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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-43.Gossip/渦中の彼らは
326/526

43-(0) 報復

▼シーズン4『Confusion with Vanguard』開始

 先の飛鳥崎中央署の一件以来、ネット上ではその一部始終──守護騎士ヴァンガード達とプライドこと

白鳥涼一郎らとの戦いの映像が、次々に投稿・拡散されていた。連日祭りのように取り上げ

ていた各種メディアの報道も、政府が件の怪人──越境種アウターこと電脳生命体の存在を公式に認

め、本格的な対応に乗り出したことで下火になっていたが、その後も尚有志達による検証と

憶測は繰り返されている。

 それはひとえに──人々の理解欲リテラシーが故だったのだろうか? いやその実、単純な好奇心だ

ったのかもしれない。

 “繕われたオフィシャルな声明を鵜呑みにしない”。

 かねてより積み上げられていた、公権力への不信。或いは全幅には程遠い信頼。

 それらはことネット民を中心として、執拗なまでの疑義と攻撃性を孕んでゆく……。


「──全く。やってくれたな」

 事の発端は、事件のあったすぐ後にまで遡る。

 飛鳥崎の地下、南部ポートランドの一角に潜む“蝕卓ファミリー”のアジトに、人間態のプライドこ

と白鳥を始めとした幹部達が一堂に会していた。薄暗い室内、やや楕円形の円卓に着いた彼

らに詰るような眼差しを向けられているのは、同じ七席の一人のエンヴィーこと勇である。

「すみません……」

 つい先刻、彼ら“蝕卓ファミリー”は敗北──大きな痛手を負った。これまで自分達の存在を揉み消

すのに好都合だった、飛鳥崎当局内への掌握を、守護騎士ヴァンガードとそのシンパらによって破られて

しまったのだ。

 こと現場に居合わせ、指揮を執っていたプライドにとっては許せない出来事だった。実力

も兵力も間違いなくこちらの方が上だった筈なのに、猪口才な人間どもの再三の抵抗に遭っ

た挙句、自身の正体さえも暴かれてしまったのだから。

「謝って済んだら警察は要らないわよ。で、どうすんの? これまでプライドが色々手を回

せてたルートも、これでパァよ? これまでみたいに、他の個体達に好き勝手やらせるのは

厳しくなるんじゃない?」

「だろうなあ。まぁ今までだって、ちょいちょい悪目立ちする奴は出てたけどよ」

「それとこれは別ですよ。拠点を一つ潰されたというのが大きい。第五研究所ラボの件もありま

すしね」

「む……。あれは奴らが……。いいでしょ? データは全部持ち出したし、後始末も済ませ

たんだから」

「その“合成”個体も、守護騎士やつにやられた訳だがな。以前にも増して、明らかに強くなっ

てやがる」

「……むう」

「ねぇねぇ、ラストは? シンも来てないみたいだけどォ~?」

「召集は掛けましたよ。面倒なお供を振り切らないといけませんし、その内来るでしょう。

シンは……今回の件で、既に方々へ手を回しに行っているようです」

 プライドら残りの五人にじっと睨まれ、見つめられて、勇は只々そう頭を垂れて謝るしか

なかった。動揺で頭の中が幾度となくグチャグチャになり、焦点が合わずに揺れている。何

よりも怖かった。今回の失態で、行く当てを失くした自分を拾ってくれた、プライドに見捨

てられてしまうのではないか? と。

 ただ……確かに七波由香を逃してしまったことは、結果的に今回全体の撤退を招いてしま

ったが、彼女の留守電を再生したのは他ならぬプライドさんだ。直接の切欠はそれで、自分

もまさか、あんなメッセージをぶち込まれているとは予想もしていなかった。

 しかし言えない。そんな反論というか、言い訳じみた抵抗など……。

「今度こそだ。今度こそ、あの女と筧兵悟を始末しろ。私達に歯向かう人間どもは、骨の髄

まで解らせてやらねばならん。障害となるものは排除せねばならん」

 分かったな? 故に勇は、改めてそうプライドから厳命されたのだった。報復と排除、今

回の失態をぶち込んできた七波由香と筧兵悟には、何としてでも消えて貰わねばならない。

「忌々しいが、私の方は暫く表立って動き辛くなるだろうからな。この人間──白鳥涼一郎

の顔は割れてしまったし、本来の姿は言わずもがなだ」

「……はい。必ず」

 敢えて頭を垂れたまま、勇はギュッと唇を結びつつ静かに答えていた。遠回しに非難され

ていると思しきその捨て台詞を、踵を返して全身──背中で受け取り、一人薄暗いアジトを

後にする。

 そうして暫く彼の姿が見えなくなるまで見送った後、扉が閉まるのを見計らうようにして

から、スロースが気だるげに言った。

「……よかったの? てっきりあんたのことだから、この場であの子の首を飛ばすかと思っ

てたんだけど」

「私を何だと思ってる……。勇も私達七席の一人だ。それに、龍咆騎士ヴァハムートの装着者をまた見繕

ってくるのも面倒だしな」

 ふーん? 彼女の言いように、プライドは若干眉根を寄せたが、それでもあくまで彼自身

は冷徹を貫くようだった。スロースもスロースでそれ以上特に追及はせず、そもそも興味は

ないようで、他の面々と同様自分の席で手持無沙汰にしている。

「それよりも……。お前達に、頼みがある」

 だが次の瞬間、プライドはおもむろに立ち上がると、残る彼女らにそう言ったのだった。

 スロースやグリード、グラトニー。普段“売人”を務める三人は勿論、七席の司令塔を自

任するラースも、じっとその眼鏡の奥からこの言葉と動きを見つめている。

「何ですか?」

「もしかして……私達まで尻拭い?」

「例のアレがあるし、あんまし時間はねえぞ?」

「構わんさ。念の為の保険だ」

 やや面倒そうな、彼らの声。

 それでも当のプライドは、尚もそう淡々としていた。冷静に冷徹に、次に取り得る自分達

の手を、着実に打ってゆくという強い意志が感じられた。

 いや──実際その“感情”には、激しい苛立ちが含まれていたのかもしれない。

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