40-(1) 地下水道の戦い
「皆、気を付けろ! あいつは一度、僕達を倒した、例の二人の片割れだ!」
飛鳥崎に張り巡らされた、地下水道を進んでいた睦月達は、突如として敵の襲撃に遭って
いた。もう少しで中央署内へと続く梯子が見える──そんな位置に相手は軍勢を、サーヴァ
ント達を率いて待ち伏せていたのだった。
先制して巻き散らされたM・ムーンの胞子攻撃をもろに受け、火花を散らしてあちこちに
転がった守護騎士姿の睦月と、めいめいのコンシェルと同期した仲間達。相手の正体を見た
冴島が、そう逸早く驚きと警戒を露わにして叫ぶ。
「例の“合成”アウターか」
「痛つつ……。参ったな、地下にも対策されてたのか」
「おい、皆しっかりしろ! 次の攻撃が来るぞ!」
言わずもがな、急ぎ起き上がって戦闘態勢を取る睦月達。旧電脳研の隊士達に振り向きつ
つ、仁がグレートデュークの盾を構えて叫んでいた。
──やれ。そしてM・ムーンがそう短く、引き連れたサーヴァント達に命じる。くわっと
両手の五指を開いて駆け出す彼らに、クルーエル・ブルー姿の皆人が舌打ちをして面々に指
示を出す。
「一旦逃げろ! こんな狭い場所じゃあ格好の的だ!」
弾かれたように迎撃から退却に移り、睦月達は一本道の水路──目指していた梯子から遠
ざからざるを得なかった。司令室の萬波達に誘導して貰いながら、一旦十分な広さのある空
間まで後退する。
「早速目論見が崩れたが……やるしかないか。奴らを倒して、先に進むぞ!」
『応ッ!!』
そこからだ。睦月達の反撃が始まった。場所を足場の広々とした水路に移したその直後、
一斉にサーヴァントらもなだれ込んでくる。クルーエル・ブルーの伸縮自在の刃が彼らの身
体を一絡げに貫き、或いは盾を構えたデュークや隊士達の突進が、この追撃を押し留める。
それは互いにテリトリを少しで広げようとぶつかり合う、乱戦の様相を呈していた。
数で勝る相手側、サーヴァント達を、隊士達は数人がかりで一体一体確実に組み伏せては
集中攻撃を加え、破壊してゆく。皆人や仁、海沙や宙がそのサポートに回った。そんな仲間
達が抑えてくれている乱戦の合間を、睦月と冴島、國子の三人が縫うように駆け抜ける。
「おおおおおッ!!」
「どっけぇぇぇーっ!」
「……。ふん」
剣撃モードのEXリアナイザと、雷の流動化で加速したジークフリートの刃、赤い輝きを
湛えた朧丸渾身の一閃。
だがそんな睦月達の、正面三方同時からの攻撃を、ムーンは回避することもなく真っ直ぐ
に見据えて受け止めていた。……いや、受け流したのだ。三人の刃はことごとく、その体表
面を覆う寒天質によって滑り、ムーン本人にダメージを与えることなく逸らされる。
「一度負けたのにまだ解らないか……。お前達に、私は倒せない」
そして軽く身を捩ったの同時、両肩や腕から伸びる触手達による強烈な鞭打。
ぐがっ?! 激しい火花を散らして、睦月達は吹き飛ばされた。「睦月!」「むー君!」
後ろでサーヴァント達を抑えていた皆人らも、その様子に思わず目を見開いて叫ぶ。
やはり並のアウターとは比べ物にならないポテンシャルの持ち主だった。再び地面に転が
った睦月達を見ろしつつ、ムーンはカツカツと、ゆっくり触手や茸を揺らしながら近付いて
来る。
「……思えば、お前達とは中々因縁深い関係となったものだな。だがそれもここまで。プラ
イド様のお手を、これ以上煩わせる訳にはいかぬ!」
しかしそんな睥睨も束の間。ムーンは再びその触手を振るい、睦月達に襲い掛かった。今
度は背後にいる皆人や仁、海沙や宙、隊士達にもその矛先を向けてくる。
「っ!?」
「わ、わわっ!」
「危ねえッ!」
ある者はそのまま巻き添えを食らって吹っ飛び、またある者は咄嗟に飛び込んだ仲間に抱
えられて地面を転がりつつ、この鞭打の嵐から逃れた。
だが、そんな中でも尚、命令通りにサーヴァント達はこの攻撃の合間から飛び込んで来て
は睦月達に襲い掛かってくる。反射的にこちらの刃や盾で防がれ、或いはそのまま再びしな
ってきた触手に絡み取られ、地面に叩き付けられゆく。
「ちっ……。敵味方関係なしかよ」
「無駄口を叩いている暇はありませんよ。端から数には、入れていないのでしょうから」
元より自身の豊富な攻撃手段と、手勢の数で押し潰す作戦。
事実そう睦月達が必死になってこれを避けつつ、追撃してくるサーヴァント達を一体また
一体と倒してゆく中でも、ムーンはお構いなしといった様子で自身の攻撃の手を緩めようと
はしなかった。手下達を巻き込むことに、まるで迷いなど感じていないようだ。
「チッ……ちょこまかと。広い空間に逃げられたのは、失敗だったな」
ならばこれならどうだ! するとムーンは、両肩を中心に生える茸達から、無数の胞子を
