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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-38.Fakes/想い、交錯する先に
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38-(6) 仇(あだ)

 先の中央署の記者会見──筧が由良殺しの犯人に仕立て上げられた場において、マスコミ

各社に示された、件の写真の場所が明らかになった。

 但しそれは、皆人ら対策チームではなく、当局が先んじて突入・制圧したという形でもっ

てだ。十中八九、当局内に潜む“蝕卓ファミリー”のシンパが手を回したものだろう。睦月達はまたし

ても、機先を制された格好だった。

「おい、そこ! それ以上近付くな!」

「此処は関係者以外、立り入り禁止だ! まだ犯人が近くに居るかもしれん。すぐに安全な

場所に避難するように!」

 一見すれば、何の変哲もない郊外の廃屋。

 そこに今は当局による非常線が張られ、強面の刑事達が物々しい様子で出入りし、警戒を

強めている。いつにも増して彼らがピリピリしているのは、同僚殺しという深刻な案件とい

う点に加えて、騒ぎを聞きつけてやって来た記者達が、遠巻きにこちらへずらりカメラを向

け続けているさまもあるのだろう。随時周囲を警戒する刑事や警官達が彼らを追い払うも、

彼らは彼らでこんな大ニュースを逃す筈もなく、尚もしつこく張り付こうとしている。


「──っ、はあっ……!」

 だが外がそんな事態になっているなど、当の筧は知る由もなかった。

 所は件の廃屋とは全く別の、とある倉庫の中。彼の身柄はとうに移され、今は三度監禁さ

れている真っ最中だった。手足は再び縄で結ばれ、前に置かれている。何故か汗だくで荒い

息をついているその左手には、短銃型のツールが握られていた。

 リアナイザである。厳密に言えば改造リアナイザだ。

 筧は先日からその引き金を、ずっとひいたままだった。例の化け物──アウターがこの装

置を梃子に呼び出されることは、皆人らと接触した際の情報から聞き及んでいたが、それで

も彼はその引き金に掛けた指先を離すことが出来なかったのである。


『筧兵悟。お前はその引き金をひき“続けない”』


 それはつい先日の事。杉浦もといライアーの罠に嵌められた筧は、直後彼と由良の死体役

として化けていたサーヴァントに暴行され、この人気のない倉庫の一角に閉じ込められた。

その際にライアーが彼に改造リアナイザを握らせ、放った呪詛は、筧から左手の自由を完全

に奪ってしまった。

 ……まるで他人のものみたいに、自分の手が全く言う事を聞かない。

 筧は自身が強制的に、アウターを召喚・維持させられているのだと理解した。引き金をひ

かされたあの瞬間、熱気を上げる、全身パワードスーツ姿の化け物が出現するの見た。皮肉

にも奴らの仕組みを、自分は身をもって体験させられたという訳だ。

(こいつは……拙いな)

