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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-40.Assault/今明かされる都市伝説
310/526

40-(7) 暴露合戦

「か、筧刑事が出たぞー!」

「侵入された! 今、白鳥警視の部屋に!」

「え!? ど、どういう事だ? 彼なら、さっき署の前に……」

 突如として自分達の懐、中央署内部に現れた容疑者・筧兵悟に、居合わせた者達は騒然と

なった。ちょうど白鳥ら幹部組のオフィスに近い場所を通っていた者、異変の報せを聞いて

駆けつける者。その内訳はまちまちだったが、彼らの多くは総じて強い戸惑いでもって流さ

れていた。

「……やれやれ。こうも力押しでやって来るとは。そのドアの修理代も、国民の税金が使わ

れるんだぞ?」

 にも拘わらず、現場に居合わせた当人──部屋の主・白鳥は、たっぷりと数拍の間を置い

たかと思うと、そう悠然とした様子でこの闖入者を迎えたのだった。

 角野以下、周りの部下達がじっと筧へ銃口を向けている。一見すれば彼にとり、絶体絶命

のピンチの筈だ。なのに白鳥同様、彼が微動だにしていないのは、自身がなまじ歴戦の猛者

だからか。或いは周りの人間達さえ目に入っていないのか。

(ど、どうすんだよ?)

(分かんねえよ。少なくとも、許可の一言でも出して貰わないと……)

 事実、駆けつけた署員・刑事達の中には、このままなし崩し的に筧を撃ち殺してしまうこ

とに躊躇いがあった。もっと他の捜査中、明らかに抵抗する凶悪犯などならいざ知らず、彼

は元々自分達の身内だ。詳しい事情──今回の一連の事件の“真実”を知らない者達からす

れば、正直自らがその引き金をひくには、後々のリスクが大き過ぎる。

 何よりも、末端の刑事達の少なからずが、まだ何処かで思っていたのだ。

 あのひょうさんが、本当に自分の相棒を……?

「全部、聞いたぜ」

 だがそんな白鳥の小言、内心躊躇っている元同僚達の胸中など意に介す素振りもなく、筧

はあくまでギロッと白鳥を──今回の謀略の黒幕を睨み付けて口を開いていた。

 一瞬、一瞬だけだったが、白鳥が僅かに目を細めた気がした。

 案の定、ギャラリーも随分と集まってきた。ちょうどいい。筧は一度ざっとこちらに銃口

を向けてくる面々、今や本当に“敵”か“味方”か判らない刑事達を見渡してから、予め用

意・整理しておいた情報の全てを語り始める。

「結論から言うと、由良を殺したのは俺じゃねえ。あいつはこの街に巣食っているある連中

の尻尾を掴もうとして、消されたんだ。“越境種アウター”──以前から巷でも噂になってる、怪人

どもの正体だ。そして奴らの頭目の一人が、この中央署の上層部に潜り込んでる。由良は、

その事に勘付いたせいで殺された。口封じの為にな」

 アウター? それって、例の都市伝説の……?