撒き散らす。薄暗い地下通路でも、その細かな粒子が水気を弾いてキラリと閃くのが睦月達
にも分かった。最初に奇襲された時と同じ、避けようのない範囲攻撃だ。
「っ!? しまっ──」
咄嗟に面々が身を守ろうとする。直後無数のそれが身体に触れた瞬間、激しい火花と衝撃
から睦月達を襲った。ぐぅっ……!? 面貌の下で、同期の下で、思わずダメージに顔を顰
める。その周りでやはり巻き添えを食らったサーヴァント達も、激しく火花を散らして吹き
飛びながら、或いはそのまま自身の耐久限界を超えては、次から次へと消滅する。
「まだまだだ!」
そして更に胞子に加え、ムーンは新たに体表面の寒天質を分離させ、小さな自らの分身を
幾つも作り出した。キェーッ! と甲高い声を上げながら、この分身達は一斉に防戦一方に
なっている睦月達へと襲い掛かる。
「だわっ!? な、何だこりゃあ!?」
「き、気持ち悪い~! な、何なのよ~!?」
「べ……べたべたする……」
「こっ、こんな事も出来るのか」
「皆落ち着け! 引き剥がすんだ!」
いわば“使い潰し”た、サーヴァント達の代用。
一見すると小さな姿の分身達だが、そのパワーは油断ならないものだった。初見のそれに
動揺する面々の隙を突き、めいめいが触手による一撃を。身体を仰け反らせてくるほどの予
想外の威力に、仲間達が一人また一人とすっ転ぶ。
「ふん。その辺の量産型と一緒にされては困るな。一体一体は小さくとも、私の分身だ。お
前達の動きを封じることくらい、造作もないさ」
ククク……。そう言って笑い、再びゆっくりとその触手達を持ち上げるムーン。
そんな相手の姿を、次に取って来ようとしてくる攻撃を、睦月は面貌の下で見ていた。自
らも分身達に貼り付かれ、無数の鞭打を受けていたにも拘わらず、頭の中は奴に追い詰めら
てゆく仲間達のことでいっぱいだった。
「冴島さん!!」
「──っ!?」
「風を! 僕らにくっ付いているこいつらを!」
だから次の瞬間、睦月が叫んだその一言に、当の冴島──同期したジークフリートはすぐ
に反応できた。言わんとすることを理解していた。
身体を流動する風に変えて、その風圧で一挙に自他に貼り付く分身達を吹き飛ばす。
故にムーンはその一瞬、思わず驚きで目を丸くしていた。それと同時、睦月はこの僅かな
隙を逃すまいと、単身彼に向かって走り出す。
『ARMS』
『CLIP THE STAG』
「おおおおおおおおッ!!」
走り出しながら、雄叫びを上げつつ手元のEXリアナイザを。
睦月が呼び出したのは、左手をすっぽりと覆う大型の鋏型アーム。慌ててムーンは分身達
を戻し、尚且つ自身の触手でこれを迎撃しようとするが──怒涛の勢いで向かってくる睦月
を止められない。逆に自身の寒天質の防御を兼ねていたこの分身達と、放った触手を次々に
叩き落され、直後肉薄。そのまま鋏型アームにがっしりと掴まれて、背後の壁へと激しく打
ち付けられてしまう。
「ガッ──?!」
豊富な攻撃手段で押していたことが、却って裏目に出た。
地下水路のコンクリ壁を大きくヒビ割らせ、ムーンはもろに受けた衝撃に、無理やり肺の
中の空気を押し出されたかのようだった。目を見開いて、信じられないといった風に直後の
硬直に呑まれている。
「睦月!」
「ここは僕が押さえる! 皆は、早く署内へ!」
「えっ!?」
「で、でも、むー君が……!」
「いいから早く! 僕達が間に合わなかったら、筧刑事まで殺される!」
『──っ』
だが当の睦月、守護騎士にとっては、この反撃はあくまで目的ではなく手段だった。ムー
ンの動きを押さえたその直後、やっと無数の攻撃から解放された、皆人以下仲間達にそう決
死の形相で叫ぶ。
「……分かった」
「三条!? お前、何を──」
「いや、睦月君の判断は正しい。このまま僕ら全員が足止めを食らえば、そもそもの作戦自
体が意味をなさなくなる」
数拍の間。そんな僅かな時間さえ、惜しいほどの圧縮された沈黙。
しかしそれを破ったのは、他ならぬ親友・皆人だった。仁や宙、海沙らが戸惑う中、更に
冴島も睦月の意を汲み、皆へとそう促す。虚を突いた格好とはいえ、彼もそう長くはムーン
を押さえてはいられないだろう。
「行くぞ。睦月が奴を止めてくれている、今がチャンスだ」
決死の覚悟。まだ少なからず仁などは躊躇っていたが、結局リーダーである皆人や冴島が
面々を半ば引っ張る形で駆け出した。
……死ぬなよ? 去り際、そう皆人が肩越しに呟き、睦月もムーンをその武装で押さえた
まま、パワードスーツの双眸を静かに向けている。
「ぐうっ! き、貴様ぁ!!」
「──」
そうして仲間達が再び、通路の向こう──中央署に繋がる梯子へと消えて行ったのを確認
した後、睦月は自身の鋏型アームの中でもがくムーンを睨み返した。