 どうやらこの引き金をひいている間は、少しずつ体力やら気力が消耗してゆくようだ。

 おそらくはその何かしらのメカニズムで吸い取られたエネルギーを、あの化け物の動力源

にしているのだろう。悔しかった。仮にも自分がその切欠を作ってしまったのに、奴が一体

何処で何をやらかしているのか、まるで分からない……。

「たっだいまー。お? まだ意識あるのか。やっぱ無駄に頑丈だなあ、お前は」

 ちょうど、そんな時だった。不意に倉庫の出入り扉が開いたかと思うと、そこから人間態

のライアーもとい杉浦と、例の全身パワードスーツの化け物──バーナーが姿を見せたのだ

った。どうやら出先から戻って来たらしい。ライアーは壁際でそうぐったり憔悴している筧

を見つけると、嬉々として邪悪な笑みを浮かべて近付いてきた。一方でバーナーは相変わら

ずコォォォ……と、鉄仮面越しに不気味な呼吸音を漏らしながら、感情らしい感情も見せず

に突っ立っている。

「杉、浦……!」

「ノンノン。それはこいつのオリジナルの名前ね。まぁ今の俺を作ったのはあの男だがよ」

 はははと笑うライアーに、筧はじっと疲労した心身と眼でこれを見ていた。つまりこいつ

は自分の知っている杉浦のようで、杉浦ではない。要は記憶と皮を被った別人だ。時間と共

に霞んでゆく意識と思考を必死に引き留め、フル回転させて、筧は何とかこの状況からでも

情報を得ようと試みる。

「……お前は」

「うん?」

「お前は一体、俺に何をさせるつもりだ? お前はいつから……杉浦に化けた?」

 暫く若干目を見開いて、じっとこれを見下ろしていたライアー。

 だが次の瞬間、彼はペッとあからさまに悪態でもって、唾をすぐ目の前に吐き捨てた。そ

の眼には並々ならぬ、筧への憎悪が滲み出ている。

「出所直後からだ。あんたはあの男が“改心”して探偵をやり始めたと思っているようだが

よお……あいつはずっと、あんたを恨んでたんだぜ? お前さえいなきゃ、ムショ暮らしな

んざしなくて済んだのにってな」

「なっ──?!」

 故に、筧は思わず声を上擦らせる。

 そんな話は初耳だ。いや、この化け物が言葉通り杉浦の出所直後から入れ替わっていたの

であれば、辻褄は合う。

「いやはや、あいつとは気が合ってねえ。俺を初めて召喚した時も、すんなりと契約を結ん

でくれた。お前への復讐の為さ。その為の力が欲しい、その為なら何でもするってな」

 まぁ、俺が実体化を果たした時点で、当の本人は早々に始末したがよ──。

 嬉々として語るライアーの言葉に、筧は震えていた。目の前の邪悪に対する怒り? いや

そうじゃない。杉浦やつの本心を知らなかったことと、知らずに今まで奴に化けたこいつを信用

していた、自分自身の不甲斐なさに対してだ。

「……何もかも全部、嘘だったっていうのか」

「ああ、そうさ。何たって俺は詐欺師ライアーだからな。お前の正義やら刑事デカの誇りやらなんざ、糞

の役にも立たねぇんだよ。所詮はてめぇの自己満足──権力に笠を着たオナニーって訳さ!」

 ははははは! そしてライアーは仰々しく両手を大きく横に広げて、叫ぶ。打ちひしがれ

る筧に追い打ちをかけるように、そのさまを心から愉しむように、ずいずずいと顔を間近に

近付けて罵倒し、哂う。

「杉浦の望んだ復讐はな、そんなお前に“罪”を犯させることだったんだよ。刑事デカの誇りと

やらを塗りたくったお前のプライドを、ズタズタに引き裂いてやるんだ。その為の容疑者・

筧兵悟さ。同僚殺しの烙印レッテルさ。正直俺達はお前をグチャグチャに壊せれば何でも良かった。

守護騎士ヴァンガードを倒すのはついでだな」

 ははははは! 近付けていた顔を一旦離し、またそう高らかに笑う。

 筧は下手に言葉さえ出ず、ギリッと強く強く唇を噛み締めていた。大きく項垂れ、改造リ

アナイザが奪ってゆく自身の体力気力──エネルギーからくる全身の重さに思わず身を委ね

てしまいそうになった。

 せめて、この装置さえ手放せれば……。そう思って引き金から指を離そうとするが、やは

りライアーの妙な技のせいか、左手は一向に言う事を聞いてくれない。ぐったりと、必死に

込めようとした力が抜けて、焦りとショックと怒り──様々な感情が一挙に入り混じって、

圧縮された怨嗟だけが口を衝いて出る。

「……くそっ!」

 だが、ちょうど次の瞬間だった。

 ライアー達の背後、筧からすれば正面倉庫のシャッターを、何者かが盛大にぶち破って入

って来たのだった。弾かれたようにライアーが驚愕して振り向き、バーナーも鉄仮面の視線

をくいっと向けて身構えだす。

『──』

 睦月達だった。

 既に守護騎士ヴァンガード姿に変身した睦月と、冴島、國子、仁に海沙と宙。仲間のリアナイザ隊の面

々がそれぞれのコンシェル達を召喚した臨戦態勢で、こちらをじっと睨み付けたまま、立っ

ていたのだった。

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