 最初こそ、やはり面々はにわかには信じられないといった様子だった。

 よりにもよって、そんな不確かな噂話を持ってくるなんて……正気か? それこそ少なか

らぬ者達が、荒唐無稽だと筧の発言を笑い、いよいよ彼もおかしくなったかと呟き合った。

「そうだろう? 白鳥。いや──幹部プライド」

 故に次の瞬間、続いて畳みかけるように筧が言い放ったその言葉に、一同は思わず目を疑

ったのである。まさか……。恐る恐るといった様子で、彼らがそう名指しされたこの部屋の

主・白鳥の横顔を見遣る。

「……。何のことかな」

 ただ当の本人は、あくまでしらばっくれる心算らしかった。

 角野以下彼の取り巻き側が、筧をきつく睨み付けている。部屋を滅茶苦茶にされて、しか

もあらぬ疑いを掛けられたとでも言わんばかりに、その態度はあくまでやれやれと肩を竦め

てみせるほどの余裕さだ。

「ま、そうだろうよ。だからそう来るだろうと思って、こっちも証拠を持って来た」

 すると筧は、懐から一台の汎用型デバイスを取り出した。司令室コンソールを去る時に、皆人達から

受け取った物だ。

 白鳥が静かに目を細める。筧はささっと画面をタップし、場に居合わせた皆に件のデータ

を見せたのだった。

 映し出されたのはとある映像。ミラージュとその召喚主・二見が、蝕卓ファミリーを束ねる七席が一

人、怪人態のプライドに追い詰められてゆく様子を映したものだ。

 単眼の銀仮面を被った不気味な紳士。その手には同じく銀縁で装飾された法典らしきもの

を開いており、次の瞬間何処からともなく彼らに向かってギロチンの刃が降り注ぐ。

「何だ……ありゃあ?」

「まさか、本当にいたってのか? 例の怪人は」

「そ、そんな訳あるかよ。作り物じゃねえのか? 今日びあんな映像、作ろうと思えば作れ

るだろうが」

「でも、あの仮面の化け物──プライドって呼ばれてる奴の声……警視に似てません?」

 ざわざわっ!? だからこそ、筧の語り始めたその荒唐無稽な疑惑は、徐々に皆の中で確

かなものへと膨らみ始めて。

 最初、そう恐る恐る疑問を口にした若い刑事が、ギロリと角野に睨まれる。それがある意

味で逆効果だった。何よりも同僚殺しとして追われている筧が、こんな嘘八百の物語を訴え

る為に乗り込んできたとは思えない。少しずつ、一つ一つ頭の中のチェック項目を塗り潰す

ように、皆の白鳥らへの視線が明らかな疑義へと変わる。

「……いつからだ? いつからお前らは、入れ替わっていた?」

 これで仕込みは充分だろう。筧はそう判断して、デバイスを持ち替えると、ホルスターに

忍ばせていた拳銃を抜き放った。先に銃口を向け、警戒していた刑事達が動揺する。

 だがそれをサッと制したのは──他ならぬ白鳥自身だった。たとえどれだけ荒唐無稽に思

える話でも、一旦他人に、これだけの人数に知れ渡ってしまえば最早止められない……。

 角野達が歯噛みして、今にも場の面々を“消して”しまおうと疼くのを、白鳥は機先を制

して止めさせた。ふう……と深く静かに息をつき、次の瞬間、酷く冷たい眼をしてこの長年

好敵手ライバルに問い返す。

「それは、そんなに重要な事かな?」

「化け物のお前には分からねえだろうがな……。だが少なくとも、お前らが潜り込んだ時点

で、その元の人間が──俺達の仲間が消されてるんだろうがよ!!」

 ざわわわっ!? つまりはそういう事。駆けつけて来た周りの刑事達が動揺していた。

 彼があそこまで怒っている。彼の語った、この組織に潜り込んでいるという話。

 そういう事なのか?

 では本当に、警視らはずっと前から人間じゃなく、自分達を……?

「……七年くらい前かな。長かったよ。一度にゴロッと変わってしまえば怪しまれるから、

少しずつ少しずつ、取り換えてゆく必要があった」

『──』

 白状。場の面々は、信じられないといった様子だった。

 ざっと見渡してみる限り、誰も彼も皆見知った顔だ。長らくこの中央署で、所属こそ違い

はあれど、ずっとこの街の平和の為に戦ってきた仲間達の筈だった。筈だったのに……。

「本当、舐められたものだよ。複数人に話せば、逆転できるとでも思ったのかい?」

 しかし当の白鳥は、あくまで平静そのものだった。寧ろ自らの正体がばらされたというの

に、口元には不気味な弧さえ描いて、自身も次に瞬間懐に手を入れると、一台のデバイスを

取り出してみせる。

「!? それは……!」

「ああ。元々君が持っていたデバイスだ。紛失したものを、回収しておいた」

 はたしてそれは、筧が冴島達と共に拉致された際に奪われた、彼のデバイスだった。

 場に居合わせた面々が呆然と立ち尽くす中、白鳥はこの画面をタップしてとある情報を表

示させた。ついっとこちらに示されて、筧が思わず、無言のまま目を見開く。

 着信履歴だった。そこには確かに、彼もよく知る人物が、最近自分に電話を掛けてきた事

が記されていたのである。

『──』

 七波由香。

 にいっと邪悪に微笑む白鳥の、その手の中に、筧と今は亡き由良にとって大切な証人でも

ある彼女の名前が、そこには映されていたのだから。

                                  -Episode END-

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