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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-42.Pride/明日を拓く一閃
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42-(0) それぞれの眼差し

 偽の筧騒動の混乱も収まり切らぬ内に、中央署上層階の一角が突如として吹き飛んだ。

 耳に飛び込んできた轟音に、騒動の前後のままその場に居合わせていた人々は、思わず弾

かれたように頭上を仰ぐ。

 瞳に映ったのは──空中に散らばってゆく幾つもの瓦礫だった。

 ぐっと抑えつけられるような意識のスローモーション。更に目を凝らしてみれば、その中

に何か、人影のような者達が交ざっているではないか。

 それらはゆっくりとこちらに、近付いて来るようにも見える。

「……何だ?」

「誰か、落ちて……」

「に、逃げろぉぉぉぉーッ!!」

 しかし悠長にもしていられない。頭上から降ってくるということは、このまま突っ立って

いれば、自分達も巻き込まれるということなのだから。

 そう面々の内の何人かが、理解して叫んだ次の瞬間、彼らは途端に散り散りになって逃げ

出した。重なる悲鳴。直後ドスンッと、寸前まで立っていた辺りに大きな瓦礫群と分厚い西

洋甲冑の人影が叩き付けられる。

「あいっ、たあ……」

 先ず落ちてきたのは、グレートデュートもとい仁だ。生身の身体ではなく、コンシェルと

同期した姿なお陰で、まだじたばたと地面の上でもがく程度で済んだが、本来なら間違いな

く即死する高さだろう。その周りで同じく少なからぬ衝撃──落下ダメージを引き摺りなが

ら、朧丸と同期した國子や他の隊士達数人、仁と共にライノの突進に巻き込まれた面々が起

き上がり始める。

「……あうあ」

「痛てて……。チーフ、姐さん、大丈夫ッスか?」

「私なら平気です。それよりも、来ますよ」

 更に彼らを追って、また別の新しい怪人がこちら側に降ってきた。

 鎧のような硬皮を纏った黒サイ──角野ことアーマー・ライノだ。仁達をその突進で屋内から吹

き飛ばし、自身もその勢いのまま飛び降りて着地。衝撃で大きくひび割れたアスファルトの

地面をもろともせずに、数拍の残心を溜めた後、文字通り獣のような激しい怒気を込めた咆

哮を上げる。

「……よくもやってくれたな。貴様ら、このまま生きて帰れると思うなよ」

 そして大穴の空いた件の上層階から、白鳥こと怪人態ほんしょうを現したプライド達もまた降りてく

る。ジークフリートの風を纏い、一足先に仁達の下に駆け付けた皆人ら残りの面々と、今に

も第二ラウンドに突入しようとしている。

「な、何がどうなってるんだ……??」

「知るかよ! 走れ!」

 はたして両者の激突は直後始まり、最早“日常”とはかけ離れた光景、甲高い金属音と火

花が辺りに響き渡った。居合わせ、逃げ惑う人々の中には、この不可解極まりない──まる

で漫画や映画のワンシーンのような現実に狼狽する者も少なくなかったが、それでも大半の

者・連れは今この場から逃げることを優先した。怒鳴って促し、他に余分な思考を差し挟む

いとまさえなかった。

「一体何なの……? 何かの撮影、って訳じゃないよね?」

「ドッキリなら明らかにやり過ぎだろ……。つーか、あそこにいるのって筧兵悟じゃね?」

 そうして散り散りに、一方で見も知らぬ隊士達に避難誘導を受ける彼らは、視界一杯に広

がるこの異常事態の中で、何とか“現実”を理解しようと試みていた。頼みの綱は常日頃持

ち歩いている自身のデバイスである。トタトタと走りながら、少なからぬ面々がこの画面を

タップし始める。或いは十分距離を取ったと判断し、路地などの物陰からこの戦いの一部始

終に再び目を凝らして、尚も場に留まろうとする者達もいる。

「そういや、例の配信は?」

