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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-38.Fakes/想い、交錯する先に
289/526

38-(2) 敵=(は)人質

 ライアーの合図で現れたのは、全身を金属質のパワードスーツで覆った、不気味な鉄仮面

越境種アウターだった。

 全体的に機械のような姿、左右非対称な横ラインの覗き窓が並ぶ面貌。

 両腕が大型の銃口──いや、何かしらの放射器と一体化し、背中のタンクと配管で繋がっ

ている。鉄仮面の下からは、何度もくぐもった呼吸音こそ聞こえるが、そこに感情と思しき

気色はない。おそらくは以前戦ったボマーやドラゴンと同様、狂化されたタイプの個体なの

だろう。

「ま、また伏兵……?」

「拙いな。これ以上数が増えたら、僕らだけじゃ押さえ切れない」

 斃されたリーダー達の仇と、文字通り決死の形相で襲い掛かってくるバイオ一派の残党達

に四苦八苦しながら、睦月と冴島は身構えた。守護騎士ヴァンガード姿の彼と、雷の流動化で何とか立ち

回っていたジークフリートが、彼らの向こうからのっそりと近付いてくるこの新手のアウター

を視界に映している。

「さあ、焼き殺せ!」

 大きな舌を舐めずり、笑い、ライアーが資材の山の上でそう大きく両手を広げて叫んだ。

全身から大量の熱気を立ち上らせ、この鉄仮面のアウターはスチャッとこちらに両手の放射

器を向けてくる。

「っ……! 危ない!!」

 その直後だった。両腕の銃口から放たれたのは、燃え盛り突き進んでくる炎。

 冴島は咄嗟にジークフリートの機動力で、睦月と自身を抱えて転がり込み、すんでの所で

これを回避した。もし直撃していたらならば、ひとたまりもない。

「大丈夫かい? 睦月君」

「は、はい。すみません、助かりまし──」

『ギャアアアアアーッ!!』

 しかしである。二人がホッとしたのも束の間、背後で幾つもの断末魔の叫びが響いた。思

わず弾かれたように振り返ると、そこではこの一撃を避け切れなかった一派残党のアウター

達が、炎に巻かれてのたうち回っている。文字通り、黒焦げになって灰になり、次々に力尽

きては消滅してゆく。

『酷い……』

「な、何で? 味方を焼き殺すなんて不利にしか……」

『……なるほどな。そういう事か』

 睦月は、その凄惨な最期を目の当たりにしたこともあって、酷く動揺していた。自分達で

数の利を殺せば、また振り出しに戻るというのに。にも拘わらず、敵方の大将たるライアー

は、自身の傍で火炎放射器を振るうこの鉄仮面のアウターを全く止めようとはしない。

 まさか……仲間割れ? 疑問と、希望的観測の中で睦月は呟いたが、一方で通信の向こう

の皆人は、早々に合点がいったようだ。

『おそらくは、始めから残党達かれらを“掃除”するのも、俺達に戦いを仕掛けてきた目的の内だ

ったんだろう。元々蝕卓ファミリーから独立を図っていた者達だ。その頭目を失った今、連中にとって

はもう、抱えていてもメリットはない筈だからな』

 そんな……。目の前で文字通り“焼却”されてゆく残党達を目に映しながら、睦月は幾重

にも移ろう感情の波に震えていた。

 じゃあ元を辿れば、自分がバイオやヘッジ、トーテムを倒したから?

