1-(2) 集積都市・飛鳥崎
「ふい~。満足満足……」
最初こそまだ寝惚けが残っていた宙だったが、睦月のおにぎりを食べてすっかり覚醒した
らしい。ただでさえ快活な性格が、朝のエネルギー補給を終えた事で一層強くなっている。
睦月達三人は、住宅街を抜けて川沿いの堤防道を歩いていた。
季節は春。新芽の季節。道端に生える草木は緑艶やかで、首を伸ばす花々も冬の頃に比べ
れば随分と華やかに色めいている感じがする。
「それでね、それでね?」
「ふふ。可笑しい……」
二人の幼馴染は並んで歩き、何時ものようにガールズトークに興じていた。
今年から高等部一年生。だけど、こういうさまを見ていると、何だか学年が上がったとい
う実感はまだ遅れてやって来ているような心地さえある。
「……」
平和だった。しかし睦月は、この平穏が“作られた”ものだと知っている。そうだと時折
言い聞かせなければ、目の前の眩しさと自分の中に在る暗闇とのギャップに押し潰されそう
だったから。
──今から半世紀以上前、この国はとある大改革を断行した。
国力強靭化。人によっては強権政治の復活などとも言われている。だが実際、その大改革
が実行されたことで、この国は再び強力な産業立国としての繁栄を謳歌している。
『皆が貧乏である事より、先ず富める者から富めばいい』
一言でこの“新時代”の性質を形容するならば、そんなフレーズがぴったりだろう。
時の政府は幾つかの大きな制度変更を行った。全ては衰えた国力を取り戻す為、その富を
国中に満たす為だった。
その主柱が“集積都市”である。それまで細かに分かれていた地方を、国家の名の下に幾
つかの都市圏に再編、各地の人々をそれら各地の集積都市に強制移住させ、産業のより能率
的な発展を図ったのだ。他でもないこの街・飛鳥崎も、そんな集積都市の一つだ。
勿論、当初はかなりの反発があったようだ。
何せ都市以外に暮らす人々からすれば、文字通りの地方切り捨てである。愛着のある土地
から離れる事を拒んだ者達も少なくなかったが、それでも時の政府は過疎化の根本的治療や
国土の有効活用を旗印に、従わぬ者を置き去りにしてでも改革を断行していった。
現在この国は、各地に点在する集積都市を中心にして、その郊外は工場の並ぶ工業地区、
或いは延々と農地の広がる農業地区などに再編成されている。
その殆どは大小の参入企業や、集積都市の第三セクターが運営する。集積都市への移住を
拒んだ人々やその子孫は、彼らから土地を借り──買い戻し、細々と生計を立てる他ない。
一方で集積都市に移った者は、やはり生計を立てなければならぬ事は当然同じだとはいえ、
先端技術の粋を集めた豊かなインフラの中での快適な暮らしが保証される。中でもとりわけ
情報分野──VR関連は、この半世紀で著しい進歩を遂げてきた。
……いわゆる、飴と鞭なのだろう。
自分達「国」について来る者には手厚く、そうでない者は後回しに。
年々競争激しいこの世界情勢にあって、全てを民の自由気ままに任せていては富を維持で
きないと考えたのだ。多少(いや実際かなり)強権になっても、強力に経済・産業を支援し
なくては自分達は国際社会の中に埋没する……そんな強い危惧があったと言われている。
その事は他の改革の一つ、“多婚”制度にも現れている。
基本的にはこの国は従来通り一夫一妻だ。だけども特定の条件──ぶっちゃけてしまえば
高額所得者であれば、その限りにおいて複数の配偶者を持つ事が可能となった。
但し……その権利を持てば、一方で義務も発生する。
富はより国中へ。彼らは同時にその生み出した富を社会に還元していくこともまた、法律
によって義務付けられた。
なので制約こそ少なくないが、今日この「タコンさん」状態な人は、探せば割と簡単に目
にする事ができる。
(……まぁ、僕には縁のない話だけど)
幼馴染の少女二人の背中を少し遅れて追いながら、そう睦月はのんびりと鞄を肩に引っ掛
けつつ歩いていた。
いけない。つい思考が要らぬ遠さまで飛んで行ってしまった。
確かに自分はこの飛鳥崎集積都市に住んでいるが、ごく普通の一般市民だ。
母のように優れた頭脳もなければ、何か負けないくらい得意な事がある訳でもない。
ただずっと……こんな自分にも、平穏な日々が続いてさえくれればと思う。
