38-(1) 勇の試練
「何でなんです、プライドさん!?」
時は現在より少し前に戻り、ポートランドの地下深く。
蝕卓のアジトに現れた勇は、ちょうど円卓の一席に居合わせたプライドの下へ近付いて来
ると、そう激しく詰め寄っていた。ラースやスロース、他の幹部達が薄い暗がりの中でこれ
に一瞥こそ寄越したが、これといって特に仲裁に入る訳でもない。
「ヘッジやトーテムはやられた──もう交替の期間は終わったのに、何でまだ俺が出ちゃあ
駄目なんですか!? 聞きましたよ? 今度はライアーが守護騎士達にぶつけられたって。
あいつは情報屋でしょう? 確かに奴らにとっちゃあ厄介な能力かもしれませんが……」
ダンッと両手で円卓を突き、訴えかけてくる勇。
そんな彼、舎弟のような存在からの怒声を、プライドこと白鳥は努めて冷静に飄々と受け
流していた。予め反発は織り込み済みだったのか、語気を荒げる彼に対し、人間態のプライ
ドは用意していた答えを読み上げるように言う。
「まぁそう慌てるな。オリジナル絡みで、あいつは筧兵悟と因縁がある」
「因縁?」
「ああ。それに例の一派については、まだ“ゴミ掃除”が残っている。それを含めて指示を
出したまでのことだ」
むう……。自分を拾い上げ、力を与えてくれた恩人の手前、勇は結局それ以上彼を責め立
てることが出来なかった。本音を言えば、守護騎士と戦う──恨みを晴らすのは自分の権利
なのだが、彼がそう言うのならもう暫く待つしかない。こちらとしても、余計な雑務は振ら
れぬに越した事はないという理由もある。
「……それよりも。エンヴィー、お前にはその間に、やっておいて貰いたいことがある」
故に次の瞬間、プライドからそう告げられた時、勇は内心あまり面白くはなかった。結局
雑務を押し付けられるのは変わらないらしい。「……何です?」それでも一瞬湧いた彼への
反発を良くないものだと押し込め、勇は訊き返した。どうせ本出撃がまだ出来ないのなら、
準備運動がてら、一人二人消してくるのも良いだろう。
「今話した筧兵悟の別件だ。いや、奴と由良信介共通の、と言った方が良いだろう。お前に
は、奴らが私達を追っていた間、接触した人物の口封じを頼みたい」
「口封じ……なるほど。ですがあの二人の、となると、結構な人数になるんじゃ……?」
「心配は要らない。細々な三下どもは、既に配下の者達が消して回っている。お前にはその
中でも特に、奴らが何度も連絡を取り合っていた人物を頼みたいんだ」
言ってプライドは、懐からピッと一枚の写真を取り出した。円卓の上に放り投げ、勇や場
に居合わせた他の幹部達──ラースやスロース、ラストの三人が、一斉につられてこれに視
線を向ける。
「押収したデバイスの履歴から調べておいた。どうやら奴らは何度も、彼女の入院していた
病室を訪ねていたらしい」
勇がじっと、静かに目を見開いている。写真には、病院の廊下らしき一角を掴まり歩きし
ている一人の少女の横顔が映っていた。年頃は勇より少し下──今は亡き弟・優と同年代く
らいのように見える。
「七波由香。玄武台高校一年、元野球部マネージャー見習い。お前の、弟の同級生だな」
「──」
そんな彼の内心をまるで見透かすかのように、プライドがそう今回のターゲットの名前と
属性を口にする。
刹那、勇は硬直していた。されど次の瞬間には音もなく感情を動から静へと切り替え、つ
いっとこの兄貴分に向かって冷酷な復習鬼の表情を見せる。
「……殺ればいいんですか」
「場合によるな。お前も知っての通り、今は奴らを“消す”為の報道が連日流されている。
そんな中で彼女がいなくなったとなれば、関連付けてこちらに疑義を向けてくる輩が湧く可
能性もある」
一旦そう言って、プライドは努めて慎重な姿勢を崩さなかった。わざわざ自分と当局内の
同胞達を動かしてまで、目下の邪魔者だった二人を“始末”しようとしている最中なのだ。
災いの芽はなるべく一挙に刈ってしまいたい所だが、かといって怪しまれてしまっては元も
子もない。
「とはいえ、生かしておく理由もないからな。彼女にどれだけの情報が漏れているかを確か
めた上で──その処分も含めて、始末しろ」




