5-(1) 翌の爪痕
「──爆破テロ?」
昼休み、学園の中庭。
何時もの面子と弁当を囲みながら、睦月はそう切り出してくる幼馴染の話に思わず箸を止
めると目を瞬いていた。
「あれ? 知らないの? 昨夜からあちこちでニュースになってるじゃん」
本来なら尋常ではない報せなのに、宙から語られるとつい軽い雑談レベルのように感じら
れてしまう。
ちらと睦月は残りの三人の顔を見遣った。もう一人の幼馴染・海沙は思い出すのも怖いの
か既に不安でいっぱいな表情で眉を下げているし、皆人や國子に至っては呆れたと言わん
ばかりの気難しい、ジト目のような視線すら返してきている。
「十時くらいだったかなあ? 千家谷の駅が急に爆発してね? いっぱい怪我人が出たみたい
だよ。私もネットで見てたんだけど、何処の局も緊急速報って形で特番を組んでたくらいだし」
「へぇ……。って、千家谷? 学園の最寄じゃないか」
「そうだよー。だからこれだけ皆が噂してるんだってば。あたしらは歩いて通える距離だか
ら何ともないけど、電車通学の子達は今朝大変だったみたいよー?」
まるで我が事のように、海沙が落ちた声のトーンで言う。
故に睦月は思っていた以上のリアルの深刻さに驚き、ひた隠そうとし、やはり飄々とした
口調のままの宙が継ぐのを横目で見ている。
「……そっか。大変な事になってたんだな……」
「てっきりむー君も知ってるとばかり……。あ、そうだ。三条君達は大丈夫だった? そっ
ちはいつも電車だったよね?」
「ああ。それなら問題ない。今朝は家の運転手が送ってくれた」
「事件が事件ですからね。皆人様の護衛として、是非もありません」
「……流石はセレブ」
「あはは……」
どうやら親友も無事だったようだ。尤も今ここで一緒にお昼を食べているのだから、当た
り前と言えば当たり前なのだが。
睦月は苦笑を貼り付けていた。
それは何も、そのような非常時に彼らがしれっと冷静且つゴージャスな対応を取っていた
からだけではない。一晩中各メディアで大きく取り上げられたというのに、まるで知らなか
った自分が気まずかったからだ。
「ていうか、何で睦月は知らないのさ。仮にもコンシェルの権威の息子でしょ?」
「それとこれとは関係は……。いや、昨日はちょっと疲れが溜まってて、早めに寝ちゃった
から……」
話せる筈もない。まさか彼女達の足元深くで、國子に鍛えて貰っていたなんて。
改めてジト目を寄越してくる宙に、睦月は核心部分を避けるようにそう弁明していた。先
日からずっと、睦月は対アウター装備の唯一の装着者として、日夜司令室脇の訓練スペース
にて戦闘訓練を繰り返していたのだから。
「だ、大丈夫なの? 言ってくれれば今朝の分、私一人でどっちも作ってあげれたのに」
「そこまで深刻なものじゃないよ。本当、ちょっと疲れただけだから……」
『……』
だから、だからこそ睦月は隠し通さなければならないと思っていた。
海沙と宙。大切な、家族同然に育ってきたこの幼馴染達だけは、決して自分達の戦いに巻
き込んでしまう訳にはいかないのだと。
柔らかく笑みを浮かべて慰める。
そんな彼を、皆人と國子はそれぞれ弁当を突きながらもしっかりと見遣り、同じくじっと
口を噤んでいる。
「物騒に、なったよね」
もきゅ……。箸で摘んだタコさんソーセージを頬張ってから、海沙は言った。
そこには彼女の性格──大人しく目に見えた争いを好まないという気優しい性分が見え隠
れする。睦月達もそうだなと頷いていた。だが一方皆人は、かねての思考の癖からか、それ
もまたこの集積都市という街のデメリットなのだろうと淡々と考える。各種インフラが集中
するというその性格上、与えられるダメージの費用対効果は間違いなく大きいからだ。
「……そうだな。テロリストにとってはこれほど効率的に殺せる場所もないんだろうが」
「まぁねえ。全く、安心快適っていう触れ込みは何処へ行ったのやら」
それでも尚、何処か皆が穏やかでいられる、深刻な空気に陥り切らないのは、やはりムー
ドメーカーたる宙の存在が大きいのだろうか。
何時も通り真面目な皆人の呟きに、彼女はそう肩を竦めながら苦笑ってみせていた。睦月
はそんな皆のさまを、気持ち何処か輪の外にいるような心地で見つめてしまう。
(まさかとは思うけど……)
内心、沸騰してきたが如き不安でどうにかなってしまいそうだった。
一見する限りは中庭のあちこちで、何時も通り他の生徒達が昼食と談笑に花を咲かせてい
るし、周りを囲む校舎も見上げる空もとても穏やかだ。気を抜けば、つい今でもこの街で数
え切れない程の闇が蠢いているという事実を忘れてしまいそうになる。
「睦月。あんたも気を付けなさいよ?」
「え?」
だから次の瞬間、ふいと真面目な瞳で見つめてきた宙に、睦月は思わず言葉を失う。
「え、じゃないわよ。ただでさえあんたは一度、危ない目に遭ってるんだからね?」
「……。うん」
頷くしかない。心配そうな海沙や、平静を装う皆人達も、それぞれにこちらを見ていた。
ごめん。海沙、宙。
それでも、僕は……。




