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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-41.Pride/悪を摘む者達
315/526

41-(4) 司令室から

 ネット上で、何の前触れもなく配信され始めたのは、中央署内の一室を映していると思し

きライブ映像だった。

 何だこれは……? 中央署前の現場から市中、更に市外の各地へ。

 期せずして同じ時刻にデバイスやPCを触っていた人々は、一人また一人とこの配信の存

在に気付き、結果としてその視聴者数はネズミ算式に増えてゆく。電脳という名のアンダー

グラウンドにて、彼らのざわめきは確実に大きなうねりへと集束していた。

越境種アウター……? 都市伝説の、正体……?」

「何言ってんだこいつ」

「コスプレとかじゃあ、ねえよな……?」

「っていうか、これ流してるの誰だよ。いきなり映されたって訳分かんねえよ」

 配信画面には右下に小窓ワイプも付いており、そこにはちょうど筧が白鳥達に見せていた、銀仮

面の怪人ことプライドの暗躍を記録した映像が表示されていた。

 人々は惑う。声の主・筧の言葉を割合すんなりと聞き入れ、自身が持ち合わせている似た

ような噂話と照合してみようとする者、或いは持ち合わせも少なく只々混乱と警戒心ばかり

が先に表れる者など反応は様々であった。

 ……都市伝説の怪人。そんな勢力の幹部が、飛鳥崎当局の内部にいるのだという。

 名はプライド。同局の警視・白鳥涼一郎に化けて潜入し、長年暗躍を続けてきたのだと。

例の殺害された刑事・由良は、その事実を嗅ぎ回ったが故に殺された──配信画面の視点者

と思しき人物、筧兵悟はそう主張している。

 期せずして視聴者となってしまった人々も、半ば引き摺り込まれるようにしてこの配信映

像と小窓ワイプのそれを見比べていた。

 にわかには信じ難いが、確かにこの銀仮面の怪人・プライドと白鳥警視の声は似ているよ

うな気がする。同じような気がする。何より自分が撮られているのを知ってか知らずか、当

の本人が暗に認めてしまっているではないか。画面の向こうの他の刑事達も、そんな彼の開

き直りとも取れる態度に少なからず動揺し、困惑している。

 ……だとすれば、例の同僚殺しの犯人は筧ではなく、会見をしていた当局自身?

 彼らの中で増してゆく戸惑いを余所に、画面の向こうでは更に異変が起きていた。白鳥が

ふと指を鳴らして合図したかと思うと、それまで消極的な傍観者だった周りの刑事達が、突

然大挙して筧──この配信の撮影者と思しき男に襲い掛かってきたのだ。

 まるで正気を失ったゾンビの群れのように。

 揉みくちゃにされているからだろう。激しくあっちやこっちに画面の向きが乱れる。彼ら

の身体が陰になって、映像がスーツ生地のどアップばかりになる。

 ……少女らしき人物の留守番メッセージが再生されたのは、その最中のことだった。

 七波由香。直前までの筧と白鳥のやり取りから判断するに、あの玄武台ブダイの生徒らしい。筧

ないし由良が重要な証人として保護していたようだが、泣きじゃくるように助けを求めるそ

の様子は尋常ではない。それに瀬古先輩とは、あの瀬古勇のことか? だが彼は確か、少し

前に当局に射殺された筈だ。死んだ筈の人間に、どうして会うことができる?

『……』

 まさか。配信を目の当たりにした人々は思った。いきなり突き付けられたこの目まぐるし

い情報の波を、綺麗に繋げられる可能性が一つだけある。

 つまりは、全てが“逆”だったということだ。

 自分達はずっと……騙されてきたのではないか?


