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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-42.Pride/明日を拓く一閃
324/526

42-(5) またの名を

 飛鳥崎中央署を巡る一連の事件に、一区切りがついた、その数日後。

 この日、首都集積都市・首相官邸内において、とある記者会見が行われていた。事前にそ

の大よその話題について聞き及んでいたメディア各社は、こぞってこの会見が行われる一室

に集まっている。

「──以上が、我々政府が確認した内容となります。前代未聞の事態ではありますが、これ

らは従来の技術体系にはなかった、新しいテロリズムとそれらに扇動された者達による犯行

と認識しております」

 会見の席に臨んだのは、長井官房長官。若き首相・竹市を陰でサポートする地味ながらも

老練な政治家の一人だ。

『……』

 記者達は、最初総じて唖然とした表情で固まっていた。何分荒唐無稽な話で、すぐには発

表された“事実”に頭が追い付かない。メモや録音を取る手がすっかり止まっている。

 曰く、同じ集積都市の一つ飛鳥崎の当局に、新興のテロリストが潜入していたこと。何よ

りもその組織が、これまでになかった全く新しい兵器を生み出し、同市を中心として暗躍を

続けていたということ。

 “電脳生命体”──長井もとい政府が公式に発表したその名はやや堅苦しく、且つ急ごし

らえの感が否めないものだった。筧兵悟の配信映像では、越境種アウターという呼称が使われていた

が、政府としては安易に俗称を取り入れるべきではないと判断したのだろう。或いはそのよ

うな何処か「軽い」ネーミングでは、この事実を知らされた人々に、きちんと緊張感や警戒

心を周知できないと考えたのか。

 暫くぼうっと設けられた席に座っていた記者達だったが、そう淡々と一連の発表を続ける

長井の声にハッと我に返り、慌ててメモの続きを走らせてゆく。

 これは……重大な情報だ。

 電脳生命体もとい越境種アウターを生み出した組織は、既に飛鳥崎を中心に勢力を伸ばしているら

しい。今回の一件はそうした事実が表面化したに過ぎず、もし筧兵悟らの身を賭した告発リーク

無ければ、自分達は未だにこれらの深刻な事態を気付かずにすらいた可能性が高い。

「長官。今回、その組織の者達を退けた勢力についてですが……」

「現在調査中です。ただ間違いないのは、我々が一連の事態を把握するよりも以前から、彼

らに対抗しようとする勢力──有志連合が存在してきたという事実のみです」

 記者からの質問に、長井はそう変わらず淡々と答えていた。それが彼の地であるのか、或

いは役職柄、必然的に備わった態度であるのかは判然としない。ただ彼は、政府のスポーク

スマンとして、自分達以外の第三勢力の存在を認めたのだった。

「現在政府としては、この有志連合との接触を図っており、その協力を得て一日も早くこの

組織の壊滅を目指すものであります」

「長官! アウ──電脳生命体の、詳しい情報は!?」

「このような事態を今まで放置していた飛鳥崎当局ないし、政府としての責任についてはど

のようにお考えですか!?」

「……確認が取れ次第、必要に応じて発表の場を設けさせていただきます。先ずは一連の事

件における被害状況の把握と、適切な処分を進めることが最優先であると考えます。民間の

有志にこのような危険を冒させたことは、極めて遺憾ではありますが……」

 淡々と、記者達の質問攻勢にも長年の経験で動じることもなく、長井は下手に情報を出す

ような真似はしなかった。それでも最後に、やや控えめにそう遺憾の意を表明したのは、彼

なりの誠意だったのか。或いはそれさえも予め打ち合わせてあった内容なのか。

 長井は最後に、政府を代表して深々と頭を下げた。

 出席した記者達がここぞとカメラのフラッシュを焚く中、彼はやはり淡々と事務的な口調

で会見を見ているであろう全ての人々に呼び掛ける。

「国民の皆様には、多大なるご迷惑と心配をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございません。

ですが件の組織本体はまだ生きており、今後も電脳生命体によるテロ行為は散発するものと

考えられます。今後も各自警戒を怠らず、もし不審な人物を見かければ、最寄の警察署ない

し政府出先機関へご報告してくださるようお願い申し上げます──」


「やれやれ、だな」

 時を前後して、飛鳥崎の地下に広がる対策チームのアジト、司令室コンソール

