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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-4.Girls/近くて遠い距離
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4-(6) 小さな嘘と

 また一つ、戦いが終わった。

 無事ハウンドは倒された。これで繁華街の人々も、やがては元の日常を取り戻せるように

なると信じたい。

 だが……睦月は内心、本当に自分は“勝った”のだろうかと疑問だった。

 確かにアウターは倒した。しかし肝心の人々はどうだろう。

 発覚前だったとはいえ、何人もの人間が殺された。加えて共犯でもあった咎を受けるべき

木場すらももういない。

 自分は、守れたと言えるのか?

 結局徒に命が失われただけで、何もプラスになどなっていないんじゃないか……。

『──マスター、お電話ですよ~。青野さんからです』

 そうぼんやりと考え事をしながら湯船に浸かり、長風呂から上がって部屋に戻ってくると

机の上のデバイスが着信音を鳴らしていた。画面の中で、パンドラがそう相手の名を呼んで

ぴょこぴょこと跳ねている。

「海沙が?」

 塗れた頭にタオルを乗せた半袖半ズボン姿。

 今日休んだ事でかな……? 睦月は気持ち身構えてぱちくりと目を瞬いたが、あまり待た

せる訳にもいかないので早速出る事にする。

「……もしもし?」

『も、もしもし。むー君? 私だけど』

 電話の向こうの海沙は何処か緊張しているように聞こえた。デバイスを耳に当て、未だ部

屋着のままで、ちょこんとこの幼馴染はベッドの上に正座している。

『その……風邪、大丈夫? ちゃんと寝てた?』

「う、うん。お陰さまで。もうすっかり元気になったよ。ありがとう。急でごめんね」

『ううん。それはいいの。ただ……』

 案の定、電話の内容はかぜについての心配だった。

 内心はボロが出ないように注意して、だけどもいつものように要らぬ心配だけはさせない

ようにと。睦月はフッと苦笑いを零しながらも応じたのだが。

『ねぇ、むー君。訊きたい事があるの。昨日、陰山さんと一緒に何してたの?』

「えっ──」

 虚を突かれた格好だった。

 明らかに口篭り、しかし意を決したような海沙の問い。その一言に睦月の頭の中は一瞬に

してフル稼動状態になる。

「えと。昨日って、何の……?」

 まさか。睦月は内心で酷く狼狽する。

 見られていたというのか。何処だ? 周辺を洗っていた時か、それとも変身した時か?

『私ね? 見たの。昨日、西國町の辺りでむー君と陰山さんがビルの奥を覗いてる人ごみの

中から出てきた所を』

「……」

『突然でごめんね? でも珍しいから妙に気になっちゃって。……教えてくれないかな? 

三条君とならまだ分かるけど、むー君、陰山さんと遊んでたの?』

 本気だ。

 声色とタイミングと。長年の付き合いから、睦月は電話の向こうの幼馴染が本当に自分の

姿を目撃し、且つその控え目な性格を押してでも自分を問い質そうとしていると分かった。

 ごくり。密かに半ば無意識に唾を呑み込む。

 どうすればいい? どうすれば、彼女を巻き込まずに済む……?

「──陰山さんとって……。皆人もいたけど?」

『えっ?』

「ッ……!?」

 だがちょうどそんな時だったのだ。睦月は自分が喋っていないのに、電話の向こうの彼女

へとそう返答をする自身の声を聞いた。

『……三条君も、いたの?』

「そうだよ? あいつと一緒にブラついてたんだ。だから当然、護衛役の陰山さんもついて

来る訳で」

 思わずデバイスから耳を離す。見ればパンドラが、自分の声をそっくり真似コピーして海沙にそう

話の辻褄を合わせてやっている所だった。

(ここは私に任せてください。マスター)

 画面の中でこちらにウィンクを。パンドラはそう目配せをしているかのようだった。

 ドキドキ……。緊張で高鳴っていた心臓の鼓動が少しずつ収まっていく。

「多分、皆人だけ見逃してたんじゃないかなあ? あの日は最後まで二人と一緒にいたし」

『そう……なんだ。あはは、そっか。そうなんだ……』

 息を呑む。

 まさかパンドラがこんな芸当も出来るとは知らなかったが、どうやら電話の向こうの海沙

はすっかり信じ込んでいるようだ。画面の中の彼女と頷き合い、再び発言を代わる。正直を

言うと罪悪感がチリチリとするが、事が進んでいる以上どうしようもない。

「……ごめんね、変な誤解を与えたみたいで。大丈夫だから。海沙も宙も、皆で遊びに行く

時にはちゃんと誘うから。──家族だもん」

『……。うん』

 気のせいか、電話の向こうの海沙は涙ぐんでいるように聞こえた。

 安堵したのだろう。睦月はそう思った。

 だが彼は知る由もない。そんな推測は実は半分で、彼女は電話の向こうで少しでも彼を疑

って嫉妬した自分を改めて責めていたのだという事に。

『ごめんね……。むー君はむー君だもんね。うん、スッキリした。じゃあ明日からまたお邪

魔するね? ……お休みなさい』

「うん。お休み」

 悟られぬよう、袖で涙を拭って笑う海沙。

 お隣同士。

 二人の夜の通話は、こうして切れる。


 朝日がそっと優しく差していた。新学期から半月が経とうとし、住宅街の方々に植えられ

た桜や梅の花も少しずつ風に揺られて散り始めている。

 小さな嘘。

 互いにそれと気付かない溝。

 それでも、再び朝はやって来る。

「──……」

 デバイスのアラームとパンドラに起こされ、弁当の仕上げ作業に入っていた睦月の家の玄

関先で、学園の制服に身を包んだ海沙はそっと深呼吸をしていた。

 一つ、二つ、三つ。疑ってごめん。むー君。

 四つ、五つ。それよりも私は、もっと貴方を信じて、観てあげるべきだったのに。

 大きく息を吐き出す。彼女は思う。願う。今からでも……間に合うのかな?

「……よしっ」

 早まる鼓動を落ち着けて、ちょこっと髪を整え直して。

 海沙は振り返ってインターホンのスイッチを押した。程なくして応答した睦月の声に、彼

女はその控え目な微笑みを浮かべて「おはよう。むー君」と口を開く。


(──うんうん。仲直り、できたみたいだね)

 そんな様子を、道向かいの宙はパジャマのまま二階の自室から見下ろしていた。

 ぎこちない・大人しいのは何も今に始まった事じゃないけれど、どうやら昨夜はちゃんと

二人で話を出来たようだ。

 少々、昨日はお節介が過ぎたかもしれないと後で思ったものだが……まぁ結果オーライな

ら全て良しという事にしよう。

「さてと……。あたしも、そろそろ起きますかね……」

 ぐぐっと伸び。

 そして踵を返すと、彼女はテクテクと部屋の奥へと消えていく。


 幼馴染三人。

 一人の少年と、二人の少女。

 それでも、再び今日も、新たな朝はやって来る。

                                  -Episode END-

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