39-(3) 巣窟、その頃
「そうか。やはり、あいつでは止められなかったか」
時を前後して、飛鳥崎中央署内。白鳥の自室。
角野と円谷から杉浦が倒されたとの報告を受け、彼はデスクの上で両手を組んだまま、
そう静かに呟いていた。
配下を失い、言葉なく沈む。
事情を知らない者からすれば、一見そんな風に見えたかもしれない。だがことこの白鳥と
いう男──プライドに関しては、およそそういった情などは存在しない。
寧ろプライドは、元からそこまで期待していなかったように見えた。あくまで自身の駒と
して使い捨てるのだから、一々リソースを傾けてやる必要すらない。
「中々どうして、邪魔者一人“消す”のに難儀するものだ。やはり西大場の一件の時点で、
始末しておくべきだったか。伊達に私に楯突いてきた宿敵──というべきか」
ぶつぶつと、嘆くように思案するように漏らす声。
だが次の瞬間プライドは、ククク……と嗤っていた。冷静沈着なエリートという仮面の下
から、どす黒い狂気と殺気が滲み出る。
『……』
尤もその一方で、彼に報告を上げに来た角野と円谷──A・ライノセスとM・ムーンは、
共に渋い表情を浮かべていた。プライド様をこうも煩わせるなど……。糞真面目な憂いと毛
嫌い。筧兵悟も守護騎士達も、このまま放っておけばきっと遠くない将来、自分達にとって
大きな障害となるだろう。我らが主はどうも、その辺りを軽く見ておられるような気がする。
「……早々に、奴を“駒”にしておいた方が良かったのでは?」
「本来ならな。だがそうもいかない。お前達だって解っているだろう?」
少し躊躇いつつも、そう訊ねてみる角野。
するとプライドはフッと肩を竦めてみせると、言った。彼も彼で、この側近達の心配性に
は気付いているようだ。ただ倒してしまえばいいのなら力さえ振るえばいいが、実際はそう
もいかない。あくまで戦いは、自分達“蝕卓”が目的遂行の為の、いち手段でしかないのだ
から。
「“駒”を育て、尚且つ入れ替えを済ませるには相応の時間が要る。その過程でグリードの
能力は必須ではあるが、増え過ぎても、奴が一日に捌かせられる人数には限界がある」
『──』
あくまで余裕綽々といった様子のプライドと、直立不動でこれを聞く角野・円谷。
だがそんな彼らのやり取りを、部屋の外からそっと盗み聞きしてようと耳立てている者達
がいた。アウター対策チーム側の、当局内に潜入している内通者達だ。気配を殺して何人か
が周囲の見張りを務め、残る一人が緊張した面持ちで、懐から聴診器のような装置を取り出
して壁に押し当てている。
「何より……筧兵悟という人間は、手下としては馴染まない。あの男はいわば“反骨の塊”
だ。組織に属しながら自らの信念を貫き、その利益が損なわれることも厭わない……。そん
な彼がある日“入れ替わって”従順になったとしたら、間違いなく私達を怪しむ者が出てく
るだろう。こと奴の同期や、ノンキャリアの連中がな。そもそも目的は嗅ぎ回られない為な
のに、それでは意味がない」
「ええ……」
角野と円谷が、そう半ば押し切られる形で頷いていた。相変わらず心配の渋面を浮かべた
まま、認めざるを得なかった。
「彼は結局、守護騎士達が連れ去ってしまった。つまりは背後にいる、私達と事を構えるつ
もりなのだろう」
「……やはり、ですか」
「面倒な事になってしまいましたね」
「確かにな。だがまあ、いずれは決着をつけなければならなかったんだ。奴らはきっと仕掛
けてくる。そう遠くない内にな」
手筈通り、警戒を怠るなよ? プライドがそう改めて指示を飛ばし、二人が「はっ!」と
挙手敬礼のポーズでもってこれに応えた。なまじ当局の中枢、現役の刑事だけあって、その
所作には年季が感じられる。
「……だがその前に」
そしてプライドは、更にこれに併せて動きを見せたのだった。スウッと目を細めて部屋の
外側、密かに聞き耳を立てていた内通者達の方へと視線を投げると、同じく振り返った角野
と円谷を従えつつ呟く。
「そこに居るネズミどもの、掃除もしないといけないな」




