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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-38.Fakes/想い、交錯する先に
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38-(8) 巨悪の正体

 一体あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう?

 筧はいつの間にか重暗く沈んでいた意識を、身体中の鈍い痛みと蘇る記憶の明滅によって

呼び覚まされた。だが何故だろう? あの時に比べれば──あの廃屋で目を覚ました時に比

べれば、今回は比較的マシな気がする。いや、もっと正確に表現するならば、こんな状況に

対して、すっかり冷めてしまったもう一人の自分が既にいるとでも言おうか。

「……ん」

 此処は、何処だ? 言葉にも出来ず問いながら、筧はゆっくりと目を覚ました。ぼんやり

と回復してゆく視界の中で、ベッドと包帯だらけの自身の身体を見、どうやらまた彼らに助

けられてしまったんだなと理解する。

 見知らぬ場所だ。白いタイルで統一された天井と壁。小奇麗にこそ保ってあるが、人工的

なそれで塗り固められた無機質な空気は、およそ地上が残す猥雑さとは思えない。だが飛鳥

崎の地下に、こんな空間が存在しているのか……?

「!? 筧刑事!」

 その時だった。はたっとこちらが目を覚ましたことに気付き、部屋の出入口にじっと控え

ていた──自分を監視していたらしい、二人組の男達が大層驚いていた。内心流石にムッと

なって睨み返していると、その内の一人が慌てて部屋の外へと出てゆく。どうやら内部全体

は中々広いようだ。廊下を駆ける靴音が響きながら、この彼が仲間達に知らせに走る。

「み、皆さん! 大変です! か、筧刑事が、目を覚ましました!」

 それから程なくして、筧はこの二人組や後から来た面々に連れられ、似たり寄ったりで複

雑な廊下を進まされた。妙な動きをしないように左右に張り付かれ、終始ムスッとした顔で

大きな横引きシャッターを潜ると、そこには冴島ら見覚えのある面々──皆人以下アウター

対策チームがこちらを見遣り、押し黙っていたのだった。

「……此処は」

 デカい。うちの署の情報室でもこれほど大規模なものはない。

 見渡せば、向かって正面奥の壁全てが大型のディスプレイ群になっており、飛鳥崎の各所

と思われる様々な地点の様子が映し出されている。それらを操作する専門のスタッフらしき

制服姿の者達を背に、椅子に腰掛けたリーダー格と思しきやけに大人びた少年と、対照的に

何故かばつが悪そうにこちらを直視できないでいる──以前、冴島とかいう男達と一緒に自

分を見張っていた少年がいた。他にも更に、いわゆるオタク風の小太りが一人、大人しそう

なのと勝気そうなのと、明らかに戦い慣れした佇まいの少女が三人。白衣を引っ掛けたべっ

っぴんさんと太っちょ眼鏡──何かしらの研究者っぽい集団もずらり。

「此処は俺達、アウター対策チームの地下秘密基地、司令室コンソールだ。ライアーを倒した後、あん

たを運んで治療させて貰った。こうして歩けるくらいに回復したということは、命に別状は

ないみたいだな」

 すると次の瞬間、誰にともなく投げた筧の疑問符に、他でもないリーダ格──同チームの

司令官・皆人が答えた。お前は……!? その歳不相応に淡々とした聞き覚えのある声に、

筧も思わず身構えてこの睦月ら面々を見渡す。

「まあ、あんたが此処に来たのはこれで二度目だが。もう覚えてはいないだろうが」

「……それはあの時話してた、俺と由良の記憶を消す前の話か?」

「そうだ。理解が速くて助かる」

 お世辞にも友好的とは言い難い雰囲気。

 二人は暫くの間、そうだだっ広い司令室コンソールの空間を挟んで睨み合った。睦月や海沙、筧を連

れてきた隊士らがおろおろと不安そうにこの両者を見比べている。

 案の定、皆人はあまり筧のことを歓迎していないようだった。事実一度は引き入れようと

したものの、曰く“刑事デカの誇り”とやらで拒まれた──こうも改めて手間を掛けざるを得な

かったという経緯もある。

 筧は深く深く眉間に皺を寄せたが、ここですぐさま彼らと乱闘を演じるという悪手までは

打たなかった。此処はいわば相手方の本拠地だ。対してこちらは自分たった一人。杉浦から

受けた怪我の手当てをして貰ったことを勘案しても、今事を荒立てるべきではない。

「……礼は言わねえぞ」

「ああ。解ってる」

 相変わらずピリピリとした空気だったが、それでも筧は國子や隊士達に勧められて、空い

た席の一つに腰掛けた。改めて面々からの自己紹介──中でも海沙や宙が、由良と直前まで

やり取りのあった元証言者だったことや、睦月が話にもあった守護騎士ヴァンガード当人だということに

は、彼自身も大層驚いていたようだったが。

「──さて。俺達はこれから一体、どうしたものか……」

