42-(1) 意志と強さと
「来たか……」
切望してきた宿敵の、満を持しての登場に、龍咆騎士姿の勇は静かに嗤っていた。
皆人以下仲間達の安堵や苦笑と、プライドやグリード、グラトニーらの渋面。
瞬く間に蹴散らされ、電子の塵になって四散していった配下のアウター達に情などという
ものは一切無かったが、代わりにこちら側の優位をことごとく崩されたことそれ自体に対す
る怒りが、プライドの中で激しく煮え滾っている。
(署内から出てきた……。という事は、残りの者達も──円谷も?)
自分達の目の前に現れた、仇敵・守護騎士。
先刻までの報告では、奴らは地下から攻め上がって来た際、これを警戒させていたムーン
と交戦状態に入った筈だ。にも拘わらず、奴だけがこうして後からやって来たという事は、
ムーンは敗れたと考えて間違いないだろう。仲間達を先に行かせて、事実筧を始末しようと
していた自分達の邪魔をし、自らは一対一に持ち込んで時間を稼ぐという格好で。
(何処までも……足掻いてくれる)
故にプライドは、ギリギリッと深く眉間に青筋を浮き立たせていた。尤も今は本来の怪人
態であるため、単眼の銀仮面であるその顔に目立った変化を見ることはできなかったが。
「……」
少なからぬ混戦の痕と、散り散りに逃げ惑う人々。辺りに染みつく恐怖と絶望。
睦月はパワードスーツの下から、暫くじっとそんな周囲を見渡していた。流石に幹部三人
と例の“合成”アウターがもう一体、加えて居合わせた市民を守りながらの戦いとなれば、
苦戦は免れなかった筈だ。事実自分が到着するまで奮戦してくれていたと見える皆人達は、
既にボロボロになってぐったりと広場のアスファルトに突っ伏しており、辛うじて駆け付け
たこちらを認めて弱々しく安堵の気配を見せている。
もう少し、僕が早く追い付いていたら……。
ぎゅっと両の拳を密かに握る。目の前に広がっているのは、紛れもないアウター達による
理不尽な破壊活動だ。
「……調子に乗るなよ。数の上じゃあ、まだまだこっちが上だ」
やれっ!! すると次の瞬間、苛立つグリードがざっと片手を払い、残った部下達に攻撃
を命じた。今度は自分達がやり返す番だと言わんばかりに、ぐるりと睦月を扇状に包囲しな
がら、その五指の銃口を一斉に開かんとする。
「──!? 待て!」
寸前これに、プライドが慌てて止めようと叫んでいた。こちらを睨み返すように半身を出
した、その身体の陰に隠すようにして、睦月の手首に何か嵌っているのが見えたからだ。
だが気付いた時には……もう遅かった。
命じられるがまま一斉に打ち込まれた、五指から放たれるエネルギー弾の雨霰。一見すれ
ば睦月はこれらをもろに受け、激しい火花と土煙の中に呑まれたように見えたが、はたして
プライドが自身の記憶から引っ張り出した「まさか」は当たってしまっていたのである。
『……』
にいっと、まるでそう静かにほくそ笑むかのような。
ゆっくりと土煙が晴れてゆく中で、守護騎士姿の睦月は倒れることなく立っていた。両腕
をクロスして防御し、故にその手首に嵌められた、見覚えのある腕輪型の装備に一同が目を
引かれる。
スクエル・コンシェル。相手のエネルギー系攻撃を吸収し、自身の力として変換・回復す
ることが出来るイエローカテゴリに属する武装の一つだ。
あれは──。グリードやグラトニー達も、程なくして理解した。以前に生産プラント内で
重傷を負わせたにも拘わらず、後に復活してとある進化体達を倒したというその理由ともな
ったこの腕輪を、ばつの悪さも合わせて忌々しく睨む。端っからこの為に、真正面から登場
してきたのだ。
バチバチと、まだ少しエネルギーの奔流が睦月の全身を駆けていた。ゆっくりと防御の構
えを解き、再び安堵する仲間達を遠く視界の先に捉えながら、睦月とパンドラはこの憎き敵
らに宣言する。
『エネルギー供給ありがとうね? これでマスターの傷も大分癒えたわ』
「じゃあ、反撃といこうか。白鳥、いやプライド。お前は──僕達の敵だ!!」
舐めるな! 睦月達の台詞に、グリード達が再び咆哮する。呼応するように次々に駆け出
して襲い掛かってくる配下のアウター達を、睦月は真正面から相手した。「スラッシュ!」
右手のEXリアナイザを剣撃モードにし、更にリザード・コンシェルの曲刀を左手に呼び出
して装備。全身に力を滾らせた二刀流でこれに突っ込んでゆき、巧みな受け流しと一閃のセ
ットでもって次々に斬り付けてゆく。火花を散らして、一体また一体とアウター達が大きく
よろめいて体勢を崩してゆく。
「っ……。今がチャンスだ! 皆、睦月に続け!」
『応ッ!!』
そんな彼をサポートするように、皆人以下仲間達も、ようやく痛んだ同期の姿を起こして
再びアウターらへと立ち向かってゆく。位置関係的にちょうど挟撃される形だ。プライドや
グリード、グラトニーにライノといった中心メンバーも、全くこれに対応しないという訳に
はいかない。
「守護騎士ォォーッ!!」
それでも尚、真っ直ぐ睦月に向かってくる者がある。他ならぬ勇だ。睦月とはある意味で
対をなす漆黒のパワードスーツ・龍咆騎士に身を包んだ彼は、初手から出し惜しみをせず、
改の追加機能で殴り掛かった。
『STEAM』
『DUSTER MODE』
装甲のあちこちからスライドして放出された熱量が、その拳鍔の棘に纏わり付きながら破