「? 睦月?」
「むー君?」
すると前の二人が、ふいっと雑談を止めてこちらを振り返ってきた。
怪訝に見つめられて、思わず照れ隠しに苦笑する。
「……何でもないよ」
堤防下の河川敷では、まだ幼い子供達が遊んでいた。
辺りには川への飛び込みを禁止する行政からの看板や、色んな会社の宣伝のそれが中空に
表示されている。
──子供達は、輪になって遊んでいた。
その中心には二人の男の子。それぞれの手には拳銃型の装置が握られており、銃口部分から
は射出されているホログラム上に映る二体のメカ……のようなものが激しくぶつかって戦い、
彼らを熱狂させている。
「お? TAだ」
「本当だ。あんな小さな子も遊ぶようになったんだねえ」
「そうだね。ま、デバイス──コンシェルなら殆どの人間が持ってる訳だし、お小遣いさえ
あれば遊べるっちゃ遊べるんだけど」
“TA”
今巷で大人気の、お互いのコンシェル同士を戦わせる事ができるゲームである。
多少値段は張るが、召喚拳銃を模した専用のツール──“リアナイザ”に自身のデバイス
をセットし、引き金をひく事で目の前のホログラム上にそのコンシェルが現れるのだ。基本
的には元のAIを流用した自動戦闘だが、デバイスをセットしたスライドカバーの部分から
同じくホログラムとして呼び出せるタッチパネルを操作すれば、随時個別に指示を与える事
も出来る。
眼下で遊んでいる彼らを認めて、宙が海沙が、それぞれ微笑ましくこれを眺めていた。
同じく睦月も後ろから見ていた。それでも若干、気持ちも遠巻きだ。
「そう言えば、宙もやってるんだけ」
「うん、やってるよ。オンゲには無い臨場感があるからねー。……睦月は、やらないの?」
「……あまり興味は無いなあ。コンシェルとはいえ、戦うのを楽しむってのは、ちょっと」
「ふふ。むー君らしい」
「ていうか、睦月のコンシェルって汎用型だもんね。ぶっちゃけ、チューニングされた子で
ないと勝つのは難しいし」
それに……。柔らかに苦笑する海沙と共に、宙は言った。
思い出したように、だが彼女自身は特に重大と考えている訳ではないように、言う。
「最近は何かと物騒だからねぇ。何か話じゃ“怪物騒ぎ”なんてのもあるらしいし……」
「──おはよう~」
「おう、おはようさん。佐原」
「今日も両手に花で登校かい? ははっ。爆発しろ」
「……」
「はいはい。毎朝ご苦労さま」
学園──飛鳥崎きってのマンモス校、国立飛鳥崎学園に着くと、睦月達は慣れた様子で昇
降口を上がり、クラス教室に入った。
小中高一環教育なので、大抵のクラスメートは顔見知りだ。
これまた何時ものように茶化され、ほうっと顔を赤くする海沙を宙と二人で引っ張ってや
りながら、睦月は自分達の席へと歩いていく。
「……よう」
「お早う御座います」
「おはよう。皆人、陰山さん」
「おはよう。三条君、陰山さん」
「皆っちも國っちもおはよー! 相変わらずとんでもねー金持ち力だ……」
そうして窓際の席で三人を迎えてくれるのは、少々近寄り難い感じを持つイケメン男子と
短いポニーテール以外は女子要素がなりを潜めているような女子生徒。
睦月の親友・三条皆人と、その従者・陰山國子だった。
宙がそう挨拶代わりに茶化し、当の本人達は何時ものようにスルーしているが、実際彼は
かなりいい所の御曹司だ。國子はその三条家に代々仕えてきた一族の出で、現在は彼の護衛
役を務めている。
「う~、ちょっとくらい乗ってよー。滑ってばかりじゃんか~……」
「一応自覚はあるんだ……」
「あはは……。五月蝿くてごめんね?」
「気にするな。慣れたし、俺は……結構楽しい」
「そうなんだ?」
「皆人様はあまり、感情を表に出さない方ですから」
「……それ、あんたが言えた台詞?」
実際皆人は淡々とこそしていたが、確かに口元に緩く孤が描かれている。
宙はやはりボケたりツッコんだりと忙しかったが、國子とのそんなやり取りを海沙は何が
嬉しいのか静かにニコニコとして見守っている。
「はーい、皆さんおはようございまーす。そろそろホームルーム始めますよー」
そうしていると、担任の豊川先生(通称トヨみん)が入って来た。
丸眼鏡やふんわりとしたウェーブの髪と同様、間延びした声。それでも睦月達クラス一同
は、折り目正しくそれぞれに席に戻り、朝の一齣を迎える。