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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-42.Pride/明日を拓く一閃
325/526

42-(6) 疾き日々の中で

 シン達にアジトへ迎え入れられた後、私は蝕卓ファミリー七席が一人・プライドとして、本来の任務

に従事し始めた。その内容は大きく分けて二つ。一つは同胞達を育てる為、その繰り手ハンドラーとな

る人間に真造リアナイザを授けること。もう一つは残り四席に相応しい個体を見出し、組織

自体を強化することだ。

 時系列的には、最初にスロース──オリジナルの少女を殺害した後、街を彷徨っている所

を保護した。ラースはその自壊した信仰心の末に、凶行に及んだ町外れの神父・来栖信彦を

始末する現場に立ち会った上で合流。ラストは一度私に戦いを挑んできた。どうやら自身の

繰り手ハンドラーを守るべく牙を剥いたようだが……私の敵ではない。とうに実体化も果たし、優れた

戦闘能力も備えているというのに、妙な奴だった。

 勇ことエンヴィーは……今更語る必要も無いだろう。当時の私はまさか、自分が一人の人

間にあそこまで肩入れするとは想像だにしなかっただろう。まだまだ浅慮な所はあるが、育

て上げればきっと強力な駒になる。

 更に私は併行して、別の任務もこなした。私のオリジナル・白鳥涼一郎の姿とシンが取得

した市民籍を使い、飛鳥崎当局の関係者に成りすました。目的は言わずもがな、工作活動で

ある。いくら私達が人間を超える力を持つ存在であろうとも、この地上が彼らの文明社会に

席巻されてしまっている以上、事が起きれば内々に揉み消す必要がある。ただでさえ進化済

みの個体達は、個性というか我が強過ぎるのだ。水面下でその総数が増えるの従い、私達は

彼らの起こすトラブルの処理に煩わされるようになった。尤もあまりに度の過ぎる者達は、

蝕卓ファミリーの名の下、一人また一人と粛清されていったのだが。

『──私の名は、アーマー・ライノ』

『──私の名は、マッシュ・ムーン』

『我々は“蝕卓ファミリー”七席が一人、プライド様に忠誠を誓います』

 角野や円谷を筆頭に、私はじっくり時間を掛けて、中央署内の者達を同胞らに取り換えて

いった。人間とは実に騙し易い。大きな肩書きを一つ見せつけてやれば、掌を返したかのよ

うに従順になるのだから。……精々、利用し尽くしてやる。

 多くの同胞達・部下を率い、任されるようになって、私は自らの中に今まで以上の自信と

力が漲ってくるように感じていた。対人間工作の要であるという自負以上に、もっと物理的

に私という存在が大きくなってゆく、そのような高揚感が在ったのだ。

『行くぞ』

 全ては我らが目的の為。悲願達成の為。

 我々は──人間を超える。


「今朝、辞表を出してきた。あそこはもう、俺のいるべき場所じゃない」

 後日睦月達は、司令室コンソールへの隠し道の一つがある寂れた公園に来ていた。他に人気のない園

内には、一人ベンチに座ったままの筧がおり、近付いていった早々そんな報告を受ける。

「ふえっ!?」

「辞めたって、そんな……」

「そ、そうですよ! 折角皆にも、無実だって解って貰えたのに……!」

「一旦押された烙印はそう簡単には消えねえよ。それは、これまで散々捕まえてきた側の俺

が、よく分かってる」

 あれから数日経って、彼は随分とやつれてしまったようだった。肉体的にというか、精神

的な意味でだ。突然の告白に睦月や海沙、宙などは激しく動揺したが、皆人や冴島といった

面々は、逆に安易な言葉を掛けることを躊躇った。フッとらしくなく自嘲的に笑い、筧は何

処か焦点の合っていないような目で続ける。

「……身を置いていた組織も、信じるべき正義も、刑事デカとしての誇りも。何より由良という

