39-(2) 攻略作戦
一方でその日、巷では由良の葬儀がしめやかに執り行われていた。例の如くマスコミ各社
が忙しなくフラッシュを焚く中、彼の親族や当局関係者──白鳥を含めた多くの黒スーツ、
喪服姿の人々がその生家へと弔問に訪れている。
(由良……。本当に死んじまったんだな)
(ったく、突っ走りやがって。……仇は、絶対取ってやるからな)
(何でこんなことに。そもそも、本当に兵さんが……?)
上からの圧力と仲間としての悼み。双方から同僚の刑事達は総じて言葉少なく俯いたまま
だった。棺の中で眠る、冷たくなってしまった由良に、両親が涙と嗚咽が止まらぬまま最後
の最後まで付き添っていた。突然の別れを未だ受け入れられずに惜しんでいた。
……しかしそんな実の両親でさえ、本当は知らない。今この場で眠っている由良が、姿形
を真似た偽物であることを。変身してその死を演じるアウターであることを。
当局もとい、プライド以下“蝕卓”によるたっぷりな演出。印象操作。
かくして偽の由良を収めた棺は霊柩車に乗せられ、人々が見守る中、ゆっくりとその生家
より走り出した。
絶え間なくフラッシュが炊かれ続けている。参列者の哀しみの表情が並び、そんな一部始
終を各社はこぞって撮影している。画面越しに、飛鳥崎内外の人々の耳目へと届けられる。
『……まるで、瀬古勇の時と同じだな』
司令室の面々も、全体会議が始まる前にその映像は皆で確認していて。
たっぷりと呼吸を置いて、仁がそう忌々しげに呟いていた。睦月達も悔しさと、心苦しい
思いは同じだ。あれは間違いなく、由良の死という出来事を“終息”させる──蓋をする為
のショーであり、容疑者・筧を人々により強く意識させる為の印象操作であると知っていた
からだ。
「──今回の作戦の目的は、白鳥がプライドであるということを世に知らしめる。とにかく
そこに重点を置きます。必ずしも、倒すとはイコールじゃない」
総責任者である父・皆継からそのゴーサインを出された皆人は、そう画面の向こうでじっ
と渋面を作りながらも耳を傾ける上層部の面々に、今回の作戦概要を語り始めた。
あくまで目的は、由良殺害・工作の犯人が白鳥及び蝕卓だと世間に知らしめること。少な
くともそれが出来なければ、筧の潔白──冤罪だとは証明できない。何より多くのリソース
を割いてまで彼を匿った、自分達の不利益でもある。
「いいか? 奴と下手に戦おうとするな。奴の能力は強力だ。それはミラージュとの一件で
も、皆痛いほど理解したとは思うが」
立つ姿勢、半身を返し。皆人は司令室に集まっている睦月達にも視線を遣りながら、そう
改めて念を押した。
その名を聞いて記憶が蘇るのか、睦月や仁が何処となく哀しそうな表情をする。
尤も当時はまだ対策チームに加わっていなかった海沙と宙は、映像ログでしか知らないこ
ともあって、やや置いてけぼりだったが。一方で筧も相変わらず、じっと独り壁に背を預け
て、この演説の一から十を睨むように見つめている。
「白鳥ことプライドの能力は、対象者の“処刑”──発動すれば、ほぼ確実に殺されます。
現在判明している攻撃パターンは、主にギロチン状の装置を具現化する斬首と、相手を拘束
する黒い檻。以前の交戦から、射程はかなり広いと思われます。少なくとも奴がこちらを視
界に捉えられる範囲は全て押さえられてしまうでしょう。ミラージュが睦月を押し退けて回
避に成功した例もありましたが、これはある程度奴のタイミングを知っていたこそ出来た芸
当です。一撃必殺に変わりがない以上、当てにするべきではないし、何より当のミラージュ
は、奴らに消滅させられてしまった」
しかし……。皆人は言ったのだった。一見厄介極まりない能力でありながらも、付け入る
隙自体は無くはないのだと。
「但し強力な一方で、その能力には制約があります。これは何もプライドだけではなく、他
のアウター達にも共通する性質のようです。自分達は“メモリ配分”と呼んでいますが……
特殊なり特化した能力を備えれば備えるほど、奴らは他の部分の穴を埋められない。いわば
手持ちのメモリ──リソースが足りなくなるんです。プライドの場合、能力の発動には相手
に対して“罪状”を定める必要がある。そして能力自体も、奴自身ではなく奴が手にしてい
る法典にあります。事実、ミラージュが捨て身でこれを睦月に叩き落させた所、回収するま
での間、近接されていたにも拘わらず、能力は発動されませんでした」
ざわっ……。画面の向こうの上層部の面々が、互いの顔を見合わせて少しざわめく。
ミラージュの一件に関しては、当時の報告にも目を通してはいたが、まさか敵が敵の弱点
を暴き遺してくれているとは。少なくとも今の自分達には、有益な情報だ。
『つまり、奴らからその法典を奪い取ることができれば、倒すことも……?』
「可能性はある、とだけ答えておきます。実際は難しいでしょうね。あの時はまだ互いに初
めて戦ったからこそ虚を突けましたが、向こうも自身の弱点を知られたことはとうに把握し
ているでしょう。同じ手を易々と食らうとは思えません。それよりも先に、能力で首を刎ね
られてお終いです」
『……むう』
「話を戻しましょう。この事から、基本的に奴の能力はカウンター型のそれであると考えら
れます。こちらから仕掛けなければ、奴と相対しても逃げることは可能かもしれない」
尤も最初に話した通り、今回奴と直接戦うことは、目的ではありませんが──。
上層部の一人からの質問を、そうサッとかわしては、用意していた要点をつらつらと。
皆人は彼らに、そして何より現場で戦うことになる睦月達に向け、そう敵の大将と思しき
人物への対抗策を授けていた。
万が一の場合には、あの時のように撤退せざるを得なくなるかもしれない。再びちらっと
視線を横に向ける皆人に、皆継が問う。
『なるほどな……。では具体的に、どう攻める?』
「地下から行こうと思います。中央署は既に敵の本陣。真正面からぶつかって行っても返り
討ちに遭うのが関の山でしょう。今回はあくまで“潜入”を優先します。プライドの化けの
皮を剥がし、そのログを広く外部に発信する──」
故にその際には、司令室の位置が悟られぬよう、遠回りなスタート地点とコース取りをし
なければならない。皆人は職員に合図し、画面上にプランを描き加えた地図を表示させ、皆
継らと話し合った。睦月や冴島、香月・萬波以下仲間達も、一様に真剣な眼差しでこれを見
上げ、あーだこーだと詰めの意見を出し合ってゆく。
「……」
そんな中、唯一この話し合いの輪に加わらなかったのは、まだ病み上がりの筧だった。
皆人や睦月達の横顔を遠巻きに、彼はただじっと壁に背を預けたまま、これを睨み付ける
ように見つめている。飛び交う情報に耳を傾けている。