 とりあえず一通りの紹介と挨拶が済んだ後で、ふいっと改めて皆人が言った。かねてより

飛鳥崎に潜むアウターと戦ってきた睦月達と、当局の刑事として同じく数多の不可解事件に

ついて捜査していた筧。立場は違えど、その最終的に目指す所──敵は同じなのだ。

「? どうって……。こうして無事刑事さんを保護できたんだし、次はバックにいる連中と

冤罪の証明じゃないの?」

「口で言うのは簡単だがな……。睦月君。見捨てる訳にもいかなかったとはいえ、彼を保護

したということは、現状指名手配犯を匿ったことになるんだよ?」

 あっ……。静かに苦笑いを零す萬波に、睦月は思わず目を見開いて動揺してしまった。ち

らりと肩越しに筧の姿を見遣り、本人の「解ってる」と言わんばかりの無言の圧に、そのま

ま視線をUターンさせる。

「だが、彼をこちら側に引き寄せたことで、俺達の取れる手段は大きく変わった。これまで

の戦いで、飛鳥崎当局──それも上層部に蝕卓ファミリーの息が掛かった者達が潜んでいることは確定

的だ。そして問題はその者が誰か? という点にある」

 筧刑事。皆人はそう至って真面目な声色と表情、眼差しで筧を見つめると言った。それを

合図に制御卓に座る職員達がディスプレイ上に幾つかの映像を再生する。これまでの戦いで

睦月達が接触した、アウター及び幹部達である。

 過去の膨大な映像ログから、敵の正体を文字通り暴き出そうというのだ。皆人の手招きに

応じて睦月達もディスプレイ群の前に集まった。筧も背後を囲む隊士達を一瞥し、仕方ない

といった様子でこの人だかりの中に加わる。

「これまでに俺達が遭遇した幹部は五人。改造リアナイザの売人・グリードとグラトニー、

スロースとラース。そしてプライドと、対睦月用と思わる黒い守護騎士ヴァンガード。確か本人は龍咆騎士ヴァハムート

と名乗っていたな。ミラージュの話では幹部は全部で七人だというから、こいつを含めても

あと一人は残っている計算になる」

「少なくとも今回一番関わっているのは、プライドだろうね。僕達が旧第五研究所ラボに捕まっ

ていた時、あのゴスロリ服の彼女──スロースが言っていたよ。ライアー達はそのプライド

の部下だと」

 だから彼を追討すれば、背後にいるその幹部を、敵の全容をもっと具体的に掴めるのでは

ないかと考え、一連の作戦に踏み切ったのだ。過去の戦闘ログが流れてゆくのを仲間達と共

に見上げながら、皆人が言った。冴島も自身の記憶を引っ張り出し、少しでも予めの目星が

つけられるようサポートする。

「……黒い、守護騎士ヴァンガード。まさかあいつが……」

 早送りで流れてゆく、睦月達のこれまでの戦いの記録。筧がその中で名前の挙がったもう

一人の守護騎士ヴァンガード──龍咆騎士ヴァハムートこと勇が変身する姿を目の当たりにして、少なからぬショック

を受けていた。やはり生きていたのか……。それでも浮かされるように呟いた次の一言は、

自身の予感・直感を、改めて補完するものであったが。


「──??」

 もう絶対に死んだと思った。彼に殺されると思った。

 路地裏のより奥の暗がりに連れ込まれて、七波はぎゅっと目を瞑って縮こまり、自身の命

運が尽きる瞬間を待った。

 なのに……覚悟したその時は、一向に訪れる気配がなかった。

 中々激痛も来ないし、魂的な何かが吹き飛んでしまう訳でもない。七波はおずおずと、や

がてそのきつく瞑っていた目を開いてみた。ビクッビクッと震えながら、一体何が起きたの

だろうかと目の前の勇の様子を窺う。

「……」

 結論から言うと、外れていた。こんな至近距離からの拳鍔ナックルダスターだというのに、彼はその一撃を

七波のすぐ横の壁に打ち付けただけで、ビシリと大きくヒビ割れさせて抉っただけで停止し

ていた。フードと前髪で表情を隠し、まるでゼンマイが切れたかのように硬直している。


「──おい。ちょっと待て」

 そんな最中だった。睦月達と暫く過去の戦闘ログを眺めていた筧が、ふとそう指示を出し

てきたのだ。

 流れていたのは、ミラージュと二見の事件。ちょうど蝕卓ファミリーがその命令に背き続けた彼らに

痺れを切らし、幹部の一人・プライドが直々に制裁に現れた際の攻防の一部始終である。

「さっきの所、巻き戻してくれ。そう……そこだ。そこの映像と音声をもう一回」

 皆人達が、指示された職員らが思わず目を見開き、言われるがままにそのシーンを何度も

巻き戻しては再生する。逃げ回り続けるミラージュや二見、睦月らを悠然と追いながら、強

者の余裕でもって語り掛けている部分である。

「……やっぱりだ。ちょっとばかりくぐもってはいるが、間違いねえ」

 そうして筧は呟いたのだった。この拡大されて粗くなった画像の中のプライドを、何度も

何度もじっと食い入るように見つめ、自身の記憶の中と照らし合わせながら、彼は遂に決定

的な証言を口にする。

「このプライドって奴の声──白鳥だ」

                                  -Episode END-

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