢を取っている。

「参ったな……。こんなに皆が噂しているなんて」

「想定の範囲内だろう? 作戦を立てた時点で、こうなるリスクは承知していた」

 お互いそれぞれ前後の席で、睦月と皆人がヒソヒソ声に話していた。手元に置いたデバイ

スの画面内でも、パンドラがふよふよと二人を心配そうに見上げている。

 案の定、先の一件以来、周囲は自分達の話で持ち切りだった。その中でも特に正体を探り

たがる側の眼は、今後対策チームとして活動する際の枷になり得る。

 仕方ないさ……。尤も過ぎた事だと既に諦めが勝っているのか、この司令官にして親友は

といえば、今回も早々に私情を挟まないよう努めていたが。

「ネット上に戦いの様子が出回ってしまった以上、そう遠くない内に特定される筈だ。こち

らとしてもなるべく、引き延ばせるよう工作さいくはするがな」

「……うん」

 申し訳なく思うのは、守護騎士ヴァンガード姿の自分より、めいめいのコンシェルと直接同期・召喚し

ていた皆人達だ。睦月はか細く返事をする。こと普段からいちプレイヤーとしてTAテイムアタックを遊ん

でいた宙や仁は、より周囲に気付かれる可能性が高いのではないか?

 思って、ちらりと教室の向かい側を見る。ざわざわと、自分達の噂話で盛り上がっている

クラスメートらの塊を縫って、当の海沙や宙、國子や仁などがそれぞれの友人達と談笑をし

つつもこちらに視線を返してくれる。ひっそりと、周りに気付かれぬよう“いつも通り”に

振る舞う姿だった。

 なまじ今日は新学期。休み中もよほど頻繁に会う仲でもない限り、小さな変化をも他人は

敏感に嗅ぎ取ってしまう。

『で、でも。今ならまだ、皆の心証は良い筈ですよ? だってマスターは、街を奴らの手か

ら解放したヒーローなんですから』

「ははは……。だけどまあ、確実に状況は変わってるのかな? この前ニュースでやってた

けど、何だか近い内にH&D社へ捜査が入るって」

 それでもこちらの心中を察してか、どうにかフォローしてくれようとするパンドラ。

 睦月は明らかに繕ったような苦笑いを零してはいたが、自ら口にしたように表向きの潮目

は確実に変わっている。先日スクープとして報じられた、敵本丸へのメスがその一例だ。プ

ライド一派に蝕まれ、その信頼も失墜して現在混乱中の飛鳥崎当局。そんな彼らに代わり、

政府のある首都集積都市から、捜査チームが派遣されるのだとか。

 同社はアウター達を生み出す苗床、リアナイザの製造・販売元だ。

 これで供給の大元が断たれ、連中への取り締まりが進んでくれればいいのだが……。

「どうだろうな。俺は寧ろ、逆の印象を思っているが」

 しかし対する親友・皆人は、そんな何とか不安を繕おうする睦月に対して冷淡だ。一見す

れば思いやりに欠けるような言い方だが、その懐疑的な態度にはいつも必ず理由が在る。

「違法改造の証拠があるかどうか以前に──奴らには、洗脳能力を持つグリードがいる」

『……』

 そうなのだ。どれだけ奴らの正体が公にされ、正式に捜査のメスが入ろうとも、相手は文

字通りの化け物。個々の能力が事細かにバレていない以上、対世間的には誤魔化そうと思え

ばまだ何とでも誤魔化しが利く。

「それより──」

 だがちょうど、そんな時だったのだ。思わず睦月とパンドラが押し黙ってしまい、皆人が

続いて何かを言い出す素振りをみせた次の瞬間、ふと教室の扉が開いた。ガラガラと片手で

引き戸を、もう片方の手で出席簿のタブレットを抱えた、丸眼鏡の女性教諭──トヨみんこ

と担任の豊川先生である。新学期を迎えても、ふわふわのんびりとした雰囲気は相変わらず

のようだ。

 その姿を認めて、ぱたぱたっとそれぞれの席に戻ってゆくクラスメート達。

 彼女はそんな久しぶりの教え子達を、ウェーブの掛かった髪を軽く揺らしながら見渡す。

「はいはーい。皆さんおはようございまーす。お久しぶりですねー。ではホームルームを始

める、その前に~……。今日は皆さんに、転校生を紹介しますっ」

 ざわ……。故に直後教室内は、にわかに緊張に包まれた。或いは男子女子を問わず、ミー

ハーな者達が醸し出す好奇心だろうか。

 転校生? こんな中途半端な時期に?

 睦月や海沙、宙、仁といった他の仲間達もこれに交じり、怪訝に疑問符を浮かべている。

思わずざわめいたり、顔を見合わせていた面々の中で、何故か皆人と國子だけは努めて平静

を保つようにきちんと座っている。真っ直ぐに正面──豊川先生の立つ教壇と、扉の方を見

つめている。

「ささ。入って来て、入って来て♪」

「し、失礼します……」

『──!?』

 だからこそ次の瞬間、そう彼女に促されて入って来た人物の姿に、睦月以下クラスの面々

は度肝を抜かれて。

 ガラリと、控えめに再び開けられた扉から、酷くおっかなびっくりで正面に立った足音。

玄武台ブダイの緑鉄色ではなく、白と空色を基調としたシャツ──学園コクガクの制服に身を包んだ、短め

のおさげをゴムで結わった素朴な印象の少女。

「は、初めまして! きょ、今日からお世話になりますっ、七波由香ですっ!」

『……』

 絶句する。睦月達にとっても、他のクラスメート達にとっても、彼女は嫌でも見覚えのあ

る人物だったからだ。それは当人も重々解っているのか、自身のガチガチの緊張をごり押す

かのように、予め何度も復唱していたと思しき台詞をぎゅっと、目を瞑ったまま一気に捲し

立てる。

 元玄武台高校一年・七波由香。

 他ならぬ先の中央署の一件の際、筧に決死のSOSを残した、渦中の人物である──。

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