「駄目だ。真っ暗だ。止まっちまってる」

 先刻まで何者かが配信していた、筧兵悟と中央署幹部・白鳥らとのやり取りは、気付けば

完全に画面ごと沈黙してしまっていた。

 言わずもがな、自らの正体を暴かれた白鳥ことプライドが筧を攻撃した際、彼が持ってい

たデバイスも破壊されてしまったからなのだが……勿論そんな細かな事情など彼らは未だ知

る由もない。幾つもの疑問符ばかりが先行する。

 結果人々は、この途絶えた一次情報にうずうずとしていた。

 幸か不幸か現場に居合わせた人々と、そうではない大半の外側の目撃者。一分一秒と時間

が経つにつれて、両者の情報差は開いていったが、抱いた戸惑いと事の重大さに対する認識

はそこまでかけ離れてはいない。

 ──あれは一体、何だったのだろう? 夢だったのか、確かな現実なのか。

 ──何の予告も無しに始まって、こちらがわらわらと視始めた頃になって途絶える。一体

何をどうしたかったのだろう?

 怪人達同士の戦いが現在進行形で続いている現場、そこに居合わせてしまった人々の側こ

そ、自身の目に映るこの光景を一切合切否定する訳にもいかなかったが、二次・三次的に事

件を知った大半の者達はより半信半疑だった。

 映画の撮影やドッキリ? 質の悪いイタズラ?

 それにしては大袈裟過ぎる。第一そんな“ふざけた”仕業に、あの容疑者・筧兵悟が絡む

とは考え難い。或いは怪人は本当に居たんだ、都市伝説は本当だったんだと、その手のマニ

ア達はそれぞれの画面越しで狂喜する。

「み、皆さん! 落ち着いて!」

「急いで、ここから避難を……!」

 中央署前の広場では、戦う面々の中にあの瀬古勇の姿が加わった。

 一度は死んだ筈の少年殺人鬼。それだけでも人々は驚愕したというのに、更に彼はそこか

ら真っ黒なリアナイザを取り出すと、漆黒のパワードスーツに身を包んだではないか。

 散り散りに、我先にと逃げて行ったかと思えば、あちこちでそんな目まぐるしい状況を動

画や写真に収めようとする。同じく現場に居合わせた警官達は、自身の危険も顧みずに彼ら

を逃がそうと必死に呼び掛けていた。

 だがデバイスを掲げてこちらに目を見張っている彼らの、一旦火の点いてしまった群衆の

好奇心を、ほんの一部の官憲だけで止められる筈もない。現場だけではなく、街の内外でこ

の怒涛の展開を目撃したであろう人々のそれと様々な憶測は、最早誰か一人の意図の下に御

し切れるものではなく……。


「──」

 故に自宅の彼女もまた目撃してみていた。失意の中にあった七波も、閉じ籠っていた部屋でデ

バイス越しに、一連のゲリラ配信の存在とその内容を知った。尤も実際に視聴したのは、同

時刻の目撃者達有志による、拡散目的に複製アップされたそれだったが。

 切欠は、カーテンを閉め切っていた自室に響いた、友人からの電話。

 そこから筧と白鳥の対峙、何より自分が彼に残した留守番メッセージ──SOSが白日の

下に晒されていることを知った。

 正直、直後は混乱した。何故あの人のデバイスを、白鳥という男が持っているのか?

 だがそれ故に、彼女は程なくして理解する。つまり映像の中で言われているように、由良

の死を含めた一連の黒幕こそが、この……。

(筧さん……)

 自らの恐れでいっぱいっぱいで、閉じ籠ってしまった部屋の中で、七波は思わずぎゅっと

胸元を掻き抱いた。胸の内側、手の届かない深い部分から、まるで締め付けられるかのよう

な思いだった。

 心配、不安。ごくりと息を呑んで、そっと閉じっ放しだったカーテンの隙間から外の風景

を見遣る。一見すれば普段と変わり映えのしない、物静かな住宅街が広がっている。

(私、もしかしなくても、とんでもない事を……?)

 一人盛大に、眉をハの字に下げて。

 彼女はそう再び、今にも泣き出しそうな表情かおを浮かべた。

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