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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-40.Assault/今明かされる都市伝説
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40-(2) 根回し

 此処で一旦、時は少し遡る。

 集積都市・東京、国会内。この日健臣は、所属する文教委員会での公聴会を終え、秘書の

中谷や数名のスタッフ、取り巻きの議員らと共に事務所へ戻ろうとしていた。委員会室を出

ながらスタッフ達に現在進行形の種々の報告を受け、この若手を中心とした議員仲間らとも

赤絨毯の上で「じゃあまた」と、一旦別れる。現政権の文教大臣も務める彼のスケジュール

は、日々分刻みの多忙を極めていた。

「……?」

 ちょうど、そんな時だった。ふと彼の懐でデバイスの着信を知らせ、マナーモード中のそ

れが、スーツの内ポケットで静かに振動を始める。

 隣で中谷達が、何者からだろうとそっとこちらに目を遣ってきているのが分かった。健臣

は無言のままデバイスを取り出し、そこに表示されている名前を見て──固まる。

「すまない。少し待っていてくれないか?」

 だからなのだろうか。自分よりも一回りも二回りも年上な、この父の代からの秘書は、こ

ちらの指示に一見唯々諾々と従ってくれたように見えたが、その眼にはただの一ミリも警戒

を怠らないある種の凄みがあった。

 ……参ったな。だけど出ない訳にはいかないし。

 タッと軽く駆け足になり、近くの物陰に移動した後、健臣は周りに他人の姿がないことを

確認してから通話アイコンをタップした。

「はい。小松です」

『──もしもし。健臣? 私だけど』

 すると電話の向こうから聞こえてきたのは、とある女性の声。あくまでクールな、しかし

何処か色気のようなものも混じっている定型句だ。

 香月だった。同じ集積都市の一つ、飛鳥崎に拠点を置く国内きってのコンシェル研究の第

一人者、佐原香月博士その人である。

 尤も……健臣自身にとっては、それは二の次の名声だ。

 かつて同じ大学で学び、その分野こそ違えど真剣にこの国の未来について憂い、変えたい

という強い志と才能に満ち溢れた盟友──生涯で初めて、愛した女性ひと

 健臣は内心、少なからず驚いていた。今はいち研究者と中央の政治家。互いの為にも普段

からみだりに連絡を取り合わないようにしていたのだが……一体どういうことか?

 しかして一方で、彼自身内心“嬉しかった”のもまた事実である。

 もうあの頃とは周りの状況が違い過ぎている。今更彼女達を迎えに行く訳にはいかないこ

とくらいは重々承知しているが、こうして実際に声を聞くと、まだ互いに繋がりは消えてい

ないんだと思い、フッと胸の奥に小さな火が点り直す気がする。

 健臣はなるべくそんな浮付きを気取られぬよう、あくまで冷静に、傍から見ればさも紳士

風に仕事の電話に出たという体を採りながら応えた。

「ああ。何だ、君からかけてくるなんて珍しいじゃないか」

『ええ……。ごめんなさい、仕事中だった?』

「いいや。ちょうど合間だよ」

 我が儘を言うならば──もっと話していたい。積もる話ならば、幾らでもある。

「それで? 俺に何の頼みだい?」

『えっ?』

 だが健臣は、敢えてそう先にこちらから本題を訊き出した。事実向こうで、まだ中谷が他

のスタッフ達と共にじっとこちらの様子を窺っているのもそうだが、何よりずるずると彼女

と話し続けていたら、そのまま戻って来られないような気がしたからだ。

「はは。そう驚くことでもないだろう? 筆不精な君が、わざわざ連絡してくるってことは

何か理由がある筈だからね。俺に出来ることなら、協力するよ?」

 言いながら苦笑する。だって昔から、君は色んなものを背負い込みがちで。

 頼ってくれることが嬉しかった。連絡を寄越してくれることが嬉しかった。自分は結果的

に、君を幸せにはしてあげられなかったのに……こうして今も繋がっていてくれる。

『……ありがとう』

 少し電話の向こうの香月は黙っていたが、やがてそう静かに感謝の言葉を述べた。何とな

く声が震えていたから、もしかしたら泣いていたのかもしれない。

『……近日中、飛鳥崎当局で大きな事件が起きるわ。貴方には、政府としてそれを“追認”

するよう働きかけておいて欲しいの』

 それでも我が愛した人は、気丈なるかな。次の瞬間にはもう、香月はいつもの冷静沈着と

した声色に戻っていた。

 追認? その内容を聞いた時、健臣は思わず怪訝に眉を顰めた。

 何故君が、そんなまだ起こってもいない事について知っている? 大体自分に、水面下で

政府に働きかけて欲しいなど、一体どれだけ大きな出来事が起こるというんだ……?

「分かった」

 だが次の瞬間健臣は、実に二つ返事でこの頼みに答えたのだった。

 敢えて何も訊かない。ただ事の重大さだけを悟って、この盟友からの依頼を引き受ける。

 それはひとえに、此処で自分が狼狽すれば、周りの誰かが異変に勘付いてしまうかもしれ

ないと考えたからだし、何よりも──彼女のことを信じていたからだった。

「ただ俺は、あくまで文教大臣だからなあ。そういうのは梅津さんの管轄になるぞ? まぁ

一応、本人にも伝えておきはするけど……」

『……ううん。十分よ、ありがとう』

「はは、気にするな。他でもない君の頼みだ。無碍には断れないさ」

 少し気恥ずかしかった。声色からして、多分電話の向こうの彼女も似たようなものだった

のだろう。

 フッと物陰に隠れたまま数拍優しい表情かおになり、健臣は苦笑わらった。向こう側の、彼女の息

遣いを感じながら束の間の安堵感に浸りつつも、次の瞬間には再び政治家のそれへと戻って

いた。傍目からは威厳のあるようにして、最後に付け加える。

「……じゃあな。君達も、くれぐれも無茶だけはするなよ?」

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