38-(2) 敵=(は)人質
ライアーの合図で現れたのは、全身を金属質のパワードスーツで覆った、不気味な鉄仮面
の越境種だった。
全体的に機械のような姿、左右非対称な横ラインの覗き窓が並ぶ面貌。
両腕が大型の銃口──いや、何かしらの放射器と一体化し、背中のタンクと配管で繋がっ
ている。鉄仮面の下からは、何度もくぐもった呼吸音こそ聞こえるが、そこに感情と思しき
気色はない。おそらくは以前戦ったボマーやドラゴンと同様、狂化されたタイプの個体なの
だろう。
「ま、また伏兵……?」
「拙いな。これ以上数が増えたら、僕らだけじゃ押さえ切れない」
斃されたリーダー達の仇と、文字通り決死の形相で襲い掛かってくるバイオ一派の残党達
に四苦八苦しながら、睦月と冴島は身構えた。守護騎士姿の彼と、雷の流動化で何とか立ち
回っていたジークフリートが、彼らの向こうからのっそりと近付いてくるこの新手のアウター
を視界に映している。
「さあ、焼き殺せ!」
大きな舌を舐めずり、笑い、ライアーが資材の山の上でそう大きく両手を広げて叫んだ。
全身から大量の熱気を立ち上らせ、この鉄仮面のアウターはスチャッとこちらに両手の放射
器を向けてくる。
「っ……! 危ない!!」
その直後だった。両腕の銃口から放たれたのは、燃え盛り突き進んでくる炎。
冴島は咄嗟にジークフリートの機動力で、睦月と自身を抱えて転がり込み、すんでの所で
これを回避した。もし直撃していたらならば、ひとたまりもない。
「大丈夫かい? 睦月君」
「は、はい。すみません、助かりまし──」
『ギャアアアアアーッ!!』
しかしである。二人がホッとしたのも束の間、背後で幾つもの断末魔の叫びが響いた。思
わず弾かれたように振り返ると、そこではこの一撃を避け切れなかった一派残党のアウター
達が、炎に巻かれてのたうち回っている。文字通り、黒焦げになって灰になり、次々に力尽
きては消滅してゆく。
『酷い……』
「な、何で? 味方を焼き殺すなんて不利にしか……」
『……なるほどな。そういう事か』
睦月は、その凄惨な最期を目の当たりにしたこともあって、酷く動揺していた。自分達で
数の利を殺せば、また振り出しに戻るというのに。にも拘わらず、敵方の大将たるライアー
は、自身の傍で火炎放射器を振るうこの鉄仮面のアウターを全く止めようとはしない。
まさか……仲間割れ? 疑問と、希望的観測の中で睦月は呟いたが、一方で通信の向こう
の皆人は、早々に合点がいったようだ。
『おそらくは、始めから残党達を“掃除”するのも、俺達に戦いを仕掛けてきた目的の内だ
ったんだろう。元々蝕卓から独立を図っていた者達だ。その頭目を失った今、連中にとって
はもう、抱えていてもメリットはない筈だからな』
そんな……。目の前で文字通り“焼却”されてゆく残党達を目に映しながら、睦月は幾重
にも移ろう感情の波に震えていた。
じゃあ元を辿れば、自分がバイオやヘッジ、トーテムを倒したから?
