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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-39.Assault/君が為の攻略戦
300/526

39-(4) 斜(はす)同士故

 アウター対策チームの全体会議から数日。治療系のコンシェル達によってようやく回復を

終えた筧は、一人司令室コンソールを去って行った。

 本来なら身の安全の為にも、事が済むまでこのまま留まって欲しかったのだが……当の本

人は頑なにそれを拒んだ。

「──礼は、言わねえぞ」

 地上へと続くエレベーターの前で、筧は去り際そう肩越しに睦月達へ振り向くと言った。

あくまでこちら側とは相容れない──群れる気はないらしい。

「ほ、本当に行っちゃうんですか?」

「そうですよ。お一人でなんて危な過ぎます」

 睦月や海沙が、最後まで引き留めようとはしたが、筧は聞く耳を持たなかった。寧ろこち

らの都合で自分の行動を縛ってくる睦月達に対し、改めて不快感と敵対心を露わにして歯を

噛み締める。

「……元を辿りゃあ、アウターなんて化け物を生み出した、お前ら業界のせいだろうがよ」

 それは……。睦月達は返す言葉を見つけられない。厳密には皆継ら上層部の企業連合では

なく、TAテイムアタックも含めてその元凶はH&D社なのだが、いち門外漢からしてみれば皆同じように

見えるのだろう。

 睦月や海沙、宙と仁が、気まずそうにそろりと肩越しに背後を振り返った。そこには表情

こそ平静のそれを保って苦笑したままだが、本来研究部門の一員だった冴島が立っている。

「そうですね。ですからそう人々に言われないように、秘密裏に事を収めたいと動いていた

のが僕達対策チームなんですよ」

 ふん……。綺麗な言い返しなのか、言い訳なのか。冴島の返答に筧はあからさまに面白く

ないといった様子で顰めっ面をみせていたが、当人もこれが八つ当たりの類だとの自覚はあ

ったのだろう。それ以上は嫌味を浴びせる訳でもなく、エレベーターのボタンを押す。数字

の無い頭上の丸いランプが、一つまた一つと光ってゆく。

『國子』

「はい。筧刑事、これを」

「うん?」

 ちょうどそんな時だった。通信越しに司令室コンソールの皆人が合図をすると、國子が一歩前に出て

きて、懐からあるものを取り出して筧に差し出す。

 デバイスだった。見た目はシンプルで、カバーも無地の標準的なもの。筧が少し眉間に皺

を寄せて見返していると、彼女は促すように言った。

「どうぞ。無いと不便でしょうから」

 施しとでも思ったのだろうか。最初こそ数拍躊躇っていた筧だったが、彼女の言う通り、

持っていなければ連絡一つ取れない。尤も元々使っていたものとは別物だから、その頃の使

い勝手に戻すには、どのみち手間が掛かるだろうが。

「……」

 パシリ。そうして筧は、一度國子とその背後の睦月達──皆人を見遣ると、無言のままこ

れを受け取った。踵を返しつつ、肩越しに面々に眼を向けて別れとすると、そのまま開いた

エレベーターの中へと消えてゆく。扉が静かに閉じて、立ち去ってゆく。


「ねえ、皆人……。本当にあれでよかったの?」

 筧が去った後、対策チームの面々は出撃準備を進めていた。一旦司令室コンソールに戻った睦月もそ

んな仲間達の只中にいたのだが、如何せん彼自身は変身するだけなので、割と暇である。向

こうの母・香月のデスクで、パンドラの入ったデバイスが何やらチューニングを受けていた

が、専門家でもないのに分かる筈もない。空いた椅子にぐぐっと背中を預けて手持ち無沙汰

にしながら、正面のディスプレイ群──地下通路の複雑な地図と睨めっこしている皆人にそ

う問いを投げてみる。

「あれ? 筧兵悟か?」

「うん。やっぱり、いくら何でも一人で行かせるのは無茶過ぎるよ。アウターの恐ろしさは

身をもって経験している筈なのにさ? そりゃあ筧刑事にとって白鳥は由良刑事の仇だし、

これまでの諸々で憎んでるってのは分かるんだけど……」

 そう、深く長い嘆息をつく睦月。自分達の説得を途中で止めさせたのは、他でもない皆人

だったからだ。この親友とものことだ。今回も何か思う所、策があってあのように彼を解き放っ

たのだとは思うが……。

「だが、彼が俺達に協力してくれると思うか? 去り際の言葉もそうだ。今の彼にとっては

俺達も蝕卓ファミリーも、等しく“敵”なんだよ」

「う……」

「それに、本人の性格──昔気質の刑事というパーソナリティーからしても、彼は“素直”

じゃない。ならば元内部の人間だからこそ、できる動きをして貰おうと考えている」

「……それが、策?」

「まあな。心配するな。もう“保険”なら掛けてある」

 ちょうど、そんな時だった。「三条、佐原」二人の下に、仁や海沙、宙、冴島・國子を始

めとしたリアナイザ隊の面々が、準備を終えて集合してきた。意気込みと一抹の不安、それ

らを振り払おうと気丈にあらんとする姿、表情。めいめいに調律リアナイザを携えたその姿

を、皆人と睦月が共に振り返って仰ぐ。

「おばさま達の調整、終わったよ」

「こっちはいつでも出撃できるよ」

「ほれ、佐原。お前の分も」

『お待たせしました、マスター。こちらも準備オッケーです』

「あ、うん。ありがと」

「治療要員も配置についたよ。なるべく使いたくはないが……」

「皆人様、ご指示を」

 仁からチューニングの終わったパンドラ入りデバイスを返して貰い、睦月も自身のEXリ

アナイザにこれをセットした。仲間達が揃い踏みし、司令官たる皆人の一声を待つ。そんな

面々をぐるりと見渡してから、彼は言った。

「……筧刑事が動いた、今日がその時だ。当局に潜んでいるプライド達の正体を、白日の下

に晒し出す。それがひいては、彼の免罪を──奴らの張った罠を暴く強力な証人となる」

 少なくとも内部は既に敵の本陣だ。皆人は睦月達に改めて注意を促す。こちら側の内通者

達には既に、先日退却するよう命じておいたのだが……何処まで無事かは分からない。なま

じ表向き中央署周辺が連日の警戒態勢下にある以上、下手に物理的にいなくなれば、敵に自

らその正体を知らせるようなものだからだ。

 不安要素はある。だがあまり悠長にしていられないのも事実だった。

 蝕卓ファミリーは、筧が奪われたことで次の一手がくると分かっているだろう。その虚を如何に突く

か。事実当の本人が単身“敵討ち”に出て行ってしまった以上、何も動かない筈がない。自

らにも活を入れるかのように、皆人は次の瞬間、睦月達に命じた。

「行くぞ。俺達も──潜入を開始する!」

了解ラジャ!!』

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