「──よし! 第二段階、成功だ!」

 地下秘密基地・司令室コンソール。中央署内外の現場の混乱と、ネット上に無事放流されたライブ配

信の様子を暫く確認するように見つめて、萬波達は小さくガッツポーズをするとそう互いを

労い合った。

 今回も、作戦の一部始終は全てモニタリングされている。皆人らは別室に籠り、それぞれ

のコンシェルと同期中の為、指揮はこちらに残った萬波や香月、及び通信越しで立ち会う皆

継らに託されていた。

『これで、目的の大部分は果たせたな。皆人達はどうだ? 睦月君は今どうしている?』

 やれやれ……。作戦の許可を出しはしたものの、やはり一人の父親として息子らのことは

心配なようだ。通信の向こうで皆継が大きく一旦安堵の息を漏らすも、ある意味本番はこれ

からだと、あくまで総責任者として振る舞うよう努め、状況確認を徹底させる。

 ──去り際に筧に渡したデバイスには、改造が加えられていた。彼自身が気付いた幾つか

の証拠画像・映像とは別に、その画面を通じて現場の様子を録画・録音、配信することを可

能にする為のものだ。いわゆるハッキングという奴である。皆人は多かれ少なかれ、彼があ

のような行動に出るであろうことを、事前に予想していたのだ。

 ──捻くれ者同士だからこそ分かる心理と、更にその裏をかいた一手。

 予めデバイスの中に、こちら側の証拠を残しておけば、彼はそれを最大限活用するだろう

と踏んだのだ。それもただ右から左へ流すだけではきっと足りない。こちらに利用されてい

ると勘付くだろうとしても、彼が白鳥達と接触し、一連の真相について詰め寄り詰め寄られ

するシーンさえ撮れれば、作戦は半分以上成功したも同然である。

 ──そのさまをネット上に公開して、彼の冤罪を証明する。

 仮に公的な司法がそこまで認めようとしなくとも、この配信を見た人々の心証は大きく揺

らぐ筈だ。少なくとも人々に当局へ不信の眼を向けさせ、現在の硬直した状況を打破する事

こそが最大の目的だった。

 その為の、情報独占の切り崩し。決定的瞬間の放流リークである。

 その為には、先ずもって配信回線を確保することが大前提だった。今回それを担って貰っ

たのは睦月──EXリアナイザ。彼の持つ唯一無二のそれを始点とし、広くインターネット

上にこの隠された真実を伝播せしめる。元々の最大戦力という意味合いも勿論の事ながら、

今回彼を参戦させた理由の一つがそこにはある。

「はい。皆人君達は既に署内に潜入、あの部屋へと向かっています。睦月は地下水道で例の

“合成”アウターの片割れを倒したみたいですね。強化換装後の反動が激しく、まだ回復し

切るには時間が掛かるかと」

 問題は……この後の“撤退戦”である。燃料は投下した。残るは敵の眼前にいる筧を救い

出し、かつ睦月らも逃げ切ること。その為の地下ルートでもある。

 予定では皆人達が筧を確保し、朧丸やダズルのステルス効果でもってこれを隠蔽、睦月が

しんがりを務めるというのが当初のシナリオだった。

 だがそれも、白鳥ことプライドがどう出てくるかで大きく状況は変わる筈だ。事実既にそ

の睦月が一人地下水道に残り、彼の側近の一人と一騎打ちを繰り広げる羽目になった。こち

らの見通しが甘かったと言えばそれまでだが、やはり向こうもそう簡単にこちらを入り込ま

せるつもりも、逃がすつもりもないらしい。

「それと、もう一つはあの留守電の少女ですね。七波ちゃんと言いましたか。流石にあれは

私達でも想定外でしたよ……。筧刑事や由良刑事、あんな証人を囲ってたんですねえ」

 加えて萬波がそう、困ったように後ろ首を掻きながら、こちらに顔を向けて言った。微妙

というか複雑な表情をしているのは、突如浮上してきた彼女という存在が、この状況に対し

てどちらに転ぶのか判断しかねているからだろう。

 予想外、遥か斜め上という点では一致。

 されど彼女のメッセージが真実の証明に一役買うのか、それとも白鳥らを下手に刺激して

しまうのかは不透明だった。結局は筧や睦月達が逃げ切れたか? その結果次第で最終的な

評価は変わるのだろう。少なくともまた一人、保護すべき対象が増えそうではあるが……。

『ま、マスター? あまり、無茶はしない方が……』

『……大丈夫。さっきよりは楽になったから』

 そうしている内に、睦月がようやく起き上がれるくらいには回復したようだ。通信越しに

パンドラがそう彼を心配しているが、彼も彼で仲間達の身が気が気でないのだろう。

「睦月、パンドラ? 作戦は順調よ。無理だけはしないで」

 押して参ろうとする息子に、香月は制御卓の通信機から呼び掛けていた。敵本陣も近く、

声だけのそれが、はたしてどれだけ本人に届いているかは不安ではあったが。

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