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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-42.Pride/明日を拓く一閃
322/526

42-(3) 新旧三巨頭

 時を前後して、首都集積都市・東京某所。

 普段関係者以外は立ち入れない会議室の一つに、健臣はいた。決して広くはないその室内

の楕円テーブルには、秘書の中谷ともう一人別の人物が着いている。

「俺ぁ、悪夢でも見せられてるのか……?」

 びしりと後ろへ撫で付けられた白髪交じりの頭と、浅黒く彫りの深い厳つい顔立ち。

 彼の名は、梅津いさお。かつて健臣の父・雅臣らと共に、この国における大改革と“新時代”

の到来を牽引した三巨頭の一人であり、またの名を“雷の梅津”──現公安内務大臣にして、

自他共に厳しい性格で知られる警察行政のプロフェッショナルである。

 そのため政治家としてのキャリアは、健臣と比べれば文字通り天と地ほどの差があるが、

付き合い自体は非常に長い。それこそこの盟友の息子を、物心がつく前から知っている。

『……』

 彼と健臣、そして中谷は、室内に持ち込んだノートPCでとある映像を視ていた。そこに

映し出されていたのは先刻からネット上で拡散されている事件、同じ集積都市・飛鳥崎内で

起きた攻防の一部始終であり、大元のライブ配信が途絶えてしまった今も無名の有志達が保

存していたそれをアップし続けている。

「こいつが……お前の言ってた“事件”か」

 戸惑いの部分が大きいのか、まだ普段ほど威圧感を全開にしている様子はない。

 だが梅津がそうじろっとこちらに横目を遣ってきた時、健臣は内心何と説明したら良いだ

ろうと困っていた。

 映像には飛鳥崎中央署、その内部と思われる一室と──筧兵悟の肉声が音声されていた。

例の同僚殺しの疑いを掛けられている、同署の刑事である。映像はどうやら彼の主観、所持

していたデバイスから隠し撮りされていたようで、画面にはそんな彼と相対する飛鳥崎当局

の幹部・白鳥らの様子が主に映っている。

 怪人、越境種アウター? 組織内に侵食している、謎の勢力?

 彼女に頼まれたからこそ、梅津にもこうして時間を割いて貰ったとはいえ、正直健臣自身

も目の前で拡散されているこの情報に酷く混乱していた。

 にわかには信じ難い。だが以前、自分も現地に赴いた際、似たものに遭遇した事がある。

 つまりそういう事なのか? 香月、これが君の言っていた……?

「……嘘みたいだが、本当の話っぽいな。俺の方にも、かねてから報告は上がってた。あち

こちで出没してるっていう不可解事件──怪人の噂はな」

「そう……だったんですか」

「ああ。特に飛鳥崎あそこは突出して件数が多いみてぇなんだよ。まぁきちんと統計を取るまでは

してねぇから、あくまで俺の個人的な観測範囲での話でしかないんだが」

 殆どアップされた映像は、ある段階で真っ暗なノイズが走って途絶えていた。自らの正体

を世に拡散されて怒り狂った白鳥ことプライドに、元のデバイスの持ち主である筧もろとも

攻撃されて吹き飛んでしまったからである。

 中には元映像に編集を施し、現地中央署前での混乱を撮影・追加してある投稿も在った。

ただあまりに混戦模様が酷いため、そのフォーカスは何度も逃げ回るように移動し、肝心の

怪人達を捉えたというには不十分なものも多い。

 それでも……場の健臣ら三人は、終始重苦しい沈黙を続けていた。

 梅津の方は、生来の厳つい風貌も相まってそれほど違和感はないが、健臣と中谷は内心気

が気ではなかった。今回は自分達が声を掛けてわざわざ時間を作って貰ったのに、一体何と

説明すれば良いものやら。ただ「政府として追認して欲しい」と頼んだ所で、彼にその事情

を問われるのは必至だろう。二つ返事で引き受けてしまった所為もあるが、まさかこんな荒

唐無稽な事件だとは思いもしなかった……。

(拙いです、よね? これ)

(ああ。仮に怪人達のシンパが潜り込んでいたとして、それが白鳥警視──現役の警察官僚

となると……)

 それでも先ずもってそんな部分を心配する辺り、やはり思考回路は政治家である。

 健臣と中谷は、そうヒソヒソと困った風に話し合っていた。梅津さんとは幼い頃からの付

き合いだし、きちんと事情を話した上で納得して貰いたいのだけれど……。

「正直、あんな連中が本当にいるってことにも驚いたが……。そんな連中と戦っている奴ら

ってのも、またいるんだな」

「……ええ」

 梅津曰く、少なくとも政府内でそのような治安部隊がいるとは聞いたことが無いという。

公安内部大臣──警察組織を束ねる長たる彼がそう言うのだから、間違いはないだろう。

 となれば、民間の有志? だがそのような組織は限られてくる筈だ。組織自体の力や規模

も然り、あのような未知の怪人達を相手に立ち回れるほどの、特別な技術力……。

(まさか。もしかしなくても、香月かのじょが……?)

