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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-41.Pride/悪を摘む者達
311/526

41-(0) 始まっている

 飛鳥崎中央署の前は、その時にわかに騒然となっていた。

 ただでさえ連日の警戒態勢でピリピリとした空気が流れていたのに、そこへ突如として闖

入者──容疑者・筧兵悟と思しきコート姿の男が現れたのだ。居合わせた者達が皆、激しく

動揺してしまったのは無理からぬことだろう。

「お、大人しくしろ!」

「捕まえろ! 絶対に逃がすな!」

「おい、もっと人呼んで来い! 上にも知らせろ!」

 暴れ始めた筧らしき男に、辺りで警戒に当たっていた警官達が次々に覆い被さる。通り掛

かった市民を守るように──いや、それ以前に、容疑者確保の為に必死になって。

 その数、結果数十人。

 中には直接男に組み掛かっていった者もいたが、多くはその外側を囲む者達だ。騒ぎを聞

きつけて、辺りに詰めていた記者達や野次馬の類が集まって来ている。

「は、離せェ!!」

 さりとて手を貸す訳でもなく、彼らは取り憑かれたようにカメラのレンズを向けていた。

或いはめいめいがデバイスの画面越しに、事の一部始終を動画に収めようとしている。

「大人しくしろ!」

「確保! 確保ォ!」

 それでも一対多数、数の多さで押し切って、居合わせた警官達はようやくこの筧と思しき

男を取り押さえることができた。組み付いて押し倒し、力ずくでねじ伏せて関節を取る。

 やっと捕まえた……かなり抵抗されてしまった。

 騒ぎになり、周りには既に野次馬や記者達がわらわらと集まっているが、一先ずこれで大

丈夫だろう。警官達は安堵する。それでも逃げられないよう、最後まで気は抜かぬよう注意

しながら、男からコートやら帽子やらをひっぺがした。何につけても、その顔を確認してお

かなければならない。

「……おい。こいつ、筧じゃないぞ」

『えっ?』

 だからこそ、場に居合わせ駆け付けてきた刑事の一人がそう呟いた瞬間、彼らは思わず戸

惑いの声を漏らしたのだった。

 目を瞬き、困惑する。それは口にした刑事──多少の面識がある同僚も同じで、警官達は

このアスファルトの地面に組み伏せられた見知らぬ男の姿を見ていた。尚も必死に抵抗し、

何か訴えようとしていたが、彼らはもうその辺りにまで意識が向かないでいる。

「ってことは……。偽物?」

 或いは盛大に誤認確保してしまったのか。だがそれでは何故、この男は突然現れて暴れ出

したのだろう?

「──」

 答えは簡単だ。実の所彼は、司令室コンソールから送られた工作員だったのだから。

 場に居合わせた警官・刑事達に取り押さえられ、多少なりとも顔に擦り傷がついたり筧に

扮した服装がボロボロになってしまっていたが、その表情には何処かぐったりとしつつも達

成感のようなものが滲んでいた。黙して、自らの役割が果たせたと安堵していた。

「ど、どういうことだ?」

「じゃあ、本物は何処に……?」

 故に辺りをキョロキョロと見渡しつつ、狼狽えている警官達。

 普段ならばそんな“弱さ”など市民には見せられなかっただろうが、今回は状況が状況だ

けに、そうした彼らのさまを含めた一部始終も、集まった記者や野次馬達はしっかりとその

カメラなりデバイスに収めていたのだった。

 そもそも彼は一体何故、こんなことを……?

 ざわざわと、何重にも人だかりを作りながら、人々は予想だにしない出来事に戸惑う。

「……うん?」

「? どうした?」

 ちょうど、そんな時である。自らこの人ごみを形成していた野次馬の一人が、先程から手

の中で弄っていたデバイスの画面に、ふと見知らぬ妙なページを見つけたのだった。

 すぐ傍に立っていた彼の連れが、その小さな怪訝に気付いて視線を返す。

 そしてこの小さな異変への気付きは、程なくして彼以外の野次馬達──内外でデバイスを

弄っていた人々の中に、一人また一人と広がってゆく。

「あ、いや……。もしかしてこれ、中央署のお偉いさんじゃないかって。ほら、例の会見の

時、引き延ばした写真を出してた……」

 連れに促される形で、この野次馬の一人が、そう自身のデバイスに映したとあるページを

見せてくる。

 それは何処かの室内を映したライブ配信のようだった。配信者の名義などは不明で、だが

そう戸惑っている間にも、画面には現在進行形で緊迫する内部の様子──刑事と思しき厳つ

いスーツ姿の男達が、撮影者らしきこちら側に銃口を向けて身構えているさまがありありと

流されている。

『そうだろう? 白鳥。いや──幹部プライド』

『……いつからだ? いつからお前らは、入れ替わっていた?』

 筧だった。配信映像は全て彼の視点から映され、その単身決死の覚悟で臨んだ暴露合戦の

一部始終を記録し続けている。

『それは、そんなに重要な事かな?』

『……七年くらい前かな。長かったよ。一度にゴロッと変わってしまえば怪しまれるから、

少しずつ少しずつ、取り換えてゆく必要があった』

 そして彼と対峙しているのは、白鳥や角野以下、当局上層部の刑事達。


 静かに驚愕する画面の内側と、外側の人々。

 まさしくそれは、今回の一連の事件の真相に迫る、決定的瞬間でもあって──。

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