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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-40.Assault/今明かされる都市伝説
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40-(3) 彼の策、俺の策

 司令室コンソールの面々に見送られて地下深くのエレベーターを昇り続けた後、筧は暫くぶりに地上

に出ていた。夏の盛りというのもあろうが、日の光がいつにも増して眩しく感じられる。彼

は軽く手で庇を作りながら、一人ぶらぶらと市中の往来に紛れ、暫く心の中で考え事を繰り

返していた。街のあちこちから聞こえてくる雑音も、今ではすっかり遠い昔のようだった。

(……さて。ようやく出歩けるようになったはいいが、これからどうしたモンか)

 具体的には、どうすれば白鳥の下へと辿り着けるか?

 少なくとも真正面から署内に突っ込むのは無理だろう。今も街角のあちこちで制服姿の警

官達が配置されているのが見えるし、その本丸近辺となれば尚更の筈だ。何より自分は同僚

達に顔が割れ過ぎている。仮に侵入できたとしても、見つかるのは時間の問題だろう。より

にもよって、ある意味一番やり難い相手が“敵”となってしまった訳だ。

(そうなると……。やっぱ何かしら、搦め手が必要になるな)

 暫く歩いてから人ごみの中を抜け出し、筧はそっと人目の少ない路地裏へ路地裏へと入っ

て行った。身を潜めるように息を殺し、周囲の気配を探りながら、出発前に例の対策チーム

の少女から受け取ったデバイスを検める。

 一見すれば、ごく普通の汎用型だ。状態もデフォルトのアプリばかりで、やはり元々自分

の持っていたものではない。まぁそもそも、自分は由良ほどこの手の物について知識が豊富

な訳でもないのだが。

 あいつらがデバイスも取り返してくれていれば、もう少しやりようもあったのだろうが。

 だがそれでも、無いよりはマシだ。これで自分の記憶の限り、今まで作ってきた伝手に連

絡を取って、下準備を整えるとしよう。

(……うん?)

 ちょうど、そんな時だったのだ。何気なくこのデバイスの中を、何か使えるものはないか

と片っ端からフォルダを開けていた時、ふと幾つかの見知らぬファイルが保存されている事

に気付いたのだった。

 筧は思わず眉間に皺を寄せる。どうやら動画と、音声データらしい。彼自身まるで身に覚

えがなかったが、試しに一つ二つと再生してみる。

 するとそこには──収められていたのだった。あの地下秘密基地・司令室コンソールで観た、対策

チームの戦いの記録が。

 確かミラージュと額賀だったか。ちょうど自分が、二人とあいつらを狙う銀仮面の化け物

ことプライドの正体が、白鳥だと気付いた切欠になった映像だ。

「……あの野郎」

 故に、筧はすぐに気付く。このデバイスをわざわざ去り際に渡してきた連中の、そのリー

ダー格であるあのいけ好かない餓鬼の意図する所に。

 フォルダには他に、越境種アウターの存在を示す証拠となる映像・画像が幾つか保存されていた。

これらを併せれば、今飛鳥崎で起こっている一連の不可解事件について、彼らの関与を証明

することができるだろう。つまりは十中八九、皆人の仕込みだ。

(ったく、回りくどい真似しやがって……。やっぱ気に食わねえ餓鬼だぜ)

 だがまあ……。しかし筧は、そう内心改めて皆人らのことを吐き捨てたものの、結局その

デバイスを手放すことはなかった。乗ってやるか。元より彼は実際問題として、アウター達

を生身一つで“倒せる”などとは思っていなかったのだから。


「──?! ひょ、ひょうさん!?」

 そうと決まれば筧の行動は早かった。彼は更に路地裏の奥の奥、飛鳥崎のアングラ区域へ

と潜り、とある小さな店を訪れた。刑事デカをしてきたこれまでの人脈を再び活かし、目的のブツ

を調達する為である。

「よう。暫くだな」

 そこは一見すると、いわゆるコスプレ用品のショップのようだった。決して広くはない店

内に所狭しとメイド服やナース服、チャイナドレスといった様々な種類の衣装が飾られ、中

には何処から仕入れたのか怪しい市内外の女子高生の制服まで揃っている。

 カウンターに座っていたのは、半ばスキンヘッドの小太りの男と、やたらけばけばしく髪

を何色にも分けて染めた女だった。二人は一応、夫婦である。かつて筧が違法営業の店舗群

摘発に関わった際、色々と“世話を焼いた”者達だ。

「ど、どうして此処に? うろついてて大丈夫なんですか!?」

「そうですよお。だって旦那、今中央署から指名手配されて──」

「気にするな。というか、あれは俺じゃねえ」

『……はえ?』

 二人の声が、綺麗に重なった。それでも頭に大きな疑問符が浮かんだまま、思考がついて

ゆけずにフリーズしている彼らに、筧は一々説明するのも面倒だとすぐに用件だけを告げて

準備を進めようとする。

「警官の制服あるか? 下っ端の奴でいい。刑事デカだとバレないように恰好を変えたいんでな。

今は持ち合わせが無いが、事が全部済んだら払いに来る」

『……』

 連日の報道に加え、当の本人自身の、淡々としながらも切羽詰まった様子を感じ取ったの

だろう。この店主夫妻は、次の瞬間一旦ゴクリと息を呑むと、急いで店の奥から在庫分の警

官服を出してくれた。加えて重ねた布地の下から、ついっと小さな木箱を一つ、差し出して

くる。

「やっぱ、何かあったんですね? 使ってください。その様子だと、丸腰なんでしょう?」

「ずっとおかしいと思ってたんですよお。他でもないひょうさんが、同じ刑事を──それも由良

ちゃんを殺すだなんて……」

 木箱の中身は、拳銃だった。おそらく闇ルートで流れたものだろう。当局標準採用のもの

が一丁と、隠し持つのに都合の良い小型が二丁。弾も予備を含めて十分な数が揃っている。

じっと眉間に皺を寄せて、筧は暫くこれらを見下ろしたまま押し黙っていた。

「……違法だぞ?」

「分かってます。でも今はっ!」

 正直な所、良心の呵責があった。巨悪を暴く為に、自らも違法な代物に手を出すなど。

 だが目的が目的なだけに、筧は結局それ以上咎めの言葉を放つことができなかった。

 ……杉浦の時と重ねていたのかもしれない。だが少なくとも目の前の二人は、あいつみた

いに嘘の巧い人間ではない。何よりこんな街の掃き溜めに追い遣られても尚、自分の潔白を

信じてくれていた。

「今回、だけだぞ?」

 心の中でまだ残っていた一線を、ぎゅうぎゅうと苦しみながら押し切り、筧はこの警官服

と拳銃入りの小箱を抱えて店の隅にある試着室に入った。決して広々とも、小奇麗とも言え

ないそこで手早く着替えを済ませると、その姿はごくありふれた市中の警察官のそれに変わ

っていた。おお……。店主夫妻が流石は本職だと、思わず感嘆の声を漏らす中、当の筧は目

深に帽子を被り、試着室から降りると、慣れた手つきで腰や腿のホルスターに装填した拳銃

を次々に収めてゆく。

「……よし」

 準備完了。

 そして普段の、スーツ姿の刑事デカから没個性な警察官姿になったその眼には、およそ本物の

それとは比べ物にならない程の、強い意志の光が宿っていた。

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