相棒を失った。死なせちまったんだ。俺がもっと正しい選択をしていれば、他に違った結末

があったのかもしれねえがな」

「筧さん……」

「刑事さん……」

『……』

「それは、結果論じゃないんですか?」

 思わず押し黙り、ろくな慰みも掛けられない睦月達。

 それでも冴島だけは、寧ろムッと言い返すかのようだった。表情はいつもの穏やかそうな

好青年だったが、彼のそんな弱音をすんなり受け入れるべきではないと考えたのだろう。

 筧は、何も答えなかった。ただ一通り吐き出して、暫くぼうっとベンチに座ったまま無力

感に包まれている。

「……これから、どうするんですか?」

「分からん。正直俺もどうしたらいいモンか……。ともかく暫くは、考える時間が欲しい」

 皆人の問いにも、筧は終始沈んだ面持ちのまま、曖昧な言葉しか返さなかった。冴島以上

にじっと睨み付けるような彼からの眼差しにも、これといって平素の反骨心を見せる訳でも

なく、やがてゆっくりと立ち上がる。

「じゃあな」

 そのまま面々の間を抜け、ひらひらと弱々しく片手を振りながら立ち去ってゆく筧。そん

な豹変してしまった彼の後ろ姿に、睦月達はまともに引き留めることすら出来ない。

「……何でこんな事に。無実も勝ち取れたし、プライド達にも一泡吹かせてやれたじゃん」

「彼としては、ちゃんと区切りを付けたかったんだろうな……。事件が明るみに出て、今後

組織内の浄化が進んでゆく筈だが、その切欠を作った自分にはもう居場所など残っていない

と判断したんだろう」

 そんな……。宙や海沙が酷く落胆する。皆人は淡々と、遠くなり、やがて見えなくなって

ゆく筧の後ろ姿を見送ったまま、そうあくまで自身の分析・観測を述べるに留まった。

「……」

 だが誰よりも、この結末を惜しんだのは睦月だ。ぎゅっと密かに唇を強く結び、両の拳を

握り締めて自らの中に湧き起こる“敗北感”に耐える。

 まただ。また必死に戦ったにも拘わらず、守れたものと守れなかったものがある。その双

方のバランスが、酷く偏ってしまったような気がする。守る為に振るった力と、その過程で

払った犠牲の釣り合いがどうしても取れない。酷く哀しい──後悔の念だった。

「そろそろ、俺達も行こう。この前話した通り、また暫くしない内に戦いは始まる。今の内

に英気を養っておくんだ。反省する点もあるだろうが、今は一時の休息を……」

『夏休みを満喫!?』

「いや、その前に宿題を終わらせるぞ。アウターが出現れば、またいつ対策チームとして出

動になるか分からないからな」

 うぇぇぇーッ!? 休息の一言で反射的に目を輝かせた仁と宙が、直後あっさりとそれを

否定してくる皆人のそれに、盛大にずっこけた。それまで陰鬱になっていた空気が、一挙に

弛緩する。

 或いはこれすら親友ともの計算の内なのか、各々が何となく打破しようと探り合っていた中で

ノってみただけなのか。

 実際の所は分からないが、睦月や他の面々も思わず小さく吹き出してしまう。

『……ぷっ』

「あははは……」

 睦月が、デバイスの中のパンドラが笑った。同じく苦笑いを浮かべる海沙や冴島に起こさ

れつつ、仁と宙が「ヴぁ~」と蕩けたような表情になってぐったりとしている。そんな二人

を見下ろしながら、皆人はやれやれといった様子で眉間に皺を寄せていた。また別の意味で

もって、今後も難儀しそうである。

「ふふ……」

 沸き出る苦笑を堪えながら、小さく漏らす息。

 密かに仰いでみた空は、清々しいほどに青かった。

 長いようで短い、睦月達の夏が、かくして怒涛のように過ぎてゆく──。

                                  -Episode END-

▲シーズン3『Justice for Vanguard』了

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