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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-41.Pride/悪を摘む者達
312/526

41-(1) 逆転に次ぐ逆転

「!? それは……!」

「ああ。元々君が持っていたデバイスだ。紛失したものを、回収しておいた」

 正体を暴露され、追い詰められた筈なのに、当の白鳥ことプライドは何故か不敵にほくそ

笑んでいた。眉間に皺を寄せる筧に対し、彼はある物を懐から取り出してみせる。

 それは、筧が“蝕卓ファミリー”に捕らわれた際、没収されてしまった筈の彼のデバイスだった。今

持っているような借り物ではなく、普段使いの私物だ。

 そんな代物を、他ならぬ白鳥が持っているという事実。

 だがそれ以上に筧が驚き、思わず身を固くしたのは、そこに表示されていたからだ。白鳥

がタップして見せてきた着信履歴、つい先日の日付と時刻に、あの少女の名前が残されてい

たからだった。

「七波由香。既に調べはついている。玄武台ブダイの生徒だそうだな?」

「っ、てめえ! あの子に一体何をした!?」

「おいおい。そう決め付けるなよ。まだ何もしていないさ。まだ何も……な」

 筧はそれまで以上に、また別種の怒りで以って叫ぶが、白鳥は寧ろそんな反応を愉しんで

いるかのようだった。彼が掌の上で転ばされる、こちらの思惑通りになってゆく──その流

れを引き寄せた己を勝ち誇るようにして。

 この日付に掛かってきているということは、エンヴィーは仕留め損なったか、或いはまだ

捕捉し切れていないのだろうが……結果オーライだ。この馬鹿の暴走に対し、有効なカード

を用意する事が出来たのだから。

「まあ、それも君の振る舞い次第ではあるけどね。抵抗すれば、彼女もまた、無事では済ま

なくなる」

「っ、卑怯者め……!」

組織われわれに黙ったまま、こんな証人を囲っていた君に言われたくないね」

 やれやれ。それでも尚反発、闘争心をみせる筧に肩を竦めながら、白鳥は皮肉を返した。

この場に居合わせた周囲の刑事達は、角野以下側近以外はポカンと蚊帳の外に遣られた格好

だったが、既に白鳥の中ではそれも作戦の内に含まれている。

「さて」

 するとどうだろう。白鳥は何を思ったか、パチンと指を鳴らした。するとまるでそれを合

図とでもするかのように、二人を困惑や警戒のまま取り囲んでいた周りの刑事達が、突如と

して一斉にとろんとした眼をし、脱力し始めたのである。

「……ア。ァァ……」

「オァァァ、ァァ……」

「!? おい、お前ら。どうしちまっ──ぐっ!?」

 それはさながら、群れを成して襲い掛かってくるゾンビのよう。

 突如として豹変した元仲間達を見て、筧は思わず一瞬怯んでしまった。それが結果的に、

彼にこの群れの肉薄を許す隙を作ってしまうことになる。

「無駄だ。そいつらはもう“俺の所有物モン”だよ」

「ニヒヒヒ。ねぇねぇ、こいつら食べていい?」

 筧に向かって一斉に迫ってくる刑事達の群れ。

 気付けばその背後、本体が蹴飛ばされ開きっ放しになっていた出入口の扉、その外枠に背

中を預けるようにして、チンピラ風の男ともの凄い肥満の大男が立っていた。プライドと同

じく“蝕卓ファミリー”の一角を担う、グリード及びグラトニーのコンビである。

 旧第五研究所ラボでの攻防、その後この中央署に対してアクションを起こしてくるだろうと踏

んで、プライドが予め二人を呼んでいたのだった。具体的にはグリードの、触れた相手を掌

握する能力で以って、いつでも“目撃者”達をこちらの駒へと変えられるように。

「君は気付いていなかったんだろう? こうして取り替えてきたんだ。少しずつね」

 くっ……! 傀儡と化した同僚達に次々と組み付かれ、揉みくちゃにされる。

 つまりは元々オリジナルの人間と入れ替わっている人物か否かに拘らず、飛鳥崎中央署は

既に彼ら蝕卓ファミリーの手に落ちていたのだ。グリードの能力発動一つで、いつでも誰もがその駒と

なり得る。上層部を中心として侵食させてきた彼らの影響力は、キャリア組を始めとして今

やノンキャリ組の面々にも及んでいたのだ。

(くそっ、こんな……! 皆、皆、もう……?)

 わらわらと、次から次にこの部屋に現れては押し寄せてくる署内の人間達。

 存外、当初想像していた以上に多かった“敵”の数に、筧は絶体絶命のピンチに陥る。こ

れではどれだけ彼らの前で白鳥の正体を暴いても、意味がないではないか……。

「畜生! どけっ、どけよ!!」

「ア、ゥ……」

「むっ?」

 だが、ちょうどそんな時である。揉みくちゃにされ、彼らに捕らわれそうになりながらも

必死に抵抗していた中で、ぐいっと筧が押し返した内の一人が、勢い余って他の背後の面々

を押し返した。するとそれは、偶然にもこれを高みの見物よろしく眺めて嗤っていた白鳥の

手元──七波の着信履歴に合わさったままのデバイス画面のボタンを押させ、直後彼女が残

した留守番メッセージが再生され始めたのである。

『……もしもし? 私です、由香です。あの、筧さん、今何処ですか? テレビで大変なこ

とになっているのは知ってますけど……それ所じゃないってのは、分かってますけど……。

でも、でもっ! 私、遭っちゃったんです。瀬古先輩に遭ったんです。ニュースで由良さん

が殺されたって知って、その犯人が筧さんだなんて言われてて、私居ても立ってもいられな

くて……。その時偶然、瀬古先輩に。……筧さんを知ってるとバレて、殺されかけました。

その時は運よく逃げ切れましたけど、また狙われるかもしれません。そう考えると怖くて、

まともに外に出ることもできなくて……。もしかして、私と同じなんですか? 由良さんが

いなくなったのも、瀬古先輩と何か関係あるんですか? 誰かの口封じに為に、殺されたん

じゃないんですか? ……こんな時に言ったってわがままだというのは解ってます。今はき

っと、筧さんの方も大変だろうから。でも……助けて、ください。返事を、ください。私、

私、もう……ッ!!』

 最初は何とか落ち着いて話そうとしていた声が、どんどん早口になって切羽詰まっていっ

て、遂には殆ど涙混じりの濁声になっていた。

 揉みくちゃにされていた筧が、当のデバイスを誤操作された白鳥が、まるで時が止まった

かのように目を見開いている。呑む息一つを惜しむように固まっている。グリードが扉の外

枠から、預けていた背中を離した。グラトニーは相変わらずというか、未だ事の重大さが分

かっていないようで、呑気にその大きな首を傾げている。

(……七波君。本当、君って奴は……)

 思わず口元に漏れる苦笑。やがてゆっくりと、止まっていた筧達の時が動き出す。

 途絶える叫び。

 それは他ならぬ、彼女からの決死のSOSだった。

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