だけど奴らはアウターで、その目的の為にたくさんの人達を巻き込んで暴れて、この先も
そうしないなんて保証は無くって……。
『炎の──差し詰め、バーナーのアウターとでもいった所か』
ぽつり。インカム越しの向こうで、司令室の皆人はそう呟いている。睦月は残党達が一人
また一人と焼き殺され、灰と共に塵に還ってゆくのを、只々呆然と見ていることしかできな
かった。冴島もそっとその横に立ち、険しい表情でこの主犯格たるライアーを見つめている。
「何で、何で仲間を!? まるで命をモノみたいに!!」
『そうよ! それでも元々は私と同じ、コンシェルなの!?』
そして遂に辛抱堪らなくなり、睦月は怒りに声を荒げながら地面を蹴っていた。パンドラ
と、慌ててこれをフォローすべく駆け出した冴島──ジークフリートを資材の山の上から見
下ろしつつ、ライアーは哂う。
「仲間じゃないから、じゃないのかねえ……? 組織を抜けようって魂胆の、しかも失敗し
た連中を、どうして“駒”以外の眼で見られる?」
このまま全員を見殺しになんてできない。
だが何とかこの火炎放射器──バーナー・アウターを止めようとする睦月と冴島を、資材
の山の上から飛び降りてきたライアーが遮った。「退けえっ!!」駆けて来ながら拳を振る
う睦月の攻撃を、やはりライアーは能動的に避けるでもなく回避し、代わりに連打の掌底や
五指の引っ掻きを叩き込んでは撥ね返す。ジークフリートも同様だ。どれだけ速くなって斬
撃を放とうとも、二人の攻撃はことごとく吸い込まれるように、ライアー本体から絶妙な位
置にズレてしまう。
二人は改めて苦戦を強いられた。何度も重い反撃を貰い、或いは時折バーナーが掃射して
くる炎を慌てて避け、地面を転がる。淡々と、この鉄仮面の新手は、命じられたままに残党
達を“焼却”して回っている。
「くっ……。睦月君、少しでいい、ライアーを押さえてくれ! ジークフリートの水の最大
出力で、奴の炎を消してみる!」
は、はいっ! 次々に消し炭に──いや、既にもうほぼ全滅しかかっている残党達を何と
か救い出そうと、冴島が二手に分かれる苦渋の転換を指示した。こちらの攻撃が当たらない
以上、確実性は低いが、まだバーナーの方になら妨害は通る。
「……ほう? だがいいのか? そいつを痛めつければ痛めつけるほど、そのダメージは全
部、あの刑事に跳ね返るんだぜ?」
『えっ?』
故に、強く頷いて向かい合おうとした睦月と冴島に、ライアーはにたりとそう告げると嗤
った。一瞬、周囲の時間が圧縮されるようにスローモーションとなる。思わず睦月は彼と、
炎に巻かれて倒れている残党達、バーナーの間を、視線で往復させた。同じく駆け出そうと
した冴島が、一抹の驚きと戸惑いでこちらを見遣っている。一方でバーナーは相変わらず、
両腕の放射器から分厚い一直線の炎を吐き出しては、ゆっくりとこれを左右に振っている。
どういう意味だ?
まさか、このアウターは……。
「──お待たせしました」
ちょうど、そんな時だったのである。
はたっと睦月達の頭上から、聞き慣れた声が聞こえた。見上げればこの場を囲む四方の建
物の上に、國子や仁、別行動で情報収集をしていた他の隊士達が駆けつけていたのだ。例の
如くその中には海沙と宙の姿もあり、直後狙撃の要領で幅広の弾丸──煙幕弾が戦いの場に
撃ち込まれる。
「くっ!? しまった、これは──」
直接自分へ向けられた攻撃ではない。そもそも彼女らに、こちらと此処で戦い続ける意思
などなかった。
『よし、いいぞ。睦月、冴島隊長、今がチャンスだ! 一旦離脱しろ!』
どうやら間に合ったらしい。瞬く間に画面内が煙で見えなくなる中、皆人は睦月達に退却
を命じる。地面に降り立った國子達が、二人を回収して再度跳び上がった。まだ焼き殺され
た残党達がいる──睦月はそう後ろ髪を引かれていたが、この状況で敵に構っている余裕も、
確かにありはしなかった。
(……やはりネックは奴の能力だな。未知な部分が多過ぎる。それにあの新手、バーナーの
正体。奴の口振りからして、おそらくは……)
煙幕で辺りの視界を封じられたライアーと、無感情に硬直するバーナーの隙を突いて。
睦月以下対策チームの面々は、一旦退却を余儀なくされたのだった。