 政府による会見の様子は、同基地に集まった皆人達面々もリアルタイムで視聴していた。

既にネットを中心に各地で波紋が広まってはいるが、正直自分達にとってはようやく、これ

まで秘匿し続けるしかなかったものが緩んだという程度の認識でしかない。会見では具体的

に対策チームや、自分達の名前は出なかった。この先も大丈夫という保証は無いが、一先ず

身バレする所までには至っていないようだ。

「政府にパイプを持っている協力者達が、事前に手を回してくれたお陰だ。これで一連の案

件が綺麗に片付いた──俺達の有利な形で終わった。本当に、大変な戦いだったが、頑張っ

てくれてありがとう」

 表情は相変わらず、至ってクソがつく程に真面目に。

 だが司令官たる皆人から直々にそう礼を言われたことで、仲間達も悪い気はしなかった。

冴島や國子、萬波達が静かに微笑わらい、頷く。仁や海沙、宙などは得意げに胸を張ったり照れ

臭そうにしていたが、一方で萬波ら研究部門の面々と一緒に立つ香月だけは、何処か困った

ような浮かない表情かおをしている。

『尤も、大変なのはこれからだろう。今回の一件で一番被害を受けたのは他ならぬ当局だ。

あちらは混乱の真っ只中だし、会見すら開ける状態じゃない』

 それでも、まだまだ気が抜けないというのはこの場にいる全員共通の理解だったのか、次

の瞬間通信越しに発言した皆継──及び有志連合のスポンサー達の表情は硬い。重要な戦い

に勝利したことよりも、思案は既にその先のゴタゴタ、内部的なパワーゲームの方へと向か

い始めている。

「組織の中枢に、蝕卓やつらの仲間がゴロゴロしてましたからねえ……」

「そもそも本当にこれで全部? っていう疑いも残ってるだろうしね」

「ただ、そんな状況だからこそ、政府を動かせたという面も否めません」

 仁や冴島、國子が皆継の発言に、そう少なからず肩を竦めて応えた。彼女の言う通り、今

回政府への働きかけが成功したのも、肝心の飛鳥崎当局の自浄作用が当面見込めないという

状況による所が大きい。要するに“打算”同士が噛み合った結果でしかないのだ。政府とし

ても、これ以上対応が後手後手に回れば、国民からの突き上げは避けられない。少しでも自

分達が受けるダメージを減らす為、多少前代未聞な事件でも真正面から取り扱う他なかった

のだろう。

「……思ってた以上に、大事になっちゃったね」

 そして何処かそう哀しげに呟いたのは、睦月だった。間隔と回復を置いたとはいえ、先日

の戦いで連続して強化換装を使用し、数日ずっと眠っていたのだ。哀しげに苦笑わらうその表情

にはまだ、少なからず疲労の色が見える。

「そうだな。結果良い方向に転んだとはいえ、予想外のこともあったし……」

 言って皆人がチラッと室内の一角を──壁際にぶすっと不機嫌面で寄り掛かっている筧の

姿を見遣る。彼もまた、先日の戦いの後再び回収されてきたのだ。視線を向けられた彼自身

も解っているのだろう。言わずもがな、七波の件だ。

「予想外もクソもあるか。大体、お前らの作戦を事前に教えといてくれれば、あの子まで巻

き込まずに済んだかもしれねえのに……」

「貴方のデバイスを持ち出したのは、白鳥です。どのみち俺達に制御できる事柄じゃありま

せんでしたよ」

 ああ言えばこう言う。相変わらず、二人の相性は悪かった。まあまあ……。眉間に皺を寄

せて睨み合い始めた二人を、睦月や海沙達が慌てて仲裁に入る。尤も今回は、そこまで露骨

に拳を振り上げようとする類の喧嘩ではない。形は違うにせよ、きっと彼女の身を心配する

気持ち自体は同じなのだろう。

「……ったく。やっぱりお前のやり方は気に食わねえ」

「気に入る気に入らないの問題ではありませんよ。どうすれば必要な結果を得られるか? 

俺の、司令官としての使命はただその一点です」

 チッ。尚も減らず口を叩く皆人を、筧はやはり好きにはなれないようだった。元より何度

も自身を策の中に組み込まれ、利用されてきたのだ。刑事デカの誇り云々よりも、一人の大人と

して悔しいのかもしれない。睦月達は無言のまま苦笑わらっている。

「……これで蝕卓ファミリーの大骨を一つ、砕くことができたね」

「ええ。ですが今回の一件で、奴らもこちらに対する戦略を変えざるを得ないでしょう。戦

いは寧ろ、これからです」

 そうして冴島の、一旦場を仕切り直すような一言に、皆人は頷いた。改めてこの秘密基地

内に集う仲間達をざっと見渡して、彼は終始生真面目な表情かおを貫いて言う。

「皆、気を引き締めろ。この先どうなってゆくかは、俺にも分からない」

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