 だけど奴らはアウターで、その目的の為にたくさんの人達を巻き込んで暴れて、この先も

そうしないなんて保証は無くって……。

『炎の──差し詰め、バーナーのアウターとでもいった所か』

 ぽつり。インカム越しの向こうで、司令室コンソールの皆人はそう呟いている。睦月は残党達が一人

また一人と焼き殺され、灰と共に塵に還ってゆくのを、只々呆然と見ていることしかできな

かった。冴島もそっとその横に立ち、険しい表情でこの主犯格たるライアーを見つめている。

「何で、何で仲間を!? まるで命をモノみたいに!!」

『そうよ! それでも元々は私と同じ、コンシェルなの!?』

 そして遂に辛抱堪らなくなり、睦月は怒りに声を荒げながら地面を蹴っていた。パンドラ

と、慌ててこれをフォローすべく駆け出した冴島──ジークフリートを資材の山の上から見

下ろしつつ、ライアーは哂う。

「仲間じゃないから、じゃないのかねえ……? 組織を抜けようって魂胆の、しかも失敗し

た連中を、どうして“駒”以外の眼で見られる?」

 このまま全員を見殺しになんてできない。

 だが何とかこの火炎放射器──バーナー・アウターを止めようとする睦月と冴島を、資材

の山の上から飛び降りてきたライアーが遮った。「退けえっ!!」駆けて来ながら拳を振る

う睦月の攻撃を、やはりライアーは能動的に避けるでもなく回避し、代わりに連打の掌底や

五指の引っ掻きを叩き込んでは撥ね返す。ジークフリートも同様だ。どれだけ速くなって斬

撃を放とうとも、二人の攻撃はことごとく吸い込まれるように、ライアー本体から絶妙な位

置にズレてしまう。

 二人は改めて苦戦を強いられた。何度も重い反撃を貰い、或いは時折バーナーが掃射して

くる炎を慌てて避け、地面を転がる。淡々と、この鉄仮面の新手は、命じられたままに残党

達を“焼却”して回っている。

「くっ……。睦月君、少しでいい、ライアーを押さえてくれ! ジークフリートの水の最大

出力で、奴の炎を消してみる!」

 は、はいっ! 次々に消し炭に──いや、既にもうほぼ全滅しかかっている残党達を何と

か救い出そうと、冴島が二手に分かれる苦渋の転換を指示した。こちらの攻撃が当たらない

以上、確実性は低いが、まだバーナーの方になら妨害は通る。

「……ほう? だがいいのか? そいつを痛めつければ痛めつけるほど、そのダメージは全

部、あの刑事に跳ね返るんだぜ?」

『えっ?』

 故に、強く頷いて向かい合おうとした睦月と冴島に、ライアーはにたりとそう告げると嗤

った。一瞬、周囲の時間が圧縮されるようにスローモーションとなる。思わず睦月は彼と、

炎に巻かれて倒れている残党達、バーナーの間を、視線で往復させた。同じく駆け出そうと

した冴島が、一抹の驚きと戸惑いでこちらを見遣っている。一方でバーナーは相変わらず、

両腕の放射器から分厚い一直線の炎を吐き出しては、ゆっくりとこれを左右に振っている。

 どういう意味だ?

 まさか、このアウターは……。

「──お待たせしました」

 ちょうど、そんな時だったのである。

 はたっと睦月達の頭上から、聞き慣れた声が聞こえた。見上げればこの場を囲む四方の建

物の上に、國子や仁、別行動で情報収集をしていた他の隊士達が駆けつけていたのだ。例の

如くその中には海沙と宙の姿もあり、直後狙撃の要領で幅広の弾丸──煙幕弾が戦いの場に

撃ち込まれる。

「くっ!? しまった、これは──」

 直接自分へ向けられた攻撃ではない。そもそも彼女らに、こちらと此処で戦い続ける意思

などなかった。

『よし、いいぞ。睦月、冴島隊長、今がチャンスだ! 一旦離脱しろ!』

 どうやら間に合ったらしい。瞬く間に画面内が煙で見えなくなる中、皆人は睦月達に退却

を命じる。地面に降り立った國子達が、二人を回収して再度跳び上がった。まだ焼き殺され

た残党達がいる──睦月はそう後ろ髪を引かれていたが、この状況でかれらに構っている余裕も、

確かにありはしなかった。

(……やはりネックは奴の能力だな。未知な部分が多過ぎる。それにあの新手、バーナーの

正体。奴の口振りからして、おそらくは……)

 煙幕で辺りの視界を封じられたライアーと、無感情に硬直するバーナーの隙を突いて。

 睦月以下対策チームの面々は、一旦退却を余儀なくされたのだった。

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