 健臣の脳裏に、かつて自身が愛した天才技術者と、彼女との間に生まれた我が子の成長し

た姿が浮かんだ。あの時は自らの命が狙われ、それ所ではなかったが──やはりあの奇妙な

パワードスーツを纏っていたのは、息子むつきなのだろう。

 見ず知らずの、明らかに何かトラブルを持ち込んで来そうな相手に対しても、臆すること

なく救いの手を差し伸べる。……香月、君は立派に母親をやれているよ。

「……参ったなあ」

 すると次の瞬間、暫くじっとアップされた映像達を見比べていた梅津が、大きく伸びをす

るように姿勢を崩した。ぽつりとそう呟き、ポリポリと白髪に随分と占領されてしまった後

頭部を掻くと言う。

「健臣。お前はこれを追認してくれって話だが、ここまで証拠映像ブツが出回っちまってる以上、

政府としての把握の出先はどうする?」

「それは……」

「元のライブ配信や拡散目的でアップされた分、既成事実はあるにしても、ぶっちゃけ裏が

取れないと厳しいぞ? これが例の向こうで起きるっていう事件で間違いないんなら、お前

にタレ込んできた奴は一体何者なんだよ?」

 故に健臣は、思わずきゅっと唇を結んだ。梅津の言いたい事は分かる。目の前の現実とし

てあのような不可解な破壊活動が行われているとしても、政府としてこれを肯定する以上、

その根拠となる情報を入手しておく必要がある。実際に開示するにせよしないにせよ、いざ

追及を受けた際、返答できる材料が無ければ、徒にリスクを背負い込むだけでしかない。

「……現地在住の、盟友ともです」

 しかし健臣は、秘してそのリーク元・香月の存在だけは、梅津に対しても告げなかった。

 彼女への信頼と、要らぬ火の粉を被らせないという強い意志。彼を信じていない訳ではな

いが、いざ彼女らの存在が明るみになった時、悪意をもってあの二人とその周囲の者達に接

触しようとする人間が出ないとも限らない。少なくともまだ──自身も詳しいことを聞いて

いない内は、全てを手放してしまうのは得策ではない……。

「……参ったなあ」

 あくまでそう頑なになる健臣に、梅津は盛大に嘆息をついた。中谷がその向かいで、内心

冷や冷やとしている。

 だが実の所、当の梅津は何処の誰かがはっきりしないという点よりも、更に“その先”を

心配していたのだ。自他に厳しいプロフェッショナルという以上に、今だけは気心の知れた

小父さんという体で彼は話し始める。

「こんな状況になった以上、そりゃあ政府として何かしらのアクションは必要だろうがな。

だがお前が、この話を俺に持って来たと正直に説明したとして、野党の連中が大人しくはい

そうですかって言うと思うか? 大方“何故未然に防げなかった!?”とか、下世話な噂を

引っ張り出して、政府こっちを叩く材料にするに決まってらあ」

 それはひとえに、政局にされかねない懸念と、単純に健臣──盟友の息子の政治生命を心

配したからこその態度だった。

 しかし当の対する健臣は、そんな彼の言葉と内に含んだ意図を汲んでも尚、結んだ唇を緩

めることはない。じっと真っ直ぐに、梅津を見つめて言う。

「……責任は、僕が取ります」

 だからこそ梅津は、直後盛大にため息をついたのだった。諦めたというか、予感していた

というか。椅子の背にぐぐっと体重を預け、眉間に皺を寄せながら、既に“次”へ向けた思

案に入っている。

「そう言うと思ったよ。一旦こうと決めたら梃子でもってのは、雅臣そっくりだな。まぁ俺

も、似たようなモンだけど……」

 本当に、要らぬ所まで真面目というか何というか。そんなホイホイと“言質”を与えるよ

うな真似をしたら、すぐに奴らはお前の首を取りに来るんだぞ……? 梅津は内心、かつて

の盟友とこの目の前の、決定的な違い──弱点に、ずっと昔から気付いている。

 つまりはタレコミ主への深い思い入れ。更に飛鳥崎在住というフレーズ。

 大方ダチか女か。そういやこいつは学生時分、飛鳥崎むこうに居たんだっけな……。

「ともかく、ここまで大事おおごとになっちまってる以上、俺一人で回すのは拙い。閣議が要る。お前

には悪ぃが、一旦話を官邸に持ち帰って──」

 ちょうど、そんな時だった。梅津がそう念には念をと、先ずは政権内の根回しから始めよ

うと立ち上がりかけた時、不意に部屋の扉がノックされて開いたのだ。カツカツと、数人の

人影が入ってくる。梅津と健臣、中谷の三人は、必然反射的にこの闖入者に身構えた。

「やあ。随分と大事になってるみたいだね?」

「!?」

「そっ、総理!?」

「お? 何だ。来てたのか」

 しかし現れたその姿を一目見て、健臣と中谷、梅津との間には大きな違いがあった。

 前者は驚きや動揺で硬くなっていたのに対して、後者は十数年来の友と談笑するかのよう

な、実に気さくなものだ。尤もそんな態度はあくまで公的な場ではないプライベートな空間

での話であって、審議や閣議などの仕事中においては、彼もまた一個の対等な大人として接

してはいるのだが。

「すっかり騒ぎになっているからねえ。そんな最中に、貴方達二人が揃って何処かに出掛け

ているとなれば……気になるじゃない?」

 屈強な黒服SP達を引き連れ、一見ニコニコと微笑みを絶やさない男性。体格は健臣より

もやや細身だが、確か年齢は四つほど上だった筈だ。

 竹市薫。三巨頭の残る一人、通称“仏の竹市”こと竹市喜助の息子であり、現在はこの国

の頂点──内閣総理大臣を務めている若きリーダーである。

「例の映像、見させて貰ったよ」

守護騎士ヴァンガードっていうのは……何なんだい?」

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