壊力を底上げし、再びこの宿敵をねじ伏せようとする。
「ナックル!」
『WEAPON CHANGE』
だがそんな相手に……睦月は果敢にも真正面から応じたのだ。
一度はまともに打ち合ってパワー負けしたのに……。ハッとなって視界にその姿を映す皆
人達だったが、結論からしてそんな記憶が過ぎったのは杞憂だった。何故なら今回に関して
言えば、睦月は勇に押し負けぬまま、激しい拳のぶつけ合いを続けたからである。
「ッ……。らぁっ!!」
「ふっ、だりゃあっ!!」
勇は正直、驚いていた。改以前でもパワーはこちらに分があったのに、今はそれを使って
火力を強化しても尚、押し切れない。
何つー気迫だ……。俺達を倒そうっていう意志が、ありありと感じられる……。
予想外の拮抗に、されど勇は嗤っていた。これならば存分に死力を尽くして戦える。こい
つを本当の意味で倒すことができる……。
(……? いや、それだけじゃない)
しかし次の瞬間、彼は気付いたのだった。睦月がこちらの力と速さについて来れるように
なったのは、何も闘志といった精神面だけの理由ではないということに。
吸われていたのだった。よく見ればさっきのスクエル・コンシェルの腕輪が、こちらの蒸
気をも取り込んでひっきりなしに明滅していたのである。エネルギーとして取り込み、強化
と回復、ひいてはダメージの軽減まで行っていたのだ。
(こいつ、俺の熱を……。考えやがったな……)
故に二人の肉弾戦は、出力としては拮抗。後は召喚者として、守護騎士として、それぞれ
の経験に裏打ちされた戦闘センスを上乗せしての勝負だった。時折突発的な熱量を孕み、周
囲に吐き出しては接近・後退を繰り返す彼らを、皆人側からの反撃をかわしながらプライド
はじっと憂慮するように見ている。
(明らかに、あの時よりも戦闘力が上がっている。ここは私が、確実に──)
だがそう睦月の勢いを警戒し、自身の能力で狙い撃とうとしていたプライドを、他ならぬ
皆人が寸前で妨げた。クルーエル・ブルーの伸縮自在の刃が、能力の要である手の中の法典
を狙って突き出される。
「っと……。無駄だ、同じ手は食わんよ」
「そうかな? 俺にはお前達が、随分と焦っているように見えたが」
攻撃を察知して回避し、胸の中に法典を守るようにして抱き、軽くステップ。プライドは
踵を返すと、再びこの面倒な敵の参謀格に標的を切り替えた。
しかし当の本人──皆人は寧ろ哂っているように見えた。「抜かせ」すると密かに眉根を
寄せてこちらが放ったギロチンを、彼は次の瞬間、文字通りその場から消え失せるようにし
て避けたのである。
「む……? 同期か」
プライドはすぐに理解する。この気配の消え方は、ただ単に不可視の状態になっただけで
はない。放った“斬首刑”は全く手応えを感じなかったし、物理的に彼のコンシェル自体が
消えたと表現する他ない。……何のつもりだ? 離脱すれば、その分味方が不利になるとい
うのに。
その答えはすぐに判った。直後そう怪訝に思ったプライドの一瞬の隙を狙い、冴島や仁、
國子に海沙、宙といった残りの面々による大技の一斉攻撃が彼を襲ったのだ。
輝く突撃槍に、炎や紅光を纏った剣閃。空中から放たれる特大砲と、ありったけの魔法陣
から放たれる光線。
『──』
だがそんな仲間達渾身の一撃を、咄嗟に庇ったライノが受け止めていたのだった。分厚い
鎧のような皮膚とどっしりと構えた防御姿勢で、その黒い体表面にはようやく全体に焦げが
付いた程度。そんな腹心の片割れに守られて、肝心のプライドは涼しげな表情──全くの無
傷だ。
「嘘、でしょ……?」
「……チッ。本当に硬ぇな、こいつ」
「やはりこの“合成”アウターを倒さなければ、プライド達にも届かないか……」
伊達に、純粋な頑丈さを突き詰めたらしきその肉体は、簡単には突破できそうにない。
冴島らがそのしぶとさに苦虫を噛み締める中、睦月も勇との打ち合いを一旦中断してまた
大きく飛び退いていた。勇と同様、着地して距離を取り直す中、視界の端に仲間達のそんな
苦戦するさまを──敵側の要であるプライドの健在ぶりを見る。
「だったら僕に任せて! パワーにならパワーだ!」
すると睦月は、そう皆に声を掛けながら、EXリアナイザからホログラム画面を呼び出す
と操作し始めた。させるかよ……! 当然そんな宿敵の隙を、勇がみすみす見逃す筈もなか
ったのだが、先刻からの激しい打ち合い──特にスクエルの腕輪で本来こちらの分であった
余剰の熱量を吸われ続けたせいか、一瞬ほんの一瞬だけ、自身でも気付かない内に足元が
グラつき踏み込みが遅れる。
『ま、マスター。またなんて無茶ですよお』
「……大丈夫。さっきので十分回復してるから」
唯一、地下水道からの連戦をより考慮に入れているパンドラが、そうホログラム画面越し
に懸念を伝える。しかし当の睦月は、優しく諭し返しているようで聞く耳を持たなかった。
画面に表示された七体のサポートコンシェル達を一括選択し、新たな力を自らの心体へと装
着させる。
『BUFFALO』『RHINO』『ELEPHANT』
『GORILLA』『HORSE』『BEAR』『ARMADILLO』
『TRACE』
「……っ」
『ACTIVATED』
『HERCULES』




