43-(0) 報復
▼シーズン4『Confusion with Vanguard』開始
先の飛鳥崎中央署の一件以来、ネット上ではその一部始終──守護騎士達とプライドこと
白鳥涼一郎らとの戦いの映像が、次々に投稿・拡散されていた。連日祭りのように取り上げ
ていた各種メディアの報道も、政府が件の怪人──越境種こと電脳生命体の存在を公式に認
め、本格的な対応に乗り出したことで下火になっていたが、その後も尚有志達による検証と
憶測は繰り返されている。
それはひとえに──人々の理解欲が故だったのだろうか? いやその実、単純な好奇心だ
ったのかもしれない。
“繕われた声明を鵜呑みにしない”。
かねてより積み上げられていた、公権力への不信。或いは全幅には程遠い信頼。
それらはことネット民を中心として、執拗なまでの疑義と攻撃性を孕んでゆく……。
「──全く。やってくれたな」
事の発端は、事件のあったすぐ後にまで遡る。
飛鳥崎の地下、南部ポートランドの一角に潜む“蝕卓”のアジトに、人間態のプライドこ
と白鳥を始めとした幹部達が一堂に会していた。薄暗い室内、やや楕円形の円卓に着いた彼
らに詰るような眼差しを向けられているのは、同じ七席の一人のエンヴィーこと勇である。
「すみません……」
つい先刻、彼ら“蝕卓”は敗北──大きな痛手を負った。これまで自分達の存在を揉み消
すのに好都合だった、飛鳥崎当局内への掌握を、守護騎士とそのシンパらによって破られて
しまったのだ。
こと現場に居合わせ、指揮を執っていたプライドにとっては許せない出来事だった。実力
も兵力も間違いなくこちらの方が上だった筈なのに、猪口才な人間どもの再三の抵抗に遭っ
た挙句、自身の正体さえも暴かれてしまったのだから。
「謝って済んだら警察は要らないわよ。で、どうすんの? これまでプライドが色々手を回
せてたルートも、これでパァよ? これまでみたいに、他の個体達に好き勝手やらせるのは
厳しくなるんじゃない?」
「だろうなあ。まぁ今までだって、ちょいちょい悪目立ちする奴は出てたけどよ」
「それとこれは別ですよ。拠点を一つ潰されたというのが大きい。第五研究所の件もありま
すしね」
「む……。あれは奴らが……。いいでしょ? データは全部持ち出したし、後始末も済ませ
たんだから」
「その“合成”個体も、守護騎士にやられた訳だがな。以前にも増して、明らかに強くなっ
てやがる」
「……むう」
「ねぇねぇ、ラストは? シンも来てないみたいだけどォ~?」
「召集は掛けましたよ。面倒なお供を振り切らないといけませんし、その内来るでしょう。
シンは……今回の件で、既に方々へ手を回しに行っているようです」
プライドら残りの五人にじっと睨まれ、見つめられて、勇は只々そう頭を垂れて謝るしか
なかった。動揺で頭の中が幾度となくグチャグチャになり、焦点が合わずに揺れている。何
よりも怖かった。今回の失態で、行く当てを失くした自分を拾ってくれた、プライドに見捨
てられてしまうのではないか? と。
ただ……確かに七波由香を逃してしまったことは、結果的に今回全体の撤退を招いてしま
ったが、彼女の留守電を再生したのは他ならぬプライドさんだ。直接の切欠はそれで、自分
もまさか、あんなメッセージをぶち込まれているとは予想もしていなかった。
しかし言えない。そんな反論というか、言い訳じみた抵抗など……。
「今度こそだ。今度こそ、あの女と筧兵悟を始末しろ。私達に歯向かう人間どもは、骨の髄
まで解らせてやらねばならん。障害となるものは排除せねばならん」
分かったな? 故に勇は、改めてそうプライドから厳命されたのだった。報復と排除、今
回の失態をぶち込んできた七波由香と筧兵悟には、何としてでも消えて貰わねばならない。
「忌々しいが、私の方は暫く表立って動き辛くなるだろうからな。この人間──白鳥涼一郎
の顔は割れてしまったし、本来の姿は言わずもがなだ」
「……はい。必ず」
敢えて頭を垂れたまま、勇はギュッと唇を結びつつ静かに答えていた。遠回しに非難され
ていると思しきその捨て台詞を、踵を返して全身──背中で受け取り、一人薄暗いアジトを
後にする。
そうして暫く彼の姿が見えなくなるまで見送った後、扉が閉まるのを見計らうようにして
から、スロースが気だるげに言った。
「……よかったの? てっきりあんたのことだから、この場であの子の首を飛ばすかと思っ
てたんだけど」
「私を何だと思ってる……。勇も私達七席の一人だ。それに、龍咆騎士の装着者をまた見繕
ってくるのも面倒だしな」
ふーん? 彼女の言いように、プライドは若干眉根を寄せたが、それでもあくまで彼自身
は冷徹を貫くようだった。スロースもスロースでそれ以上特に追及はせず、そもそも興味は
ないようで、他の面々と同様自分の席で手持無沙汰にしている。
「それよりも……。お前達に、頼みがある」
だが次の瞬間、プライドはおもむろに立ち上がると、残る彼女らにそう言ったのだった。
スロースやグリード、グラトニー。普段“売人”を務める三人は勿論、七席の司令塔を自
任するラースも、じっとその眼鏡の奥からこの言葉と動きを見つめている。
「何ですか?」
「もしかして……私達まで尻拭い?」
「例のアレがあるし、あんまし時間はねえぞ?」
「構わんさ。念の為の保険だ」
やや面倒そうな、彼らの声。
それでも当のプライドは、尚もそう淡々としていた。冷静に冷徹に、次に取り得る自分達
の手を、着実に打ってゆくという強い意志が感じられた。
いや──実際その“感情”には、激しい苛立ちが含まれていたのかもしれない。




