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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-41.Pride/悪を摘む者達
316/526

41-(5) ブロードキャスト

『返事を、ください。私、私、もう……ッ!!』

 七波が必死になって留守電に残したメッセージは、結果本人の意図さえも越えて、それま

での流れを大きく変えることとなる。

 それは即ち、筧が無罪であるということ。当局により冤罪を被せられたという事実を強く

補強するという作用。

 白鳥ことプライド共々、思わず身構えてしまったからだろう。グリードに操られ、筧に大

挙していた刑事達が、気付けば一様にぼんやりと棒立ちになっている。そんな“指示待ち”

状態となった彼らの隙を見逃すことなく、筧は一旦距離を取り直した。小さく肩で息をし、

この思わぬ伏兵に遭って手の中のデバイスを見つめている、白鳥と改めて相対する。

「……猪口才な。だから何だというんだ。お前もこの女も、始末すれば同じだろう!」

 そんな数拍の硬直と、ミチミチと眉間に太く立った青筋。

 だが彼は、まだ気付いていなかったのだ。筧が幾度もの妨害にもめげず、自分に立ち向か

って来たこと。その侵入を許した時点で──詰んでいたことを。

 ふと次の瞬間、今度は別のデバイスから着信が鳴った。この筧から取り上げた物でなく、

白鳥が普段使っている方だろう。用心深く筧を睨み付けることを忘れないまま、彼はサッと

懐から、新たにその私用のデバイスを取り出して、応じる。

「……私だ」

『ちょっとプライド! あんた何やってんの!? 全部筒抜けになってるわよ!?』

 ただでさえ場の空気を読まない、キンと響く着信音だったのに、更に電話の向こうの人物

は開口一番、怒りの声を撒き散らしていた。

 同じ蝕卓ファミリーの幹部が一人、スロースである。いつもの地下アジトから、彼女達は大急ぎで彼

に事態の急変を告げようとしたのだ。直後画面に、一つのURLが貼り付けられる。

「……」

 眉間に皺を寄せていた白鳥の表情かおが、益々険しく、鬼気迫るものになってゆくのが手に取

るように分かった。太く立っていた青筋が更に太くなって枝分かれし、行き場すら充分でな

い怒りが溢れ出してゆく。

 URLから飛んだ先には──とあるライブ配信のページがあった。それも現在進行形で、

この場所と自分達を映し出している。怒気を孕んだ自身の姿と、蹴り飛ばされた扉。グリー

ドやグラトニーと、彼らに操られて棒立ちとなった場の刑事達……。

『全部撮られてるのよ! そいつのデバイスで! あんたやあたし達の正体も全部!』

 故にギロッと睨み返された筧は、ようやく何が起こっているのかを理解した。白鳥が向け

てきた視線の先、自分が今握っている借り物のデバイスを見つめて、なるほど……そういう

ことかと苦笑わらう。

 あのガキ、他にもまだ仕込んでやがったのか。

 だがグッジョブだ。俺も含めて、お前の思惑通り、奴らの鼻っ柱を圧し折ってやったぞ。

「一体、誰の仕業だ!? 抵抗勢力やつらか!?」

『おそらくは。その男を直前まで保護していたことからも、予めデバイスにそのような仕込

みを施していたと考えるのが妥当でしょう』

 プライドが電話越しに、仲間達に問うていた。アジト側ではスロースがラースに、ラース

がシンにと次々にデバイスをバトンタッチし、事の仔細と新たな命令を伝えようとする。

『ざっと調べてみたが、このライブの回線はP2Pピア・トゥ・ピアだ。大元を辿れないようにと警戒しての

ことだろう。つまり、予め仕組まれていた罠だった訳だ』

 即ち既に、今日其処でやり取りをした一部始終は、全てネットに……。

 込み上げる怒りを必死に抑えながら、プライドは引き続き筧を睨んでいた。グリードが再

び能力を使おうとし、グラトニーもようやくのっしと動き出す。それでも当の筧本人は呆気

に取られたように立ち尽くしていることから、おそらくは彼自身もこの策については何一つ

知らなかったと思われる。

『さっき、エンヴィーを向かわせた。──早急に始末しろ』

 告げられた命令。それと同時に白鳥ことプライドは通話を切り、一歩踏み出した。空いた

もう一方の手に風圧を纏わせ、叫ぶ。

「おのれ……! おのれ、おのれ、おのれェ!! 小癪な真似を……。たかが人間風情が、

この私を!!」

 刹那、筧に向かって放たれた風圧。圧縮されたエネルギー的な何か。

 ガッ──!? 筧はかわせる筈などなく、その一撃をもろに腹に受けた。同時にこの軌道

上にいた他の刑事達、操られた相手方を何人か巻き込んでしまったが、どうしようもない。

プライドも構う様子はない。

「……かはっ!」

 結果、筧は背後の壁に激しく叩き付けられてしまった。自分を中心に大きなひび割れを来

たし、思わず吐血する。強制的に肺の中の空気を全て吐き出される。

「……殺せ。ここに居る者、全て!」

「ああ。もう人質ごっこなんざ、必要ねえからな」

 グリードが袖口からナイフを迫り出させ、ゆっくりと筧達に近寄り始めた。グラトニーも

口から涎を垂らしつつ、その丸太のような両腕をぶんぶんと振り回す。プライドもその矜持

を傷付けられた怒りから、目を激しく血走らせ、デジタル記号の光にその身を包んで変身し

ようとする。

「ぐっ……!」

 口元や胸元に激しく血汚れを垂らしたまま、筧は迫るその殺気に成す術がなかった。

 さっきの衝撃で、頼みの綱だったデバイスも木っ端微塵になってしまったようだ。たった

一発の攻撃だというのに、まるで身体が言う事を聞かない。

 これが、怪物やつらの力か。

 由良もあの夜、こんな風にして杉浦に──。

「どぉぉぉっ、せいッ!!」

 だが、その次の瞬間だった。再びグリードに操られて迫ってくる元同僚達を、突如として

現れた白い鎧騎士が弾き返したのだ。

 筧を守るように、その大きな盾を構えて。更にメタリックブルーの機械兵、マントを纏っ

た剣士、般若仮面の武者にガンマン風の紳士、空中に複数の本を浮かべた司書──筧はそれ

らに見覚えがあった。理解して、自身情けないと思いながらも安堵した。

 皆人達である。彼らが同期したコンシェル、対策チームの実動部隊が、すんでの所で彼の

ピンチを救ったのだった。

 既にアウターと入れ替わっている可能性もあったが、あくまで刑事達は操られているもの

として。グレートデューク以下面々は、先ず迫ってくる彼らを峰打ちなどで無力化しつつ、

同時にグリード及びグラトニーの攻撃を防御していなす。皆人のクルーエル・ブルーと、冴

島のジークフリートの短剣・長剣による技だ。

「大丈夫ですか?」

「どうやら、何とか間に合ったみたいですね……」

「よし、目的は果たした。皆、撤退するぞ!」

「そうはさせん!!」

 しかし筧を確保して、すぐさま場を脱しようとしたその時だった。あくまでこちらの目的

が、自分達の正体を白日の下に晒すことだと悟った角野ことアーマー・ライノが、次の瞬間逸早く

怪人態──大柄な鎧を纏った黒サイのようなアウターと化し、怒りの咆哮を上げながら突っ

込んできたのだ。

『っ!?』

「やべッ──」

 されど咄嗟に、皆の前に出て大盾を構えた仁こと、デュークの防御すら物ともせずに。

 直後彼を含めた隊士達が、まとめて壁をぶち抜きながら吹き飛ばされる。

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